第23話 佐山 香帆⑥

 真人に豪のことや托卵のことがバレたあたしはもちろん離婚と慰謝料を請求された。

それについては別にどうでもいい。

托卵する相手なんてまた探せばいいし、年齢的にも子供を作ることは可能だ。

豪だってまた頑張ればいいともう1度チャンスをくれたんだ。

彼のためにも頑張らないと……そう思っていたのに……。


『初めまして……私は牧村 栄子(まきむら えいこ)と言います。

そこにいる西岡豪の”婚約者”です』


 離婚調停の場に突然現れた栄子という女……こいつが現れた瞬間、豪は今まで見たこともないくらい動揺していた。

栄子は豪の婚約者だと名乗った……そんなの嘘に決まってる!

だって豪にはあたしがいるんだから!

あたし以外の女と婚約なんてするわけがない!!


『私は豪との婚約を破棄します。 もちろん、慰謝料も請求します』


『まっ待ってくれ!栄子! 考え直してくれ!』


 栄子の足に泣いて縋りつく豪の姿にあたしの心は大きく乱れた。

婚約破棄の慰謝料なんて豪からすれば大した額じゃない。

それにも関わらず、プライドの高い豪が人目も気にせず泣きじゃくるということは……それほど栄子が特別な存在だってこと?


「豪……どういうこと? この女はなんなの?」


 その場で豪を問い詰めても彼は栄子に復縁を申請するばかりであたしのことを1度も見てくれなかった。

それはつまり……豪の心にはあたしではなくこの女がいるということ……。

信じたくなかった……今まであたしは豪のために生きてきた……豪とあたしは心から愛し合っていると信じていたからだ。

でもそうじゃなかった……言葉で語らなくても、豪のこの必死な姿が全てを物語っている。

あたしは豪にとって……ただの道具だったの?


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 後日……あたしは豪を喫茶店に呼び出した。

この頃、豪の父親が色々なスキャンダルが重なって社長の座を降ろされて莫大な借金を背負うことになったと連日のニュースで報道されていた。

豪がこれまで好き放題していたのは、父親の力があったからこそ……その父親が堕ちたということは、豪は本当に全てを失ったということ。

栄子にも婚約破棄され……彼に残ったのものはもう何もない。


「あたし……豪に婚約者がいたことなんて気にしないから。

2人で人生をやり直して、一緒になりましょう?」


 全てを失った豪にもう1度やり直そうと持ち掛けた。

栄子とのことはショックだったけど……彼のことは今でも愛していた。

あたしに嘘をついていたのは事実でも、豪は10年以上愛し続けた男よ?

そんな簡単に離れるなんてできるはずないでしょ?

お互い全てを失ったんだから、やり直すにはちょうどいいじゃない?


「無理。 俺が愛している女は栄子だけだ……お前じゃない」


 婚約破棄されたにも関わらず、豪は栄子のことを諦めていなかった。

なんで?

あの女はもう豪のことなんて愛していないんだよ?

あたしは豪のことを許す……なのにどうしてそんなことが言えるの?


「でっでも婚約破棄したんでしょ? だったらあの女は豪のことなんか愛してないよ!

本当に愛していたらそんなことしないでしょ?

だいたいあんな大した家柄でもない女の何がいいの!?

顔だって地味だし、スタイルだってあたしの方が上じゃない!

あんな女、豪には似合わな……」


パチンッ!


「黙れクソビッチ!!

この際はっきり言ってやる!

俺にとってお前は真人や優と同じ便利な駒なんだよ!!

全てが完璧な栄子のことを股を開くしか能のないお前が悪くいうんじゃねぇ!!

次にそんな口を効きやがったらぶっ殺してやるからな!!」


 豪から平手打ちを喰らい……罵倒された。

痛い……叩かれた頬よりも……胸の中の方がチクチクして痛かった。

そうなんだ……寄り添うあたしよりも離れていく栄子の方が愛おしいんだ……。

あたしは何もかもがどうでも良くなり……喫茶店を後にした。


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 それからは本当に無味無色な毎日を過ごした。

真人からの慰謝料を支払うために、不潔な男共の汚らしい性欲を発散させる日々……。

豪から教授されたテクニックと男を寝取るために得た多くの経験からか……店に来る男達の6割はあたし目当てに金をバラまいて行った。

こういうのを天職っていうのかしら?

