第17話 西岡 豪④
真人のゲス野郎のせいで俺は何もかも失ってしまった。
この期に及んで寄り付いてくる香帆を切り捨てた俺は、栄子と復縁するために彼女の元へと向かった。
俺達は体も心も完璧に通じ合っていた。
栄子は俺のために生まれてきた女……この程度のことで俺達の絆がどうにかなるわけがない。
「帰って! もう2度と顔を見せないでって言ったでしょ!?」
栄子の家に趣き、彼女が俺に発した最初の言葉がこれだった。
婚約破棄を俺に言い渡した際に見せていた彼女の顔は涙ぐんでいた。
そんな悲し気な顔が今は、親の仇を目の前にしたかのような怒りに満ちている。
「話を聞いてくれ栄子! 全部誤解なんだ。 俺はお前だけを愛してる!
他の女なんかマジでどうでもいいんだ!」
「じゃあどうして浮気したの!? どうして托卵なんてしたの!?
私の事を愛してくれているのなら、そんなことできる訳がないでしょ!?」
「浮気なんかしてないよ! 香帆とはガチで遊びなんだ。
あいつを愛したことなんか1度だってない!
俺にはお前だけ!
托卵だってほら……賞金が手に入ったら俺達の結婚資金にしようと思って……」
パチンッ!!
俺は栄子に平手打ちを喰らった。
痛かった……これまで寝取ってきた女の中には俺に反抗して殴ってきた奴もいた。
それも痛かったが、栄子に叩かれた痛みはそれ以上に痛かった。
まるで心臓をナイフで刺されたような痛みだ。
「栄子?……」
「2度と私の前に現れないで……」
恨み言のような声音でそう言い残すと、栄子はドアを力強く閉めてしまった。
「えっ栄子! ここを開けてくれ! 栄子!」
何度もドアを開けてくれるように頼んだが、栄子はドアを開けてくれなかった。
栄子が呼んだ警察が来るまで俺は何度も彼女の名前を呼んだが……彼女は顔を見せてくれなかった。
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警察から接近禁止を言い渡された……栄子に対して会うのはもちろん、連絡すらしてはいけないとまで言われた。
栄子がこれ以上俺と関わりたくないと言い張っていると聞かされたが、そんなのは嘘に決まってる!
多分、栄子の親が俺と栄子の仲を引き裂こうとしているんだろう……金持ちじゃない俺はもう不要って意味か?
地位も金もないくたばりぞこない共がふざけたことしやがって……。
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接近禁止を言い渡された後も俺は栄子に会いに行った。
家にはうざい親がいるし、彼女が勤務している病院には俺を不幸のどん底に陥れた悪魔……真人がいる。
だから俺は彼女が帰るのを待ち伏せ、邪魔な奴らがいないタイミングで彼女との復縁を申し込むことにした。
「栄子! 俺とやり直そう!!」
「もういい加減にして!!」
だが何度会っても栄子は俺を受け入れてくれず、彼女が呼んだ警察に連行された。
どうしてそんなに俺を拒むんだよ栄子……俺がこんなに愛しているのに……なんでだよ!!
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接近禁止を無視し続けた俺はついに刑務所に放り込まれた。
散々警察の警告を無視したため、執行猶予はないらしい。
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「なんでテメェがここにいるんだ?」
刑務所に放り込まれてからしばらく経ったある日、栄子が面会に来てくれた。
だが栄子の隣にはあの忌々しい真人の野郎がいやがった。
「牧村さんに頼まれたんだ。 お前と決着をつけたいからついて来てほしいって……」
決着? 何、訳のわかんねぇことほざいてやがる?
まあ真人なんぞどうでもいい。
こいつは無視して、栄子ともう1度話を……。
「私はここにいる釘崎真人さんとお付き合いしています。 だからあなたとは復縁できません」
「……は?」
理解が追い付かず、俺は呆気に取られた。
付き合う? 栄子と真人が?
「栄子お前……何を言ってるんだ?」
「言っただろ? 俺と牧村さんは真剣に付き合っているんだ。
これ以上彼女に付きまとうのはやめてほしい」
「じょっ冗談だよな? 栄子……この野郎に脅されてるんだろ?」
「お願い……もうこれ以上過去に縛られたくないの。
私は前を向いて歩きたい。
だから……邪魔しないで!」
は?……栄子は何を言ってるんだ?
栄子は俺の女だろ?
なんでそこに真人の野郎が出てくるんだよ……意味わかんねぇよ……これ、なんのドッキリだ?
