第4話 佐山 琴美①

私の名前は佐山琴美(さやま ことみ)。

子役からデビューしたまだまだ未熟な新米女優。

女優を目指したきっかけは幼少期に両親と見に行った映画のヒロインである女優に魅了されたこと。

それからすぐ私は、両親に無理を言って小さなコマーシャルのオーディションに応募し合格した。

そこから子役として徐々に力を付けていき、女優として力を付けて行った。

高校2年の頃には、全国美少女コンテストで優勝し、自分の容姿に自信が持てるようになった。

学校での成績もキープし、プライベートでも人間関係は良好だった。

そんな私には、私のことをそばで応援してくれる最高の家族がいる。


「琴美、お金のことは気にしなくていいから、あなたはレッスンに集中しなさい」


「琴美、仕事ばかりじゃ息が詰まるだろ? 

たまには家族とちょっと遠出しないか?」


 売れない頃に通っていたレッスンに掛かる費用を惜しげもなく出し、メンタルでも私をサポートしてくれた。

両親には返し切れないほどの恩を感じている。

その恩を少しでも返そうと、出演料等で得たお金はほとんど両親に仕送りとして渡している。

それがえらいことだとは思っていない。

少しでも両親に楽をさせたいと思うのは、子供として当然のこと。


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 女優として名前が売れてきた頃、私は病院の跡取り息子である真人と婚約した。

真人とは幼馴染で、子供の頃から兄弟のように仲が良かった。


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 そんな真人を意識するようになったのは、小学6年の臨海学校……。

私は子供の頃カナヅチで泳ぐことができず、浮き輪を使って海を満喫していた。


「……あれ? 浮き輪が……」


 海をのんびり漂流していた私は、ふと浮き輪の空気が抜けてきていることに気が付いた。

家から持ってきたお気に入りの浮き輪だったんだけど、古くなってどこからか空気が抜けてしまったみたい。

いつの間にかかなり沖へと流されていて、みんなのいる岸がかなり遠くなっていた。


「もっもどらなきゃ!」


 私は急いで岸に戻ろうとするが、波が強くて沖に戻されてしまう。

必死に足をばたつかせるも、子供の力なんてたかが知れている。


「誰か! 助けて!」


 私は大声を出して助けを求めたけど、距離があるからみんなには聞こえない。

その間にもどんどん空気が抜けていき、浮き輪はただのビニールへと化してしまった。


「たすっ!……助けっ!……」


 浮き輪という命綱を失った私にもはやなす術はなかった。

どうにか浮き上がろうとするも、体は反して海中に沈んでいく。

私は海水を体内に取り込んでしまい、意識を失った。


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「……うっ!」


「琴美! 大丈夫か!?」


 意識を取り戻した私が最初に見たのは、心配そうに顔を覗き込んでいる真人だった。

私はビーチパラソルの下で横になっていた。


「真人……」


「よかった……今、先生が救急車を呼んでるから、安静にしていろ!」


「……うん。 真人が助けてくれたの?」


「泳いでいたらたまたま琴美を見つけたから、ここまで運んだだけだよ」


「そうなんだ……ありがとう」


「うん……それと……ごめん。 琴美の意識がなかったから、父さんのマネをして人工呼吸をしたんだけど……その……なんというか……」


 気まずそうに言葉を詰まらせる真人だけど、言いたいことはわかっていた。


「そんな……謝らないで。 真人が助けてくれなかったら私、死んでいたかもしれないんだから……」


 少し照れてしまったけど真人に対してファーストキスを奪われたなんて思ってもいない。

命を助けてもらった恩人にそんなことを思うはずもない。

この時、私の中で真人に対する想いが小さく生まれた。


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 小学校を卒業後、私と真人は別々の中学に進んだ。

それでも交流はあったけど、真人が女優としての私に気を使って、友達というラインを超えることはなかった。

女優になってから言い寄る男が後を絶たなかったけど、私の中では真人以外の男はあり得なかった。

真人は見た目はパッとしないってよく友達にいじられていたみたいだけど、私には他のどんな男よりも輝いて見えた。


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「琴美……ずっと前からお前のことが好きだったんだ。 もしよかったら、俺と結婚を前提に付き合ってくれないか?」


「……嬉しい。 私も真人以外の男なんて考えられない! どうかよろしくお願いします!」


「いや……こっちこそ!」


 高校を卒業してから1年後、私は真人から食事に誘われ、その席で彼の実質的なプロポーズを受けた。

ずっと想いを寄せていた真人と両想いだったなんて、私の人生においてこれ以上の喜びはないわ!


