第15話 釘崎 真人④

 後日……俺は弁護士を雇い、西岡と香帆に慰謝料を請求する旨を伝えた。


「西岡さん。 あなたには慰謝料として500万を請求します」


「どうぞどうぞ……いくらでもお支払いしますよ?」


 西岡は余裕の笑みを浮かべて請求に応じた。

そのふてぶてしい態度に抑えていた怒りがまた湧き上がってしまった。


「なんだその態度は!? 自分が何をしたのかわかってるのか!?」


「わかってますよ。 だから慰謝料払うって言ってるでしょ?

それで万事解決じゃん? なんなら2,3人女を紹介しようか?

院長の息子って肩書きがあれば、結構上玉狙えるんじゃね?」


「お前は優の父親だろ!? 優が可哀そうだと思わないのか!?」


「そりゃあ……俺の子だからな? でも死んじまったもんはどうしようもないでしょ?」


 優の名前を出しても西岡は悪びれる様子も見せず、隣にいる香帆の肩に腕を回す。

その態度からは、”面倒事はさっさと済ませたい”という他人事のようないい加減さがにじみ出ている。

香帆も乙女のように顔を赤らめて、西岡に身をゆだねる。

俺が見たこともない安堵した表情がそこにあった。

本当にこの女は西岡のことだけを愛しているんだな。

まあ……今更どうでもいい話だ。


「優をゲームの駒にしておいて……その言いぐさはなんだ!?」


「ゲーム? なんのことだ?」


「お前は俺に優を托卵させて、お金をもらっていたんだろ!?」


「しょっ証拠でもあるのか!?」


「それは……」


 証拠自体はあった。

探偵がボイスレコーダーに録音した西岡と仲間達の例の会話だ。

酒の酔いが回ったことと、聞き耳を立てている人間等いないという慢心から……西岡達が気が緩んでゲームの内容だけでなく、托卵した家庭のこともベラベラしゃべっていた。

これは間違いなく決定的な証拠となる。

だがそれは……探偵がバーでとっさに録音したものだ。

正しい順序を踏まずに入手した証拠をこの場で提出することはできない。

それどころか、盗聴の罪でこちらが不利になる可能性もある。


「証拠もないのに、妙な言いがかりつけんじゃねぇよ!」


 ゲームのことを口にした途端、顔を青ざめていた西岡だったが……証拠がないと思った瞬間態度を

翻し、再び嫌味な笑みで俺を見下す。

コロコロと忙しい奴だ。


「……」


「何黙ってんの? つまらねぇ言いがかり付けてきたんだがら、謝罪くらいするのが人としての礼儀だろ?」


 人に托卵までしておいて、謝罪1つ述べていない奴が何か言ってるが……もうどうでもいい。

ほんの1時間話し合っただけだが、こいつの人となりはよくわかった。

こいつは自分がどれほどひどいことをしたのか理解していない。

他人の痛みを理解することができない……いや、理解しようともしない。

自分の子供の命を尊いとすら思っていない。

この男は親になってはいけない人間だ!

こいつは情けを掛けるに値しない!


「……よかった」


「は?」


「あんたがそう言う人で本当によかった……」


「何いってんの?」


 こんなのでも西岡は優の父親だ。

許しがたい男だが……優の笑顔が脳裏に浮かぶたびに、西岡を追い詰めることに罪悪感を抱いていた。

だが今は……罪悪感を抱いていて自分が愚かしいとさえ思う。


「もしもし……ええ。 お願いします」


 俺はスマホを取り出し、ある人物にゴーサインを出した。

もうこれで後戻りできない。


「おっおい! 誰に連絡してんだよ!!」


「……俺の知り合いにちょっと名の知れた記者がいてな?

そいつにちょっとした暴露記事をネットに流してもらうように頼んだ」


「暴露記事だと?」


 俺はここで探偵から借りたボイスレコーダーを取り出し、例の会話内容を流した。

知り合いにはこのデータのコピーを渡している。

本とは違い、ネットなら音声であってもそのまま流すことができる。


「探偵が偶然録音したものだから証拠品にはならないけど、お前達が何をしたのか証明する効果はある」


「……」


 会話内容を流し終えた後の2人は顔面蒼白。

西岡に限っては呼吸も乱れて冷や汗もダラダラ流れて、動揺を隠しきれなくなっている。


「記事にはお前達の名前と一緒にこの音声も載せている。

これを見聞きした世間の人達がなんて思うかな?」


「おっお前……こんなことしてタダで済むと思ってんのか?

