第19話 佐山夫婦(父)

 俺には琴美という娘がいた……。

琴美は幼少期の頃から女優としての才能があることを見抜いた俺と妻は琴美に大金をつぎ込み、女優としての力を身に付けさせた。

もちろん口で言うほど簡単なことではないが、琴美がいつか俺と妻に贅沢な暮らしをさせてくれると賭けて俺は琴美に全てを託した。

琴美はそんな俺達の期待に応え、大きく名の売れた女優に成長した。

子供の頃から可愛がっていた琴美は俺と妻に恩義を感じ、女優として得た莫大な金を俺と妻に仕送りという形で貢いでくれた。

おかげで俺と妻は良い生活を送れるようになった。

琴美というATMが毎月大金を送ってくれる……当然俺は長年勤めていた会社なんぞさっさと辞め、パチンコに明け暮れる毎日を過ごすようになった。

妻も妻でブランド物を買い漁ったり、ひそかに推しているアイドルに貢ぎまくっていた。

しかも……俺達にとっての幸運はそれだけじゃない。

琴美が幼馴染である真人君と婚約したのだ。

真人君は大きな病院の院長の息子……つまりは金持ちのお坊ちゃんだ。

琴美1人でも毎日豪遊できる大金が入って来るんだぜ?

そんな琴美に金持ちがくっつくとなれば……生活水準を芸能人レベルにまで上げることだってできる。

そうなったらこんな広いだけのボロ家なんて捨てて、高級タワマンの最上階に住むことだって夢じゃねぇ!

毎日死ぬまで遊んでも釣りがくるぜ。

全く俺という男はつくづく良い娘を手に入れたもんだ。

俺はこの幸せが永遠に続くものだと思っていた……。


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「わ……私……妊娠したの」


『!!!』

 

 真人君との結婚が決まってしばらく経ったある日……琴美が妊娠を発表した。

しかも相手は真人君ではないと言う。

なんでも西岡とかいう男に襲われ、それをネタにずっと脅されていたらしい。

琴美はこのことを警察に話すと俺達に決意を述べてきた。

……最悪だ。

もしもこのことを真人君が知ればまず間違いなく琴美から離れるだろう。

無理やりだったとしても、自分以外の男の手垢が付いた女を好き好んで欲しがる物好きはまずいない。

それに警察の捜査が始まれば世間にこの事態を知らしめることになる。

そうなれば……仮に男が逮捕されても、琴美の清純なイメージはつぶれ……女優として積み重ねてきたものが失われる可能性だってある。

冗談じゃねぇよ!?

そんなことになったらギャンブルで作った俺の借金はどうなるんだ?

車だって高級車に買い替えてローン溜ってんだぞ!?

琴美がここで折れちまったら俺の輝かしい未来は一瞬で真っ黒になる。

今さら地道に働いて稼ぐなんてみっともねぇことなんてできるわけがねぇ……。

だったら答えなんて1つだ!

琴美を説得してなんとか他言無用でこの件をうやむやにする!!

こんなくだらねぇことで俺の幸せをなくすなんてごめんだね。


「……」


 ふと隣にいる妻と目が合った

その目からは俺と同じ意志を感じる。

長年連れ添ってきた女房だ……それくらいの以心伝心はできる。

まして俺と同じ”人種”ならばなおさらだ。


「こっ子供を堕ろすのは賛成だ。 でも警察に言うのはやめた方がいいんじゃないか?」


「お父さん……何を言ってるの?」


「警察に言えば、遅かれ早かれこのことが世間に公表されることになる。

そうなれば、お前の女優としてのイメージに傷をつけてしまうんじゃないのか?

いや、下手をすれば女優を引退することになるかもしれん! 夢だった女優人生をこんなことで終わらせたくはないだろう?」


 警察に行くという琴美をどうにか思い留まらせるため、彼女が最も恐れるであろう可能性を提示した

幼少期から夢見ていた女優業をこんな火遊びのために失うのは、琴美とて本意ではないだろう。



「琴美ちゃん、あなたの気持ちはよくわかるわ。 でもこのことが真人君に知られたら、彼が離れてしまうんじゃない?」


「そっそうだな! 脅されたとはいえ、よその男の子供を妊娠した女を真人君みたいな純真な男が受け入れられるとは思えない。 真人君との婚約が白紙になるかもしれないんだぞ!」


「まっ真人はそんなことしないよ! 2人ともなんでそんなこと言うの!?