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 それからまもなく彼との婚約を発表した。

世間からはいろんな反応があったけど、そのほとんどが私達を祝福してくれる声ばかりだった。

中には真人の将来を狙っての結婚とかふざけたことを言う連中もいるけど、私はそんな肩書きはどうでもいい。

真人の家が貧しくても、結婚が影響して女優としての顔が売れなくなったとしても、この婚約に後悔は一切ない。


「真人君なら、俺も安心して琴美を任せられるよ!」


「良かったわね! 琴美。 幸せになりなさい!」


「2人共、ありがとう!」


 両親も結婚には賛同してくれていた。

子供の頃からの夢を叶え、最も愛する男性と結ばれた。

私は世界で一番の幸せ者よ!


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 そんな恵まれた私だけど、1つだけ汚点と言っても良い存在がいる。

それは妹の香帆。

私は妹の名前を呼ぶことに不快感があるので、友人や真人の前以外ではカスと呼んでいる。

あいつは昔から大した努力もせず、親のすねをかじる典型的な寄生虫。

小学生の頃から子役デビューして親孝行していた私だけど、妹は勉学に勤しむばかりでそれ以上のことを何もしようとしない。

学生が勉学に勤しむなんて当たり前のこと……妹はそれすらできていない。

かといって、成績が特別良い訳でもない。

交友関係もないに等しいし、容姿も平凡。

本当に血がつながっているのか疑いたくなるレベル。

そんな我が家の駄作と言っても良い妹に、心の広い両親もあきれ果て、家の中ではいない者同然となっている。

父はあいさつを交わすことすらせず、母は妹関連の家事を一切しなくなった。

これも当然の結果だけどね。


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 「お母さんお願い……何か菓子パン以外のものが食べたいの……」


 そんな私達の気持ちを察することもせず、妹は母にこんな卑しいことを願い出る。

自分が親孝行しなかった報いだというのに、厚顔無恥も良い所ね。

そもそもこの時は小学6年生だったんだから、食事くらい自分で用意できるはずでしょ?

そんな簡単な努力もせず他力本願な姿勢は何度見ても怒りが湧いてくる。


「生意気なことを言うんじゃないよ! 気に入らないならいつでもこの家を出て行っていいんだよ!?」


「……」


 母は当然断っていたけど……それ以降もたびたび母に懇願してたみたいだけど、しばらくしたら諦めたみたい。

でもたまに妹が両親を反抗的な目で見ていたことに私は気付いていた。

自分のことを棚に置いて逆恨みする妹に、私は心の底から憎たらしく思った。


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「おいカス! 私より先に湯舟に浸かるとか、何様?」


 私が中学生になったばかりの休日、私が帰宅すると妹が湯舟に浸かっていた。

家でグータラしてるだけの妹がレッスンで疲れ切った私より先にお風呂に入ることが許せなかった。


「やっやめて!」


「うるさい! ニート同然のカスのくせにふざけたことするな!」


 わたしは妹を湯舟から引っ張り出し、脱衣所に叩きつけた。

このことを両親に伝えると2人は激怒し、以降妹が湯舟に浸かるのを禁じ、シャワーだけで済ませるように命じた。

もちろんこれを破れば速攻で家から叩き出す。

家族のことを最優先に考えないカスにはお似合いの末路だわ。


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 そんな忌々しい妹が家から姿を消したのは高校3年の春……。

友人から聞いた話によると、同級生の西岡豪の家に入り浸っているみたい。

思えば妹が高校生になった辺りから、あいつを家で見かけることがなくなっていったわね。

学校では稀に顔を合わせることはあったけど……。


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「なっ何をしてるの!!」


 学校の図書室で参考資料を探していた私が見たのは、本棚の影に隠れて男子学生と濃厚なキスをしていた妹。

しかも男子は妹の服に手を入れて胸を揉み、妹はズボンの上から男子の股間をまさぐっていた。


「あなた達……図書室で何をしているの! けっ汚らわしい!」


「チッ! うっざ……」


 妹は舌打ちをして私を睨み、男子学生は気まずそうな顔でその場を後にしてしまった。


「あんた……学校で何をしているの?」


「軽くあいさつしただけよ」


「あいさつ? あれのどこがあいさつなのよ!」


「うるさいな……図書室では静かにしろって言われなかった?」


「何を言ってるの!? あんた、自分がしたことわかってる!?