こいつは立派な盗聴だろ!? 訴えてやるからな!!」


「好きにしろ……」


 内容がどうであれ、盗聴した内容をネットで流せば俺も知り合いもタダでは済まないだろう。

そのことは俺の隣にいる弁護士に散々忠告されたよ。

だけど……失うものがない俺は覚悟なんてとっくにできている。

知り合いも”こんなクズ共許せるかよ!”と社会的なペナルティを恐れず、俺に協力してくれた。

彼には感謝してもしきれないよ。


「お前が心から謝罪してくれていたら、慰謝料だけで済ませる気だったよ……だけどお前が血も涙もない人間の屑だと知れた……もう容赦しない」


「ふっふざけるな!!」


 俺は騒ぐ西岡を無視して再びスマホで連絡を入れる。

相手は記者の彼ではなく、隣の部屋で待機してもらっている”ある人物”。


「どうぞ、入ってきてください」


 俺が入室を許可すると、すぐに部屋のドアが開いた。


「!!!」


 部屋に入ってきたのは顔立ちが整った美しい女性とその両親。

3人を見た瞬間、西岡が目を見開いて硬直した。


「豪? どうかしたの?」


 まるで死人のような顔で固まっている西岡に香帆が声を掛けるが、反応はなかった。

まあ無理もない。


「あっあんた達誰!?」


 香帆が3人の紹介を求めると、女性が前に出て頭を下げる。


「初めまして……私は牧村 栄子(まきむら えいこ)と言います。

そこにいる西岡豪の”婚約者”です」


「……は?」


 香帆は牧村さんの言葉が理解できず、ポカンとした顔で西岡の顔に視線を移した。

どうやら牧村さんの存在を知らなかったみたいだ。


「豪……婚約者ってどういうこと?」


「……」


 西岡は混乱しているのか言い訳が思いつかないのか、押し黙ってしまっている。


「言葉通りです……私は豪と3ヶ月後に結婚する予定でした。

すでに式場の手配や参列者達の紹介も終わっています」


 俺が牧村さんの存在を知ることができたのは、もちろん探偵のおかげだ。

香帆は知らなかったようだが、西岡は俺と香帆が結婚した頃から牧村さんと婚約していたらしい。

2人は合コンで知り合ったらしく、西岡の方から積極的にアプローチしたらしい。

俺は事前に彼女とコンタクトを取り、西岡のことを話した。

彼女は最初こそ信じなかったけど、俺が集めた証拠を見せたら大泣きしてしまった。

婚約するほど信頼していた相手に裏切られたんだ……無理もない。


 牧村さんの家は……言っちゃなんだがごく一般的な家だ。

結婚した所で西岡にメリットがあるとは考えづらい。

牧村さんは未婚者で西岡以外に男はいないから寝取り目的でもない。

多分だけど……西岡は牧村さんに本気なんだと思う。

そうでないと、女にだらしない金持ち男が身分の低い女性と婚約なんてしないだろ?


※※※


「私は豪との婚約を破棄します。 もちろん、慰謝料も請求します」


「まっ待ってくれ!栄子! 考え直してくれ!」


 牧村さんも加わって話が再開された。

彼女が西岡に望むのは慰謝料と婚約破棄。

それを伝えた途端、西岡は牧村さん足にしがみつき、必死の形相で再考を懇願し始めた。

慰謝料を請求しようとも余裕の笑みで俺をバカにしていた男の姿とは思えないな。


「豪? ちゃんと説明し……」


「栄子頼む! 俺には栄子しかいないんだ!

栄子がいないと俺は生きていけない!