別に嬉しくないけど……慰謝料の返済が予想以上に早く終わったのはラッキーだったと思っていいのかしら?

日々の生活も豪と暮らしていた頃に比べるとだいぶ生活水準は落ちたけど、一般レベルに生活を送ることはできていた。

仕事も別に苦とは思っていないから今後も続けていけるとは思う。

でも今もあたしにとってどれもこれも大した朗報には聞こえない……。

今のあたしが欲しているのは金じゃない……あたしが欲しているのは生きていく目的だ。

朝から遅くまで男の相手をし……アパートに帰って食べて寝る……毎日それを繰り返すだけ……。

あたしは一体なんのために生きているの?


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「久しぶりだな……香帆」


「豪!?」


 ある朝……店の前で声を掛けてきたのは豪だった。

あたしを捨てた愛おしい男……。


「香帆……あの時は悪かった。 俺、ようやく自分が本当に愛しているのが誰かわかったんだ!

俺が愛しているのは栄子じゃねぇ……香帆、お前なんだ!」


「豪はあたしのことなんて初めから愛してなかったんでしょ?

都合の良い女としか見てなかったんでしょ?

あの栄子って女をあれだけ必死に取り戻そうとしてあたしを口汚く罵ったくせに何を今更……」


 あろうことか、豪はあたしに復縁を申し込んできた。

正直にいうと、この言葉を信じることはできなかった。

愛していた男とはいえ、あたしにあんな仕打ちをしたんだから仕方ないでしょ?


「嘘……そんなこと言ってあたしを騙そうとしてるんでしょ!!

あたしはこれまで豪のためだと思って尽くしてきた!!

豪に愛されるためならなんだってした!!

だから真人と結婚して優も生んだんだよ!?

それなのにあなたは栄子を選んだ……それがどれだけつらかったかわかる!?

あたしにとって生きる全てだった豪に否定されたあたしの気持ちがわかる!?」


 あたしは心の内に秘めていた気持ちを涙ながらにぶつけた。

豪の愛に応えるために全てを犠牲にして尽くしてきた……その愛が偽りだった……クズ親共と琴美から受けてきた仕打ちなんかよりもそっちの方がずっとつらかった……。


「香帆が俺にとって最高の女だ!

香帆が許してくれるなら、今度こそ俺達結婚しよう!」


 地面に両手を着いて必死に頼み込む彼の姿に心が少しざわめき出した。


「頼む……香帆! 俺の元へ帰って来てくれ! 

そしてあいつらに復讐しよう!」


 豪はあたしへの復縁と……真人への復讐に協力を申し出てきた。

真人に復讐したい気持ちは本当だろうけど……あたしとの復縁が本意なのかは正直わからない。

これまでの彼の言動を客観的に考えたら嘘である可能性の方が高いかもしれない。

でも……これが本音じゃないという可能性もゼロじゃない。


「……わかった。 豪のこと……もう1度信じる。

今度こそあたしと一緒になってくれるんだよね?」


「あぁ!! もちろんだ! 2人で幸せになろう!!」


 あたしは豪からの復縁を受け入れた。

彼の気持ちが本音だって信じたかったから……何も生み出さない今のあたしの人生に意味を見出したかったから……あたしは豪を許すことを選んだ。

バカなんじゃないかって?

チョロい女だなって?

そう思いたければ思えばいいじゃない!

あたしは豪を信じる!

真人への復讐を果たせば……今度こそきっとあたし達は結ばれる!

この尊い気持ちが他人にわかってたまるか!!