2人は私の味方じゃないの!?」


 真人君の名前を出した途端、琴美は一瞬押し黙った。

それもそうだ……琴美は幼い頃から真人君を心から愛している。

その想いが成就し、結婚にまで発展しようとしている今、彼に拒絶されるのは身を斬られるよりつらいだろう。

そして……生みの親である俺達の言葉だ、琴美は必ず受け入れるはず。

なんたって俺達は”家族”なんだからな!


「2人共……私を犯した西岡が憎いと思わないの?

妊娠させられた私を可哀そうだと思わないの?」


「もちろんお前を汚した男が憎くない訳がない!

お前のことが可哀そうで仕方ないと思っている。

でもな? その男に罰を与えるためだけに、今後の人生を棒に振ることはないだろう?」


「そうよ琴美ちゃん。 もっと自分を大切にして」


 正直……琴美を犯した西岡に対して怒りはある。

俺達が人生を掛けて作り上げてきた琴美という大樹を根元から腐らせやがったんだ……怒りが湧くに決まってんだろ?

俺達の幸せの邪魔をしやがって!

ぶち殺したいが……今はそんなクズのことはどうでもいい。

優先すべきは琴美の決意を変えることだ!

琴美が黙っていれば事はこれ以上大きくならない。

あとは西岡とかいう野郎に金を握らせて黙らせりゃ……全てが丸く収まる。

琴美さえいれば金なんぞ腐るほど湧いてくる。


「大丈夫だ琴美。 全部俺達に任せて、お前は何もしなくていいからな?」


「そうよ琴美ちゃん。 あっ!そうだ! 今度放送される朝ドラのヒロインに抜擢されたんでしょ? お母さん、琴美ちゃんの大好物を作ってお祝いするわ。 もうこんなことは忘れましょ? ね?」


 妻がポジティブな話題を取り上げ、重苦しい場の空気を変えようとする。

さすが俺の女房だぜ!


「琴美、お父さんはお前をいつまでも愛しているからな! 困ったことがあればなんでも言えよ?」


「お母さんもよ! 琴美ちゃんのそばにずっといるわ! 大好き!」


 我ながら吐きそうなセリフだが……ここまで言えば琴美は考え直してくれるだろう……そう思っていたその時!!


「あぁぁぁぁぁ!!」


「琴美!!」


「琴美ちゃん!!」


 琴美が突然家を飛び出していった。

俺達はすぐに後を追うが……年齢の差か、琴美を途中で見失ってしまった。

探したい気持ちはあるが……今夜は台風クラスの悪天候になると天気予報で言っていた。

いつの間にか雨もぽつぽつ降ってきたため、俺と妻は家に引き返すことにした。


「ねぇ……琴美、大丈夫かしら? もし事故にでも合っていれば……」


「だからってこんな嵐の中、探しに行けるか? 俺はごめんだね」


「あなた! 自分の娘でしょ!?」


「だったらお前が探しに行けよ!」


「ばっバカ言わないで! どうして私が……」


 この時、外はすでに嵐のような雨風が支配していた。

スマホにも警報通知がうざいほど来ている。

いくら”大事”な娘とは言え、こんな嵐の中に飛び込むなんて自殺行為でしかない。

妻は善人ぶって俺を責め立てるが、我が身可愛いさに自分から動こうとはしない。

こいつ、昔からこういう無責任な所あったな……そんなんだから琴美も愛想尽かして出て行くんだよ!

まあとにかく外に出られない俺達は琴美を探すことはできない。

かといって警察はダメだ!