恋人同士だからってあんな……」


「恋人? あいつはそんなんじゃないけど?」


「……は?」


「あいつはただの同級生……ちょっとヤラせてとか言ってきたから相手しただけ」


「あんた……何をいってるの?」


「まああんたみたいに男を知らずに育ったマヌケ女には一生わからないでしょうけどね……」


「はぁ!? あんた誰に口を効いて……」


「はいはい私が悪かったわよ……ホントウザッ!」


「待ちなさい! 話はまだ……」


 私の言葉を遮り、妹はその場を去って行った。

追いかけようとも思ったけど、先生から大声を出さないように注意を受けてしまい、断念した。


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 私に罵声を浴びせ、こんな屈辱まで味合わせた妹に私は怒りを露わにし、両親にも告げ口した。

2人ともあいつを追い出すと躍起になって妹の私物を捨てようとあいつの部屋に入ったけど……。


「なっ何だ? この部屋」


 妹の部屋は元々置いてあった家具以外は何もない殺風景な部屋へと変わっていた。

クローゼットには服や下着が一切なく、机の上には埃が被っているだけで何もなく、引き出しにはゴミしか入っていない。

ベッドもほとんど使われていないみたいで、この部屋に人が住んでいるとは思えないほど、物がなかった。


「気味が悪いわね……」


「もしかしたら家出したんじゃないのか?」


「そうかしらね? まあ追い出す手間が省けるからありがたいけど……」


 両親は不気味に思い、妹の家具を捨てた。

妹はそれ以降家には帰らず、たまに学校で見かける他人同然の存在となった。

噂だと、妹が複数の男子と関係を持って、男の家に転がり込んでいるらしい。

しかもそのほとんどが、交際女性のいる奴らばかり。

救いようのないカスな女だけど、大事な彼女を裏切る男子達も同罪ね。

両親もそんな妹が出て行ったことに心を痛めることもなく、むしろ喜んでいた。

私も正直、あんな妹と同じ屋根の下で暮らさなくても良いと思うと心が弾む。



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 それから時が経ち……私と真人は婚約を発表した。

友人からは祝福の声が鳴りやまず、両親も嬉しさのあまり涙を浮かべていた。

そして、真人が私の両親と顔合わせをするために、実家へと足を運んでくれた。

両親も真人のことは子供の頃から知っているから、今更って思うかもしれないけど、真人は私の伴侶として来てくれたの。

……だけどそんな私達の幸せに、あの女が土足で踏み入ってきた。


「やっほー! お姉ちゃん、久しぶり!」


 家を出たはずの妹が実家に戻ってきた。

あいつは私と真人を祝福したいから戻ってきたとか言っていたけど、それが本心かどうかはどうでもいい。

あんなカスに祝福してほしくなんてない!

でも人の良い真人が妹を受け入れてしまい、私はしぶしぶ口を閉ざした。


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「あの女……せっかくの顔合わせを台無しにして……後で後悔させてやる!」


 お風呂場で体を洗い流しても、この怒りは流せなかった。

私はむしゃくしゃした気持ちのまま自室に戻り、いつも飲んでいる薬を服用した。


※※※


「なっ何? 体が……熱い……」


 自室に戻ってからしばらくして、体が熱くなるのを感じた。

それと同時に、下腹部をさすりたい欲求が心にあふれ、無意識にさすってしまった。

性経験のない私でも、自分が何をしているのかは理解している。

何度もやめようとしたけど、体が言う事を聞かない。

何度さすっても、興奮が収まる気配はない。


「こっこんな姿……もし真人に見られたら……」


 真人にこんな下劣な行為を見せることはできない。

でも自室だと、真人が訪ねてくる可能性がある。

こんな状態だとまともな応対はできないし、無理をすれば体調不良だと思われて付き添うと言い出すかもしれない。

……真人は婚約者だ。

この興奮を抑える”手伝い”を頼むことができる。

でもこんな下世話なことで初めての華々しい瞬間を無駄にはしたくない。

人の良い真人なら力になってくれると思うけど、それでも私自身がそんなことを許すことはできない。


「お風呂場なら……誰もこない……」


 私はこの興奮を抑えるため、1人になれるお風呂場に再び足を運んだ。

……それが一生後悔する事態になるなんて、思いもしなかった。

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