私のベレー帽
今日、ベレー帽をK駅で下車したとき電車に置いてきた。
もう十数年被り続けてきたものだった。
ジンボリーの、たしか5〜8歳児向けのもので、幼稚園児の頃から現在高校生に至るまでずっとかぶり続けてきた。
確か、「日本國政府より重要なお知らせ」とかいう本当にどうでもいい文章を書くのに必死で置いてきたのだ。
愚かとしか言いようがない。
私がそれに気づいたのは下車して階段を降り切ってすぐで、取りに戻ろうとしたときにはすでに発車のベルが鳴っていた。
私は直ちに駅員さんのところへ向かった。
「あの、さっき発車した電車にベレー帽を置いてきたんですけども」
駅員さんはすぐにカウンターの内側に入っていった。
「いつ降りたか覚えてる?———ますか?」
敬語じゃなくていいんだけども。
そんな感じで話を続けた末、駅員さんがくれたのは小さい地図が描かれたメモだった。
「ここには落とし物センターがあります。それかこの落とし物ダイアルに電話してください」
親切な駅員さんだ。
私は用事を終えて帰宅して、すぐ電話をかけた。
『———こちらは落とし物ダイアルです。電話での対応を希望の場合は1を』
最後まで聞き終えずに、私は1を押した。
電話の声は続ける。
『現在、非常に電話が混み合っております。もうしばらくお待ちください』
そう言うと、音質のひどい音楽が流れ始めた。
そこで15秒ほど待ったところだった。
『—————聞こえる?』
随分と可愛い、でも疲れた声だった。
『はい、聞こえますが』
タメ口とはすごいオペレーターだ。
『私、ベレー帽』
『え?』
私は耳を疑った。
『今日あんたが、K駅で落としてったベレー帽。ジンボリーの個性的デザインの』
ほんとにベレー帽なのだ。
『ベレー帽。本当にごめん。文學に必死だったの。今電話かけて探そうとしてる』
『わかってる、大丈夫。多分もうすぐ落とし物センターに届いて、ちゃんと登録される』
ベレー帽の声は、自信と確信に満ちていた。
『本当かな?電話繋がらないんだけど』
『今日かけても電話は繋がらない。落とし物登録したいならチャットで登録して。多分まだ見つからないと思うけど』
ベレー帽は答えた。
『わかった。ありがとう。そんなに汚い床に置いたままにしてごめん。すぐ取りに行くからね』
私は涙を堪えながら言った。
『信じてるからね。また数日後』
そう言うと、電話から流れる音はまた音楽に変わった。
私は受話器を下に置いた。
追記
見つかりました。JR落とし物センターは最高。
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