だが、栄子と真人の目は真剣そのもので、偽りなんてないのが伝わってくる。
だからこそ、俺の中に激しい怒りと殺意が沸き上がってきた!
「ふざけんなっ!!」
俺は腰を下ろしていた椅子から勢いよく立ち上がり、
真人に詰め寄る。
目の前にガラスなんぞなかったら、この場でこのクズ野郎をなぶり殺しにしているところだ!
「お前が栄子と付き合う? 身の程をわきまえろ!!
栄子はお前みたいなゴミと釣り合うような女じゃないんだよ!!」
「ゴミ?」
「人の女に手を付ける男なんて生きる価値もないゴミ以外にいないだろ!?
離婚したとはいえ……香帆と結婚していたくせにホイホイ別の女に乗り換えやがって……脳みそ腐ってんのか!?」
ほいほい女を乗り換える女ったらしの分際で……。
人の女を奪うとかマジ人間として終わってる!!
俺のようにまともな神経をしていたら、こんなことはできないはずだ!
地球の害悪ってのはこういうやつのことを言うんだ!!
刑務所にぶち込まれるべきなのは俺じゃなくて真人だろ!?
なんで俺が捕まってるんだよ!
無能な警察共が!!
「何が俺の女だ。
お前と牧村さんはもう赤の他人だろ?
だいたい俺が女を乗り換えるゴミならお前はなんなんだよ?
父親の権力を盾にして女をおもちゃにして……大勢の人を傷つけて……香帆を使って俺に托卵したお前はなんなんだ?」
「関係ねぇ!! 俺は栄子を心から愛しているんだ!! ごちゃごちゃ横からうるせぇんだよ!!」
そもそも俺と栄子が引き離されたのは全部真人のせいだろ!!
こいつがくだらねぇ暴露記事なんて書かせたりしなければ……こいつが栄子に余計なことを吹き込まかったら……こいつがドジって優を死なせなかったら……こんなことにはならなかったんだ!!
そうだ……なにかもこいつのせいじゃねぇか!
「愛しているならなんで大切にしてやらなかったんだよ!?
お前が牧村さんのことだけを大切にしていればこんなことにはならなかったんじゃないのか!?
人に逆恨みする暇があるなら、まず自分の行いを反省しろよ!!」
「黙れ……黙れぇぇぇ!!」
女を寝取るクソ野郎が偉そうに説教なんかするんじゃねぇよ!
それを捨て台詞に、真人と栄子は去っていった。
栄子……なんでそんなゲス野郎なんか選ぶんだよ……俺の方が男として勝ってるし、お前を強く想っているんだぜ?
なのになんでなんだよ……。
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俺が刑務所から出た頃には……真人が栄子と結婚しやがった。
俺の心はズタズタに引き裂かれ、例えようもない痛みが俺の胸をじわじわとにじみ出るように感じた。
俺や親父達を不幸のどん底に落とした、悪魔が俺の大切な栄子と結婚して幸せに暮らす?
そんなことはこの俺が許さねぇ!
あんなクズに人並みの幸せを手にする資格はねぇ!!
真人……お前だけはこの俺が絶対ぶっ殺してやる!
いや……ただ殺すだけじゃ、この怒りは収まらない!
あいつが俺に屈辱を与えたように……俺もあいつに屈辱を与えてやる!!
そして……栄子を取り戻す!!
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真人と栄子が結婚した年の冬……俺はようやく自由を得ることができた。
俺がやるべきことは2つ……真人に屈辱と死を与え、栄子を取り戻す。
だが警察の目があるため、俺は栄子に近づけない身だ。
再び近づけばまた捕まる。
そうなったら今度はいつ出られるかわからない。
だから”協力者”が必要だ。
親父という後ろ盾を失った俺にはもう金で人を使うことはできない。
俺と関わりのある連中はみんな俺から離れている。
だが……金がなくとも利用できるかもしれない人物がいる。
「香帆……」
香帆は俺を心から愛していた。
それも異常なほどにな……。
栄子を取り戻そうと躍起になってあいつを追い払ってしまったが、もう1度俺が復縁を持ちかければ俺の元に戻って来るかもしれない。
なにせ今の俺は孤独と不幸のどん底にいる。
愛する俺が助けを求めたら、あのバカ女のことだ……俺の復讐に利用できるかもしれない。
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香帆の居場所を見つけるのは簡単だった。
あいつは慰謝料で作った借金を返すために風俗店で働いている。
そのテクニックはかなりのもので、少し情報を集めただけで簡単に香帆のいる店が特定できたくらいだ。
まあそれは俺が仕込んだおかげだがな。
俺はさっそく、香帆の店に足を運んだ。
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「久しぶりだな……香帆」
「豪!?」
早朝……店の営業時間が終わった頃を見計らって俺は香帆を待っていた。
体を売ってかなり稼いでいる割にはあまり着飾っていないみたいだ。
「何の……用?」
少し警戒してるみたいだな。
まあ手ひどく振ったから無理もねぇ……だがどうも、心ここにあらずと言った感じで、生気がないように見える。
俺を一目見た瞬間、目の光が少し戻ったようだ。
ククク……やっぱりこの俺に未練があるみたいだ。
「香帆……あの時は悪かった。 俺、ようやく自分が本当に愛しているのが誰かわかったんだ!