家を飛び出したくらいで警察にすがったと知られたら、

マスコミが面白がってあれこれと記事を書くかもしれん。

そうなったら世間の良い笑いものだ。

ご近所からも何を言われるか……。


「とにかく今日は家で大人しくしていよう……ひょっとしたら琴美が戻って来るかもしれない」


「そっ……そうね……きっと戻って来るわよね?」



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 翌朝、警察から電話が掛かってきた。

内容をまとめると……昨夜、琴美は真人君の家を訪ねたらしいが、そこからまたどこかに飛び出していったらしい。

警察が懸命に捜索しているらしいが、未だに琴美は見つかっていないらしい。


「ちょっちょっとどういうこと!? 琴美はどこに行ったの!?」


「そんなこと俺に聞くなよ!!」


「真人君は一体何をやっているの!? どうして琴美を保護しなかったのよ!!」


「あのマヌケ野郎……自分の婚約者1人守れねぇのか!!」

 

 真人君への怒りを抑え、俺達はひとまず琴美を捜索しに出かけた。


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 数日後……警察の捜索によって水死体となった琴美が川から発見された。

警察からの電話で聞いた時は何かの間違いだと思っていたが、回収された死体を見た瞬間、それが琴美であることを認めざる終えなくなった。

最悪だ……考えられる限りで最悪の結末だ。

俺は膝から崩れ落ち……妻も手で顔を覆って泣いている。

明日から俺達はどうすればいいんだ?

琴美は俺達にとって生命線というべき存在だったんだぞ?

その琴美がいなくなった今、俺達は何を頼りに生きて行けばいいんだ?


「琴美ぃぃぃ!!」


 琴美にすがりついて泣き叫ぶ真人君……そもそもこいつが琴美を保護していたらこんなことにはならなかったんじゃないか?


「おい!貴様!!」


 俺は怒りをこらえきれず、真人君の胸倉を掴んだ。


「どうして琴美を助けなかった!!

あいさつに来た時お前言ったよな!? 琴美を一生守るって!!

あれは嘘だったのか!?

俺達はお前を信じて琴美のことを任せたんだぞ!!

その信頼をお前は裏切ったんだ!!

琴美を返せ! この卑怯者!!」


「やっやめなさい!!」


 真人を責め立てる俺をその場にいた警官達が引きはがす。

俺が手を離すと、真人君は魂のない人形のようにその場で崩れた。

わざとらしくショックなんぞ受けてんじゃねぇ!!

本当に可哀そうなのは俺だ!!

琴美という女優を作るために、俺がどれだけこの身を捧げたと思ってやがる!!


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 琴美という収入減を失った俺達の人生は一気に変わった。

借金を返すため、琴美が遺した全財産を失った。

さらには膨れ上がった利息分、身の回りの物……長年住んでいた我が家を全て売り払った。

奇跡的に借金自体は返済したが、引き換えに俺達はホームレスに堕ちてしまった。

琴美を死なせた責任を取らせようと真人に援助を申し入れようとするが、彼は心が折れて引きこもりとなっていた。


「この度は本当に申し訳ありませんでした……」


 そんな真人の代わりに彼の父親が俺達に頭を下げてきた。

お詫びと言って300万の慰謝料を支払ってもらった。

大病院の院長のくせにケチだとは思ったが、これ以上要求すれば恐喝になってしまう。

何の後ろ盾も金もない俺達にはそんな危ない橋は渡れない……俺達は300万で手を打った。

これで当分の資金は手に入った……その間にどうにかして働き口を見つけるしかない。


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 そう思ってはいたんだが……俺も妻も40代後半。

俺はこれといって特別なスキルや人脈はないし、妻は専業主婦しかしたことがない。

そんな俺達を雇ってくれる所なんてある訳がない。

かといって10代、20代の若造に混じってバイト生活ってのもやりたくねぇ……。

そう言っている内にもらった慰謝料はどんどんと減って行き、気付けば数万円程度にまで減っていた。


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 そんな途方に明け暮れていた俺達の耳に、ある朗報が飛び込んできた。


「真人と香帆が結婚!!」


 香帆というのは俺達のもう1人の娘であり、琴美の妹に当たる女だ。

香帆は琴美に比べて地味でこれと言った才能のないノロマな無能だった。

そんな奴を可愛がった所で俺達にメリットなんかない……俺と妻は香帆をいない者として扱い、琴美だけに愛を注いだ。

琴美の結婚が決まった時期にフラっと家を出ていき、それからは完全に記憶から抹消していた。

だがこれは天が俺達に与えたチャンスだ!

