おつかれさま。

春が近づいて、暖かくなってきたある日のこと。


青年は、いつものように街を歩いていると


遠くの方から「お〜い!」と声が聞こえた。


振り向くと、そこには


いつかのおじいさんが手を振りながら立っていたのだ。


「おじいさん!」


青年は走っておじいさんの元へ向かう。


「ひさしぶり。あの時はありがとうなぁ」


おじいさんは顎を触りながら、そう言った。


「いえいえ。間に合ってよかったです」


「まさか、わしがサンタになってパーティーに出るとはな。おかげで孫は大喜びだったよ」


「それはいい思い出になりましたね。お孫さんにとっても。おじいさんにとっても」


青年は笑顔でそう言うと、おじいさんはハッとして


「そうだ。実はこれを渡そうと思って、君を探していたんじゃ」


と言って、赤色の手袋を青年に差し出した。


「てぶくろ?」


青年は聞いた。


「そう。これは、わしからのクリスマスプレゼントじゃ。君の手、冷たかったからのう。ほら、ソリに乗る時」


青年はすぐに思い出した。おじいさんは言葉を続ける。


「今日はあまり降っておらんが、まだこれから雪は降るだろうから」


「いいえ。おじいさん。もう雪は降りませんよ」


青年は、その手袋を受け取ってそう言った。


「なんでじゃ?」


「おじいさんは、雪がなぜ消えていくかご存知ですか?」


「ん〜、分からんのう」


おじいさんがそう言い終わると、青年は説明し始めた。


「夜空に捨てられた星たちは、この惑星に降り落ち


いろいろな人を幸せにしていきます。


それは、おじいさんだったり、小さな少年だったり


勇気の出ない女性だったり。


そして、それを見たお日さまは


冷たくなった星たちを抱きしめて、こう言うのです。


『おつかれさま』と。


そうすると、星たちは自分の仕事を終えたかのように


さらさらと溶けていくのです」


それを聞いたおじいさんは笑いながら言った。


「まるで君みたいだな」


「・・・そうですね」


青年は優しく微笑んだ。


すると


「おにいちゃ〜ん!」と


遠くから、子どもの声が聞こえてきた。


「君は公園の時の!」


青年はそう言って、大きく手を振った。


少年は元気いっぱいに走ってきて、青年にぎゅっと抱きついた。


「僕ね、おにいちゃんに言いたいことあったんだ」


「言いたいこと?」


青年が聞くと、少年は目を輝かせながら笑顔で言った。


「うん。僕ね、頑張るよ。ママがずっと見てくれてるから!」


青年はそれを聞いて、涙を堪えながら言う。


「君なら、きっと、大丈夫さ!」


「えへへ!あと、もう寒くないしね!」


少年は青年から離れると、歩きながらくるくると回り始めた。


「こらこら。危ないぞ?」


おじいさんがそう言った瞬間に


ばん!


少年が人とぶつかってしまった。


「ごめんなさい!」


少年は、ぶつかった二人組に頭をめいっぱい下げて謝る。


「いえいえ。お怪我はないですか?」


優しそうな女性が、しゃがみながら言った。


「僕らもお話に夢中で気づかなかった。ごめんね」


その横にいた、おおらかそうな男性が言った。


その二人を見て、青年はすぐにピンときた。


「もしかして、手紙の・・・!」


「あ!あの時の!」


女性はハッとして、青年に向かい軽く会釈した。


「あの時は本当にありがとうございます」


「いえいえ。僕はなにもしてませんよ」


「『勇気を出して直接言う』なんて私の頭にはなかったですから。あなたが気づかせてくれたんです」


そう言って女性は、隣の男性の手をぎゅっと握った。


「私、告白したんです。クリスマスの日に」


「それはそれは!いっぱい勇気を出したんですね」


青年はその二人の手を見て安心した。


「勇気を出して嫌われるよりも、勇気を出さずに離れていく方が怖いなって」


そう言って、にっこり笑ったその女性が


青年には、少しだけ


ほんの少しだけ逞しく見えた。


「わ〜!ラブラブだねこの人たち!!」


少年は、大きな声ではしゃぎながら、おじいさんにそう言った。


「そうじゃのう。あつあつじゃな」


おじいさんは笑いながら言うと、二人は恥ずかしそうに


「では失礼します!!」と


手を繋いだまま、早歩きで歩いて行った。


青年はそれを見て、小さな声で


「ずっとずっと幸せでありますように」


と、何にお願いするでもなく呟いた。


「じゃあ僕も公園に遊びにいこっと!」


少年が空を見上げながらそう言うと、おじいさんが笑顔で


「待ってくれ坊や。実はうちがこの近くでの。坊やと同じくらいの孫がおるんじゃが、一緒に遊んでくれんかのう?」と。


すると少年は、すごく嬉しそうにおじいさんの手を掴んで言った。


「いく!!!」


「よかった。じゃあ行こうかのう。青年も一緒に来んか?」


「いえ。僕はそろそろ旅に出ないと」


青年が首を横に振ってそう言うと、少年は聞いた。


「旅ってどこにいくの?」


青年は少し考えるふりをして、答えた。


「雪の降るところさ」


そうして・・・


「じゃあ、ばいばいだね」


少し悲しそうに少年は言った。


「また、いつでも来るといいぞ」


おじいさんは微笑みながら言う。


「ありがとうございます。じゃあ、ばいばい!」


そう言って、青年は歩き出した。


すると、後ろから大きな声が聞こえた。


「青年や!」


「おにいちゃん!」


青年が振り向くと、さらに大きな声で二人は言った。


「おつかれさま!!」

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冬の希雪(きせつ) 芥川 みず。 @mizu_akutagawa

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