俺が愛しているのは栄子じゃねぇ……香帆、お前なんだ!」
「豪はあたしのことなんて初めから愛してなかったんでしょ?
都合の良い女としか見てなかったんでしょ?
あの栄子って女をあれだけ必死に取り戻そうとしてあたしを口汚く罵ったくせに何を今更……」
チッ! 面倒な女だ。
この俺がわざわざ足を運んでやったんだから、素直に受け入れろやクソが!
「確かに栄子のことは愛していたさ……でもあいつは俺を捨てて真人の野郎と一緒になったんだ。
もう俺は栄子のことなんか愛していない。
それに……俺にはもう誰も寄り添ってくれない。
親父もお袋も……つるんでいたダチも……可愛がってやった女共も……もう俺にはお前しかいないんだ!」
いかにも悲劇の主人公じみたセリフを歌のように香帆へと投げかけ……同情を寄せる。
そうすることで、俺のことを愛していた気持ちと記憶を引き出す。
我ながら大した演技力だ。
「嘘……そんなこと言ってあたしを騙そうとしてるんでしょ!!
あたしはこれまで豪のためだと思って尽くしてきた!!
豪に愛されるためならなんだってした!!
だから真人と結婚して優も生んだんだよ!?
それなのにあなたは栄子を選んだ……それがどれだけつらかったかわかる!?
あたしにとって生きる全てだった豪に否定されたあたしの気持ちがわかる!?」
うぜぇうぜぇうぜぇ……マジでこの女うざすぎる!
つまらねぇ恋愛ドラマのヒロインみたいなセリフを自然と吐き捨てやがる……気持ち悪ぃ……。
だがこいつの神経を逆なでするようなことはできねぇ……。
「本当にすまなかった……」
俺は生まれて初めて人前で両手をついて頭を下げた。
俺にとって屈辱的なポーズだが、背に腹は代えられない。
少なからず周囲の人間の注目を集めてしまったが、今は無視だ!
「俺も栄子に捨てられて傷ついた……だからお前の気持ちも痛いほどわかる……だからこそ、俺には香帆しかいないって確信できるんだ!!
香帆だけが俺のことを理解してくれるって……心から愛せるって……」
「……本当にあたしのことを愛しているの?」
「もちろんだ!! 香帆が俺にとって最高の女だ!
香帆が許してくれるなら、今度こそ俺達結婚しよう!
でもその前に……俺にはやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと?」
「俺達をこんな目に合わせた真人と栄子に復讐するんだ。
あいつらは今、結婚して幸せに暮らしている。
俺達の人生をめちゃくちゃにしておいてだ!
そんな理不尽なこと許せないだろ?
あいつらも地獄を見るべきだって思うだろ?」
「……」
香帆はまだ迷っているが、心はかなり俺へと傾いている。
あともう一押しだな?
「頼む……香帆! 俺の元へ帰って来てくれ!
そしてあいつらに復讐しよう!」
地面に頭をこすりつけて必死に懇願する俺の姿に、香帆の心の何かが変わったみたいだ。
「……わかった。 豪のこと……もう1度信じる。
今度こそあたしと一緒になってくれるんだよね?」
「あぁ!! もちろんだ! 2人で幸せになろう!!」
俺はすぐさま立ち上がり、トドメと言わんばかりに香帆を力いっぱい抱きしめた。
「豪……」
これでジエンド。
香帆のとろけた顔が勝利の証だ。
俺は香帆の心を手中に収めることができたんだ。
惚れた方が負けとはよく言ったもんだな。
香帆という駒をもう1度手に入れることができた俺は、真人への復讐に動いた。
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