栄子さえいれば他に何もいらないんだ!」


「……」


 香帆は西岡に説明を求めるも、西岡は無視して牧村さんに懇願するだけ……。

見るからにプライドの高い男が人目も気にせず涙ながらに懇願している姿を見れば、香帆にだってわかるはずだ。

西岡が心から愛しているのは香帆ではなく牧村さんだってことくらい。

でもきっと……香帆はそんなことは認めないだろう。

認めてしまえば、彼女に残るものは何もないんだから。


「いい加減にして! 私を裏切って何人もの女性と関係を持ったあげく、托卵までして……もうあなたのことは信用できないわ!」


「許してくれ栄子! 俺を信じてくれぇぇぇ!!」


 もうプライドも恥じらいもない。

まるで駄々をこねる子供のように許しを請う西岡に、憐れみすら感じる。

……でも結局、栄子さんがそれを受け入れることはなかった。

話についていけなかった香帆はカカシのようにその場で立ち尽くし、

以降はまともに会話ができなくなった。

香帆の両親にも不倫ほう助で慰謝料を請求したが、その後のことはよく知らない。

お金ほしさに協力したとか言っていたから、貧乏生活は免れないだろう。


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 話し合いの結果……香帆と西岡に慰謝料を請求することができた。

とはいっても……西岡はゲームで稼いだ金で慰謝料を一括払ったようなので大したダメージにはならないだろう。

だけど……牧村さんに婚約破棄されたことで、精神的なダメージは相当なものなようだ。

あの後もしつこく牧村さんに復縁を求めてきたようだけど、彼女はそれを拒否し続けた。

彼女は最終的に警察の力を借りて、西岡に接近禁止を言い渡したようだ。


 でも話はそれだけじゃない……。

知人がネットに上げた例の托卵ゲームの記事が世間の目に触れたことで、

ゲームに関わっていたプレイヤー達に非難が集中した。

彼らに托卵された旦那たちはもちろん、彼らと自分の妻に慰謝料を請求した。

ゲームの参加者はどいつもこいつも金持ちのお坊ちゃんだ……慰謝料は親が肩代わりしたのでどうということはないだろう。

だがそれで彼らに許しを与えるのは法律だけだ。

世間の人間はその程度のことで彼らの非道を許すほど甘くはない。


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『こいつら人間やめてる! 即死刑にすべき!!』


『地球の害悪!! 不倫野郎共も元嫁共も何をしに生まれてきた訳?』


『こんなクズを生んだ親も同罪! 子供と一緒に死んで罪を償え!!』


 暴露記事が流れてからわずか数日後……ゲーム参加者達や不倫妻達に対しての暴言がネット上で湯水のように溢れていた。

どんな手品を使ったのかはわからないが、あいつらの名前や顔写真……住所や電話番号……SNSアカウントや家族構成といった個人情報までもが公開されていた。

だが……世間の制裁はネット上だけに留まらないようだ……。

公開された情報を元に……嫌がらせの電話や暴言メッセージが彼らのスマホを常に震わせ、盗撮写真や動画なんかもネット上で上げられていた。


 結果……ゲーム参加者達は悲惨な末路を辿ることになった。

ある者は親に勘当されて路頭に迷い……ある者は違法薬物等の犯罪が明るみになって塀の中へ……ある物は世間の攻撃に耐えかねて自ら命を絶った……。

不倫妻達に関しては、そのほとんどが親に勘当された上に仕事も失ったようだ。

まあネットであれだけ騒がれたんだから、今後まともな生活を送るのは難しいだろうな。


 ネットの連中がやったことは犯罪行為であると思うが……不特定多数の人間が存在するネット世界で、その人達を特定することは警察であろうと不可能だろう。

無論、発端となった俺と知人は警察からそれなりのペナルティを喰らった。

結果的に彼らを制裁することができた。

気分的にはスカッとしているが、直接関係のない彼らの家族にまで被害が出ているから大手を振って喜ぶことはできない。

むしろ、申し訳ない気持ちの方が強い。

これでも結構なボリュームだが、話はさらに続く……。


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 結末だけ言うと西岡の父、西岡拓郎の会社が倒産した。

その原因は3つある。

1つは彼が托卵させた女。

驚くことに拓郎は当時17歳の少女に手を出し、妊娠させたのだ。

臆測だが、経験豊富な男の魅力と財力に惹かれて浮気したってところかな?

少女は幼馴染みの男子高校生の交際していたらしく、

子供を彼の子だと偽ったらしい。

その彼は周囲から非難されるも、責任を取る形で高校を退学

し……少女と結婚した。

ただでさえ就職が困難な時代だっていうのに……彼は懸命に働いて妻と子供を支えた。

責任を取る形とは言ったが……彼なりに妻と子供を愛していたんだと思う。

でないと……自分の将来を捨ててまで2人を守ろうなんて思わないだろ?

