第24話 釘崎 真人⑥


「これはどういうことだ!!」


 帰宅直後の栄子を捕まえた俺は、DNA検査の結果をその眼前に突きつける。

時刻は深夜だから光輝は子供部屋で寝ている。


「嘘……なんなのこれ……」


 検査結果を見た瞬間、栄子の顔は一気に青ざめた。

でもそのリアクションは秘密がバレたというよりも信じられない物を見たという俺と同様のもののように見えた。


「俺と光輝のDNA検査の結果だ……俺達は血のつながりもない赤の他人だって……どういうことなんだ!?」


「どっどうして検査なんて……」


「今はそんなことどうでもいい!! この結果について説明しろ!!」


「そっそれは……」


 殺気だした俺の気迫に屈服した栄子は全てを告白した……。

結婚当初から俺との営みに大きな不満を抱いていた栄子は、香帆から送られてくる行為中の動画で西岡のことを思い出し……欲求を抑えきれず西岡と行為に及んでしまったらしい。

つまり……光輝は優と同じく、西岡の子供である可能性が極めて高い……いや、それしか考えられない。


「でっでも……おかしい……行為の前は必ず避妊薬を飲んでいたはずなのに……どうして光輝とあなたの血が繋がっていないの?」


「おかしいのはお前だ!!」


 俺は声を張り上げて叫んだ。

栄子は驚きのあまり肩を一瞬ビクつかせていた。

彼女は避妊していれば確実に子供ができないと思っているみたいだけど……この世に完全はない。

避妊していようとも子供ができるケースはある。


「だいたい……俺に不満があるならどうして相談してくれなかったんだ!? 俺達夫婦だろ!? 互いに支え合うべきパートナーだろ!?」


「言えるわけがないじゃない! 真人にこんなことを言ったら……真人が傷つくでしょ!?」


「浮気される方がずっと傷つくに決まってるだろ!! パートナーに裏切られた人間がどれだけ傷つくか……お前だってわかるだろ!?」


「私は……」


「なんでだよ……なんで浮気なんかしたんだよ……栄子だって西岡に裏切られただろ?

たくさん傷ついただろ? そのお前がなんで……あいつと同じことができるんだよ!!」


「違う! 私は真人を裏切ってなんかいない! 私は今でも真人だけを心から愛している!本当よ! 豪にはなんの気持ちもないの! あいつとつながったのは体だけ……心は一切許していないわ! お願い信じて!!」


 必死に言い訳を並べる栄子だが……俺には何1つ理解できない。

心が俺にあるからなんだ?

西岡に心を許していないからなんだ?

夫以外の男に体を許した時点で信じてもクソもないだろ?


「いい加減にしろ! だったら俺が香帆と今も関係を持っていると言ったらお前は許してくれるのか!? 香帆と子供を作ったとしても、”心は栄子にある”と言えばお前は俺を受け入れてくれたのかよ!?」


「それは……でも私だけを愛してくれるなら……」


「だったら今から香帆のいる店に行ってくる。 金さえ出せば香帆も俺を受け入れるはずだ」


 俺は栄子を横切り、外に出るために玄関へと向かう。

別に本当に行くわけじゃない、ただ栄子の本心を知るためにやっていることだ。

そもそも香帆がどこの店で働いているかなんて知らないし……栄子と同じことなんか絶対にしたくはない。


「だっダメ!!」


 ドアノブに手を掛けた瞬間、栄子が俺の腕を両手で掴んで歩みを止めた。

彼女の泣きそうな顔に俺は怒りを通り越して呆れた。


「なんだよこの手……」


「あっあの……」


「西岡に抱かれた自分は許してほしくて……香帆を抱きに行こうとする俺は許せないって?……勝手すぎるだろ……」


「……」


「何が愛してくれるなら……だよ。 お前の語る愛は薄っぺらすぎて笑う気にもなれない」


「おっお願いします……許してください……なんでもしますから……」


 涙ながらに土下座の姿勢を取る栄子だけど……俺の心には何も響かない。

もう栄子に対してなんの感情も湧いてこない。

あれだけ愛おしく思っていた女性なのに……俺はこんなに冷淡な人間だったのか?


「……しばらくお前の顔は見たくない」


 俺は栄子を置き去りにしてそのままマンションを出た。

光輝を1人にできなかったのか……放心していたのか……栄子が俺を追いかけてくることはなかった。

まあ追いかけてきた所で振り切っていたけど……。


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 俺はその足で近所のネットカフェに行き、気晴らしに漫画を読んでいた。

今日はここで夜を明かそうと思う。


「……」


 どれだけ時間が過ぎても……どれだけ漫画に癒されても……俺の心は晴れなかった。


「どうしてこうなるんだよ……」


 琴美を失い……優を失い……香帆に裏切られ……栄子に裏切られた……。

なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ!?

