第18話 西岡 拓郎

「ぐおっ!!」


「テメェ……誰が休んでいいと言った? さっさと働け!

この能無しの役立たず!!」


「……」


 どうしてこの俺がこんな薄汚いゴリラなんかにこき使われないといけないんだ?

しかもこの俺を能無しの役立たずだと?

俺は一代で巨万の富と絶大な権力を得た選ばれし男だ!

こんな暴力しか取り柄のないゴミとは違う!!


 あの騒動で社長の地位を降ろされた俺は、莫大な損害賠償を払うために借金を背負うことになった。

あまりの額にどの金融業者も相手にしてくれず……闇金に手を出してしまった。

その結果……借金を返す見込みがないからと、地下労働を強制されている。

ここでの仕事は穴堀りと……堀った土を指定された場所まで運ぶ……この2つだ。

それを毎日休みもなく永遠と繰り返している。

おそらくなんらかの地下施設を作るための下準備だろうが……そんなことはどうでもいい。

どうしてエリートであるこの俺が汗や土埃に塗れてこんな汚らしい仕事をしないといけないんだ?

こんなものは能力のない下等な働きアリ共がやるべき仕事だろう?

俺はそんな能無し共を使うべき上の人間だ。

能力のある人間が能力のないゴミを駒として使う……それが社会の摂理だ。

だがこの地下世界ではその常識が一切通用しない……まさに異世界だ。


「これも全てあいつらのせいだ……」


 俺がこんな世界に堕ちた原因を作ったのは……今では家族とも呼ぶに値しないクズ親子。

ドジを踏んで托卵がバレたクズガキ……暴力団なんぞと関係を持った股緩女。

托卵も暴力団もあいつらが勝手にやったことだ!

どうして無関係な俺が巻き込まれないといけないんだよ!!

こんなことになるなら、あんな連中さっさと捨てて置けばよかった!

あいつらだけじゃない!!

俺をパワハラで訴えやがった無能な社員共も許せん!!

自分達の無能ぶりを棚に上げて何がパワハラだ!!

有能な人間に無能な人間が尽くすのは当然だろう?

結果を残すこともできない無能共のメンタルなんぞ知ったことか!!

どうして世間はそんな心の弱い雑魚共の味方をする?

守るべきなのは俺のように社会に貢献できる有能な人間だろう?

一体いつから世界はこんなにおかしくなったんだ?


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 ここの職場環境は最悪としか言いようがない。

食事は毎回缶詰1個とコップ1杯分の水のみ。

しかも缶詰は賞味期限が切れた物ばかりで腹痛を何度も起こした。

仕事は毎日12時間以上……にも関わらず、睡眠時間は10分だけで休憩時間などない。

シャワーは1ヶ月に1度だけでシャンプーなどはない。

テレビや本のような娯楽は一切ない。

あった所で楽しむ時間などない。


最初こそ、反抗の意志を示していたが……そのたびに上司を名乗るゴリラ共に袋叩きにされた。

俺は反抗する気力すら失い……ただただ黙って働くようになっていった。

だが……人を人とも思わない不衛生な生活に俺の心は限界を迎えていた。


「おい! サボってねぇで仕事しろ!!」


「おっお願いします……せめて5分だけ……休憩を取らせてください。

食事も睡眠も満足に取らせてもらえていないんです!

こんな状態で長時間労働なんて続けていたら……あぐっ!!」


「甘ったれるな!! お前のような虫ケラが死んだ所で代わりはいくらでもいるんだよ!!

働く気がないなら、さっさと死んどけ!!

なんの結果も出せないゴミなんぞ、邪魔なだけだ!」


 なんでそんなことを言われないといけないんだ!!

俺はただ……少し休みたいって言ってるだけだろ?

それがそんなにいけないことなのかよ!!

代わりはいるなんて……人を人形みたいに言いやがって!!

なんの結果も出せないだと?

こんな過酷な環境で毎日必死に働いている俺になんでそんなことが言えるんだよ!!

上司を名乗るくらいなら、労働者のメンタルケアくらい考えろ!!

人の心がないのか!!


「オラッ!! さっさと死ぬか働くか決めろ!!


「あぐっ!!」


 その後……俺はゴリラの暴力に耐えきれず、自分の体にムチを打っては仕事を続けた。

逃げることも休むこともできない俺に待ち受けているのは2つ。

この地獄で死ぬまで働き続けるか……諦めて死ぬか……。

俺はこの日から、人の目も気にせず泣くようになっていた。

なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ?

俺は誠実に働く善良な社会人だっただろ?

そんな俺がどうしてこんな地獄に堕ちないといけないんだ?

1秒だっていたくないこの場で一生懸命に働いているのに……どうしてこんな仕打ちを受けないといけないんだ?

労働者をなんだと思ってるんだよ……仕事っていうのは上司だけで成り立っている訳じゃないだろ?

そんな当たり前なことがどうしてわからないんだよ!!



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 それから時は過ぎて行った……社長として社員達にあがめられていたかつての俺の姿はここにはない。

あるのは働くことしか許されない見すぼらしい働きアリだけだ。


「あっ!……」


 ある日……俺は掘り起こした土を運搬している途中、石に躓いて転んでしまった。

だが不思議と痛みは感じなかった。

それどころか、何とも言えない心地よさが全身を包み込んでいく。


「おい! 寝てないで働け!!」


 ゴリラ上司が俺に命令するが、俺は無視した。

久しく感じたことのない気持ち良さを今、味わっているんだ。

あんな血も涙もないパワハラ野郎の命令なんて聞くかよ!!

はぁぁぁ……ずっとこうしていたいな……。

もうこんな地獄で働きたくない……。

やっと解放されるんだ……。

俺は……自由になったんだ……。



※※※


「おい、こんな所でどうした?」


「あぁ……こいつ、いきなり倒れたと思ったら動かなくなりやがってな?

息もしてねぇみたいだ」


「ん? あぁ……これはダメだな、完璧に死んでる」


「チッ! 最後まで役に立たねぇゴミだったぜ」


「死体の処理は早めにしておけよ? 放っておいたら臭くてたまらねぇ……」


「んなことわかってるって……おいお前ら! これ片付けとけ!!」


『はっはい!!』


「ったく! 根性のねぇ野郎だったぜ」


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