だけど……そんな彼に待ち受けていたのが、妻の裏切りと托卵という惨たらしい事実だった。

当然2人は離婚。

夫は裏切られたショックから鬱を患って自殺……妻は慰謝料を手切れ金として両親から勘当され、孤独な貧しい生活を送っていると聞いた。

子供は妻の両親が引き取ったらしい。

時が流れたとはいえ、未成年に手を出して妊娠させた挙句……1人の人間を死に追いやったんだ。

それなりの処分は免れないだろうが、社長の地位が脅かされるまでには至らないと思う。


2つ目は拓郎の妻……つまりは西岡の母親が暴力団関係の男と関係を持っていたことが明るみになったこと。

なんでも托卵ゲーム参加者の1人が、安全地帯にいる拓郎を逆恨みして告発したのがその発端らしい。

本当か嘘かはわからないが、拓郎自身はその男と面識はないと言い張っている。

でもいつの時代も暴力団と関わりと持つ者達は世間から鼻つまみ扱いされる。

ただでさえ托卵で非難が集中している男に暴力団の影がちらついていれば、真偽関係なく世間がざわめくのは必至と言えるのかもしれない。

それからいろんな推論が飛び交い……拓郎は世間から完全に暴力団関係者として見られるようになってしまった。

不倫に関しては被害者であるが、同情することはできない。


そして3つ目……拓郎の会社の社員達が一斉に彼をパワハラで訴えたこと。

拓郎はビジネスマンとしては完璧であるらしい……だがその人間性はお世辞にもう良いとは言えなかったようだ。

まあ托卵するような人間だから理解はできる。

仕事を効率よく完璧にできない社員に対して、人権を侵害する暴言を吐き……日常的にパワハラを繰り返していたようだ。

それに耐えかねて退職されたとしても……拓郎の会社には優秀な人材が常に集まるから会社へのダメージはない。

だがパワハラ被害者が受けた心の傷は想像を絶するほど深い。

心が壊れてしまった人もいれば、楽になりたい一心で死を選んでしまった人もいる。

客観的な立場から言えば、”そんな奴さっさと訴えろよ”と思うかもしれない。

だけど……正当な理由があったとしても、権力者に立ち向かうというのは相当な勇気がいる。

上手くいったとしても……逆恨みでどんな報復が来るのかわからない。

それは自分だけでなく、家族にまで危害が及ぶ可能性だってあるんだ……訴える勇気を持てずにいた彼らを責めることなんて……少なくても俺にはできない。

でも今……拓郎は托卵と暴力団の件で社会的立場がかなり揺らいでいるため、力が弱まっている。

この好機を逃すまいと彼らは集団訴訟を決意したのだ。


 これら3つの原因によって……拓郎は社長を解雇され、築きあげてきた名誉も財力も全て失い、残ったのは慰謝料云々で作った莫大な借金だけ。

あまりの額と返済能力のなさにほとんどの金融業者から相手にしてもらえなかったようで、拓郎は闇金に手を出してしまったようだ。

ビジネスマンとしての能力があったとしても、社会的立場と周りからの信頼を失った今の拓郎に再起を図ることはまず不可能だ。

最終的に拓郎は闇金業者達によってどこかへ連れて行かれて消息不明。

妻の方は拓郎と離婚してからまもなく癌を発症し、費用の関係で満足な治療が受けられず……しばらくして息を引き取ったようだ。


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 そして西岡豪は……今回の騒動で友人や関係を持っていた女性達とは縁を切られたようだ。

彼の素行に幻滅したのか……何もかも失った彼を無価値だと判断したのか……理由はよくわからない。

香帆は俺に請求された慰謝料を返済するために、泡の仕事を始めたと風の噂で聞いた。

西岡と未だに関係を持っているのかは知らない。

西岡が牧村さんのことだけを愛していると理解していれば……もう関わろうとはしないんじゃないか?