豪は無一文で外に放り込まれた可哀そうな身……だからあたしは住んでいるアパートで豪と同棲することになった。

今のあたしの稼ぎなら1人くらい養うことも不可能じゃない。


 こうしてあたしは豪と共に、真人への復讐を企てた。

その先に待っている豪との未来を信じて……。


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 復讐を企てるとは言ったものの……金も力もないあたし達には大したことはできない。

真人は栄子と結婚してセキュリティの高いマンションで暮らしている。

素人が勝手に入れる場所じゃないわね。

風の噂によると……真人は托卵と優の件で心を病んで休養しているみたい。

あたしと豪をこんな目に合わせた真人が病んでいると聞いて軽くざまぁと思った。

そんな真人なら外に出た所を2人掛かりでボコるのも難しくはないかもしれない……でもそんな生易しいことで晴れるほど豪の恨みは浅くない。


「栄子をもう1度俺のものにする!」


 これが豪の復讐のキーワードだった。

要するに真人から栄子を寝取るってこと。

真人は今、生きがいである医者の仕事から離れるほど心を病んでいる。

そんな状況で妻が浮気に走れば、真人の心は完全に砕ける。

そうなったらあいつはもう再起不能になるでしょうね……。


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 寝取るとは言ってもかつてのように簡単にはいかない。

薬でも盛って無理やり犯してしまえば簡単なんだけど……生憎薬を買うお金はない。

あたしが務めているお店にはいくらでもあるけど……店の外に持って行くのは禁止されている。

そうは言っても肝心の豪は栄子に接近禁止令を出されているみたいだから、栄子に何か仕掛けるられるのはあたししかいない。

試行錯誤した結果、あたしと豪は1つの賭けに出ることにした。


『結婚生活満喫してる? あたしは豪と楽しくヤッてるわ~』

 

 あたしはバカみたいな一文と共にあたしと豪の行為中の動画を送り付けた。

送った相手は栄子……ラインIDは豪から聞いた。

別に嫌がらせ目的で送った訳じゃない……これがあたし達の賭け……。


 まあ順を持って説明すると……三大欲求ってあるでしょ?

睡眠欲と性欲と食欲……この3つを満たしていないと人間っていう生き物はまともに生活を送ることすらできなくなる。

まあ睡眠はベッドと時間さえあればいいし……食欲も金があればどうにでもなる。

性欲だって金があれば発散できるでしょうけど……別に一万円札が下の世話をしてくれるわけじゃないでしょ?

性欲を発散させるのは男か女……要するに身体よ。

発散する方法は個人によって違うでしょうけど……個人による違いはもう1つある。

それは”基準”。

性欲を満たす基準は経験を積めば積むほど高くなる。

基準が高ければその分、欲を満たすために必要な相手のレベルが高くなる。

結構意味不明なことを口走ったわね……じゃあ真人と豪に当てはめて話してあげる。


 まず、真人と豪は性の経験が圧倒的に違う。

真人が知っている女はあたしと栄子だけ……一方の豪はあたしと栄子以外に何人もの女を知っている。

つまりは女を満足させるテクニックが全く違うってこと。

さらに言えば真人と豪は下についているモノのレベルも圧倒的に違う。

豪を丸太に例えるなら……真人は極細の小枝ってところかしら?

その情報を踏まえて……真人と豪のどっちに抱かれたいと聞かれたら、100人が100人とも豪を選ぶはずだわ。

まして栄子は豪という最高の男を知っている。

そんな栄子が真人程度の男で満足できると思う?……いえ、できるわけがないわ。

同じ男を知っているあたしだからこそ言える……栄子は真人との営みに絶対不満を抱いている。

今は理性をフル稼働させて不満を抑えているでしょうけど……それも時間の問題よ。

あたしと豪の動画を送り付けることで栄子の心をゆさぶって浮気へと走らせる……それがあたしと豪の賭け。


※※※


『こんなセクハラ動画を送り付けてきて非常識な人ですね!!

もうラインしないで下さい!!』


 しばらくして栄子からこんなラインが届いた。

……セクハラ?

意味不明~……女が女に動画を送って何が悪いの?

しかも動画に映っているのはあたし本人だし……バカなんじゃないの?