香帆が結婚すれば、真人と俺達は義家族となる。

そうなったら、金に困っている俺達を援助するはずだ!!

そう思い、俺達は香帆に会おうとネット喫茶で情報を集めた。

幸いにも、真人の親族がツイッターに式場を予約したホテルを載せていた。

俺達は結婚式に趣き、香帆に取り繕うことにした。

香帆はまがいなりにも俺達の娘だ。

頭を下げて懇願すれば、きっと情に流されるはずだ!!

屈辱ではあるが、背に腹は代えられない。



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「香帆っ!!」


 式場でウエディングドレス姿の香帆を見つけた瞬間、俺は大声で呼び止めた。

思えば香帆の名前を口にしたのは数年ぶりだ。

彼女の名前が香帆で合っているかどうかすら正直、あやふやだ。


「久しぶりだな香帆! 元気そうで何よりだ!」


「きれいよ香帆……今日はおめでとう!」


「……」


 香帆は汚らしい物を見るかのような目で俺達を嫌そうに眺めていた。


「何しにきたの?」


「もっもちろん、結婚を祝うためだ! 親として当然だろう?」


「そうよ! どうして結婚式に呼んでくれなかったの? 私達、家族でしょ?」


「あたし忙しいんですけど? 用がないなら話しかけないでくれる?」


『!!!』


 実の親に向かってなんて口の利き方だ……久しぶりの再会だというのに背を壁に預けて面倒そうな態度まで取っている。

こいつには親への感謝や尊敬というものがないらしい……全く琴美とは大違いだ。

だが今の俺達には香帆にすがるしか道はない。


「頼むっ! 俺達を援助してくれ!!」


「お願い……もう私達にはあなたしかいないの! お願い!」


「よくもまあ人前で土下座なんかできるわね~……しかも散々見下してきた娘にさぁ……引きすぎて逆に尊敬するわ」


「うぐっ!」


「だいたいその汚らしい恰好は何?

結婚式に出るならそれなりの服を着てくるのが常識じゃない?

ましてや新婦の親なら高級服に身を包むでしょ?

どんだけ堕ちたらそんな常識知らずの恥さらしになれるか聞いてみたいものだわ」


 このガキ……俺達が強く言えないことをいいことに調子に乗りやがって……。

だがここで言い返せばすべてが終わる。

妻も歯を食いしばって耐えているんだ。


「そっそうだな……お前の言う通りだ。

だから……そんな俺達を少しでも哀れに思ってくれるなら援助してくれ」


「お願いします! どうか私達を助けてください!」


 必死に懇願する俺達のことを最初は面白そうに見下していた香帆だったが、

急に何か思いついたように口元を緩まると、俺達に言葉を掛けだす。


「……そこまで言うのなら仕方ないわね。

援助してやってもいいわ」


「ほっ本当か!!」


 俺と妻は思わず立ち上がり、香帆に詰め寄る。


「ええ……援助してあげる」


「あっありがとう香帆! やっぱり私達の自慢の娘ね!」


 俺達の人生に一筋の光が差し込んだ。

これでこんなみじめな生活とはおさらばできる!


「ただし……条件があるわ」


「え? 条件?」


「条件が飲めなければ援助はしないわ」


 この期に及んで香帆は条件を提示してきた。

やはりこんな心のない女がタダで助けてくれる訳がないか……。


「わかった……条件とはなんだ?」


 香帆の提示した条件は4つ。

1つ目は香帆に代わって家事全般を全て行うこと。

2つ目ははこれから生まれてくるであろう子供の育児を香帆の代わりにすること。

3つ目は真人の前に絶対に姿を見せないこと。

4つ目はこのことを真人が知られてはいけない。

要は援助する代わりに家事と育児を全てやれということだ。

とてもこれから妻となる女の言葉とは思えない怠惰な言葉だ。


「どうする? やる?やらない?」


 煽るように返答を促す香帆には怒りが募る思いだが、答えは決まっている。


「わかった……条件を飲もう」


「私もいいわ」


「契約成立ね……じゃあよろしくね? お父さん!お母さん!」


 香帆にそう呼ばれた瞬間、嫌な悪寒が背中を走った。

なんとも忌々しい女だ。

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