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「栄子頼む! 俺とやり直してくれ!!」


 全てを失ってもなお、西岡は牧村さんの再構築を諦めなかった。

あの騒動から数ヶ月経った今もなお、西岡は接近禁止を無視して牧村さんに復縁を求め続けていた。

そのたびに違約金を支払うことになっても、西岡の心は折れることはなかった。

そうなったらもう……塀の中に押し込まれるのは必然。

西岡は失うどころか、前科までつくことになった。

そして……外に出たらまた牧村さんを付け狙うのは火をみるよりも明らかだ。


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「なんでテメェがここにいるんだ?」


 面会室にて俺は再び西岡と顔を合わせた。

最後に見たのは慰謝料を請求したあの時だったが、今目の前にいる西岡は別人のようにやつれていた。

だがそれでもなお、俺に殺意のこもった目を向けてくる。


「牧村さんに頼まれたんだ。 お前と決着をつけたいからついて来てほしいって……」


 俺は隣に座る牧村さんに目を向けた。

牧村さんは1度頷き、ガラスの向こうにいる西岡にはっきりとした口調で告げた。


「私はここにいる釘崎真人さんとお付き合いしています。 だからあなたとは復縁できません」


「……は?」


 牧村さんの言葉が理解できなかったのか、牧村さんの存在を知った時の香帆のような顔で西岡は目を丸くした。

実はあの騒動の後……牧村さんは父の病院に看護婦として入ってきたんだ。

彼女は初日から患者さん達を献身的に支え、仕事仲間達とは積極的に交流を深めていった。

次第に牧村さんは太陽のような存在となり、病院内のムードメーカーとなった。

最初は同僚として接していた俺だったが……彼女の人となりを知るうちにどんどん惹かれて行った。

お互いにパートナーに裏切られた者同士……傷をなめ合うような形だったけど……俺達は2人で会う頻度は多くなり、俺は牧村さんに想いを寄せていることに気付いた。

勢いに任せて気持ちを伝えると、牧村さんも同じ気持ちと打ち明けてくれた。

そして俺達は恋人同士となった。


「栄子お前……何を言ってるんだ?」


「言っただろ? 俺と牧村さんは真剣に付き合っているんだ。

これ以上彼女に付きまとうのはやめてほしい」


「じょっ冗談だよな? 栄子……この野郎に脅されてるんだろ?」


「お願い……もうこれ以上過去に縛られたくないの。

私は前を向いて歩きたい。

だから……邪魔しないで!」


 牧村さんの悲痛な願いを西岡が聞き入れることを願ったが……。


「ふざけんな!!」


 西岡は椅子から立ちあがって、ガラス越しに俺を責め始めた。


「お前が栄子と付き合う? 身の程をわきまえろ!!

栄子はお前みたいなゴミと釣り合うような女じゃないんだよ!!」


「ゴミ?」


「人の女に手を付ける男なんて生きる価値もないゴミ以外にいないだろ!?

離婚したとはいえ……香帆と結婚していたくせにホイホイ別の女に乗り換えやがって……

脳みそ腐ってんのか!?」


 一体どの口がそんな言葉を吐くんだ?

こいつは自分を客観的に見れないのか?

呆れつつも、俺は言葉を返すことにする。


「何が俺の女だ。

お前と牧村さんはもう赤の他人だろ?

だいたい俺が女を乗り換えるゴミならお前はなんなんだよ?

父親の権力を盾にして女をおもちゃにして……大勢の人を傷つけて……香帆を使って俺に托卵したお前はなんなんだ?」


「関係ねぇ!! 俺は栄子を心から愛しているんだ!! ごちゃごちゃ横からうるせぇんだよ!!」


「愛しているならなんで大切にしてやらなかったんだよ!?

お前が牧村さんのことだけを大切にしていればこんなことにはならなかったんじゃないのか!?

人に逆恨みする暇があるなら、まず自分の行いを反省しろよ!!」


「黙れ……黙れぇぇぇ!!」


 面会室に西岡の哀れな叫びが響き渡った。


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 あの後、看守が暴れる西岡を引っ張って行った。

俺達は結局、西岡を改心させることはできなかったみたいだ。

でももうこれ以上俺達があいつと関わることはないはずだ。


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 それから俺は牧村さんと順調に交際を続け……3年後に再婚した。

あの時の傷が癒えた訳じゃないから、結婚に対して互いに不安なことはある。

でも俺達はこれから夫婦としてそれを乗り越えていこうと思う。


 琴美……優……どうか天国で、俺達の再スタートを見守っていてくれ。

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