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 その後もあたしは動画を送り続けた。

”ラインするな”と言ったわりに既読はきちんとついている……つまりブロックはしてないってこと。

あたしの送った動画をオカズに1人で欲求を満たそうとしているのが簡単に想像できる。

だけど……豪ほどの男を知っている女がそんなつまらない応急処置なんかで満足できる訳がないわ。

いずれ必ずタガがはずれる時が来るはず。

そうなったら豪の元に来るのか……別の男で発散するのか……どっちにしろ真人から離れるでしょうね。


『あたし達の幸せを分けてあげましょうか?』


 動画を送り続けて数週間がたったある日……あたしは浮気を匂わせるラインを送った。

ストレートに”豪と寝たら?”とか言ってしまったら、無駄に理性が働いてあたし達を拒絶する可能性がある。

遠まわしに言えば逆に想像が膨らんで興味がそそられ、常識的な判断が鈍くなるかもしれない。

あくまであたしの想像でしかないけどね……。

このメッセージは既読にこそなったものの……返信はなかった。

まあ特に期待を込めていた訳じゃないから別にいいけどね。


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『豪に……会えますか?』


 メッセージを送ってから3日後……栄子からメッセージが届いた。

……来た!

栄子が動いたわ。

でもいきなりOKとは言わない。

その言葉に偽りや罪悪感がないか確認する必要がある。


『急にどうしたの? 豪には確か接近禁止令が出されているんじゃなかったの?』


『そうだけど……私の方から会う訳だし……』


『真人が許さないんじゃない?』


『会って話すだけだから大丈夫だと思う……』


『話すだけなら電話かラインでいいんじゃない? 豪にあたしのスマホ貸してあげるから……』


『それは……そうだけど……』


 そこからラインが途絶えた……悩んでいるわね。

今、栄子は真人と豪の間で揺れ動いている。

もっと言えば……愛と欲望ってところからしら?

でも栄子の不満は愛じゃ満たされない。

文面からも豪に抱かれたい意志がにじみ出ている。


『豪とヤリたいの?』


 あたしは栄子の揺らぐ心に後押しを加えた。

もしもあたしが栄子の立場であればこの問いかけに対する答えは1つしかない。


『そうです』


『そうです? 何がそうなの? はっきりと言ってくれない? あたし察しが悪い女なの』


『豪と……』


『豪と?』


『や……』


『??』


『豪と……ヤリたいです』


 ついに引き出した……栄子からこの言葉を……。

栄子は真人よりも豪を選んだ……でもまだよ。


『だったらヤリたいって証拠見せてよ』


『証拠?』


『豪の可愛がってほしい所を生で取って送ってよ。 今まであたしと豪がヤッている動画を送ってあげたんだから、それくらいいいでしょ?』


 しばらく間が空いた後、栄子からパンツの中身を取った写真が送られてきた。

あたしが写真を送るように言ったのは、真人がこの件に関わっていないか確認するため。

このことを真人が知れば即ブロックでしょうけど……真人が栄子になりすましているか、このラインを横で見ている可能性もなくはない。

まああいつにそんな器用なマネができるとは思えないけど……。

でもこの写真を送ることができたということは、真人は知らない可能性が極めて高い。

いくらラインの相手があたしだからって、妻のこんなヤバイ写真を真人が許すとは到底思えない。




「豪! 栄子が乗ったわ! これ見て!」

 

 鉄は熱い内に打たないと!

あたしは隣で寝ている豪を起こし、栄子とのラインを見せた。


「よしっ! すぐに栄子をここに呼べ! ホテルを用意する時間も惜しい!」


 豪からそう指示を受けたあたしは再びスマホを操作する。


『OK~今日からでもいいみたいだけどどう?』


『お願い……』


 あたしは栄子にアパートの場所を教えた。



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 ピンポーン……。


「いらっしゃい、豪は中にいるわ」


「……」


 数時間後……栄子があたしのアパートを訪ねてきた。

思った通り、真人はいない。

栄子を中に招き入れ、あたし達は3人で楽んだ。

始める前は若干罪悪感がある感じだったけど、豪と体を重ねた瞬間……栄子は獣と化した。

よっぽど真人に不満が溜まっていたのか……豪との相性が良いのか……現実は残酷ね、真人。

正直、楽しんでいる2人を見てるとちょっとヤケるけど……これも豪のため。

そして真人への復讐のため……。

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