俺が一体何をしたって言うんだよ!?

俺はただ……人並みの幸せを掴みたかっただけだ! 家族を幸せにしたかっただけだ!

それがそんなに悪いことなのか?

そんなに望んじゃいけないことなのか?

だったらどうすればよかったんだよ!?

どうすればこの悪夢から抜け出せるんだよ!!

もう嫌だ……こんな思いをするのは……いっそ何もかもぶち壊してやりたい。



 コンコン……。


 1人思い悩む俺の個室にノックの音が小さく響いた。


「よぉ……」


 許可なく俺の個室にチャラついた男が入ってきた。

そういえば鍵を掛けるのを忘れてたな……。


「あんたは誰だ?」


「俺? 俺は長谷川智樹。 西岡豪と一緒に托卵ゲームを楽しんだ男って言えばいいか?」


「!!!」


 こいつか……西岡と托卵ゲームを開いた男は……。

確か……なんかの罪で逮捕されたとかニュースで言ってたけど……出所したみたいだな。

まあ俺にはどうでもいいことだけど……。


「俺に何の用だ?」


「そう邪見にするなよ……お前に協力してほしいことがあるんだ」


「協力?」


「あんた……西岡豪に復讐してみたいと思わないか?」


「!!!」


「あんたの女房……豪の野郎と浮気してるぜ?」


「それは知っている……ほんの少し前にだけど……」


「そうか……だったら話は早い。 俺と一緒に復讐しないか?」


「復讐……何をする気だ?」


 復讐なんて物騒な言葉だが……俺は少し興味が湧いた。

今までの俺ならこんな話に耳を傾けなかったのに……。


「豪の野郎はあんたの女房に本気で惚れている……だったらシンプルにあいつの目の前でその女にブチこむ

意外性もない安っぽいやり方だが……手軽に豪の野郎に苦痛を与えることができる」


 要は西岡の目の前で栄子を強姦するってことか……さすがにあんな非道なゲームを開くだけあるな。


「自分が何を言ってるのかわかってるのか? それは犯罪だぞ? 警察に捕まりたいのか?」


「だからなんだ? あいつに復讐できるならムショなんてデメリットにもならねぇよ」


「お前……豪の親友なんだろ? どうして復讐なんか……」


「親友? ざけんな!! 俺はあいつに人生をズタボロにされたんだ!

あの野郎がくだらねぇゲームなんか提案しなければ……俺はこんな目に合うことはなかった!

あいつが俺の幸せを奪いやがった……だったらあいつの幸せも奪わないと俺の気が済まない!」


 お前だって提案者の1人だろ? 何言ってるんだこいつ。

そうでなくたって……ゲームに参加した時点で西岡と同類だろうが……。


「俺だけじゃねぇ……あいつのせいで人生が狂った人間が大勢いる。

そいつらも豪に復讐したくてうずうずしてるんだ……あんただってそうなんじゃないのか?」


「俺は……」


「あんた、豪に女を2度も寝取られたんだろ? しかも香帆を使って托卵までされたんだ……豪の野郎を地獄に堕としたいと思わねぇか?」


「……」


 その問いに答えるとすれば……答えは”はい”だ。

でも浮気の制裁は離婚と慰謝料……それが常識だ。

それ以上は何も求めることはできないし、求めてはいけない。

まして復讐なんて……悪意の行為だ。

復讐に堕ちた人間に幸せなんて訪れない。

まして犯罪に手を染めた人間は正義の裁きを受ける。

結局……復讐で得られるものは復讐を成し遂げた際に得られる一時の快楽だけ……そんなもののために人生を棒に振るなんて馬鹿げている!

馬鹿げている……はずなのに……俺の心はその快楽を強く求めている。

俺は西岡達に復讐したいと思っているのか?

復讐なんかすれば……長谷川や西岡と同じ犯罪者になるんだぞ?

俺は俺自身に問う……”それでもいいのか?”って。

俺は答える……”あぁ、いいさ”って。

犯罪者になる恐怖よりも、復讐を成し遂げたいという欲求が俺の心を支配している。


「……わかった、協力する」


 俺の心はもう……壊れてしまったんだ。


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「……栄子?」


『真人!? 今どこにいるの!? お願い!帰ってきて!!』


 翌日……俺は栄子に電話を入れた。


「直接話がしたい……今から言う場所に来てくれ」


 俺は長谷川と打ち合わせた場所を栄子に伝えた。


『わかったわ! 光輝を両親に預けたらすぐに行くから!』


「待ってるよ……」


 俺はそう言って短い電話を切った。

もう後戻りはできない……俺は堕ちていくんだ……地の底まで……。

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