第25話 デートの如し

 賑やかな食堂の店内。

 俺たちは席に座っていて向き合っている。さくらはぎこちなさそうな表情を浮かべて、視線をさまよわせる。

 

「なんで俺を見ないふりをしているか?」

「だって、社員が私たちを見かけたらデートをしていると勘違いするかもしれない……」

「そんなことはないだろう。とにかく、早く注文を決めてね。腹が今にもゴロゴロしてしまうぞ」

「は、はい!」


 言って、さくらはメニューに目を通した。

 彼女が熟考している間に、俺は早速注文を決めておいた。


「んー、昼ごはんだから……巻き寿司はいいかな」

!」


 と、俺は芝居がかった声で言った。

 芝居がかったというか、わざと待ちわびている気持ちを声に出そうとした。

 腹減ったから彼女にできるだけ早く注文してほしい……。


「な、なら巻き寿司を頼もうと思う。森澤もりざわさんは?」

「俺は味噌汁だ」

「……味噌汁だけ?」


 さくらは俺の注文に首を傾げた。すると、前髪が目の前に落ちて、彼女の視界を遮った。

 

 ーー俺の注文はそんなにおかしいのか?


 これはおそらく十人十色の問題だけだろう。

 さくらは味噌汁が好きじゃないのかな……。

 それでも、彼女の疑問がなぜか頭に引っかかって、結局俺は注文を少し変えた。


「じゃ、味噌汁と巻き寿司にする。でも、巻き寿司の分はさくらが払うよ。俺はお金持ちなんてないんだ」

「知ってるわ。じゃ、案内の恩返しとして払ってくれるよ」


 言って、さくらは口を尖らせた。

 それを見て、俺は彼女の可愛さを初めて実感した。しかし、俺は彼女とデートをしてはいけない。理由は言うまでもないだろうけど、初デートは美於みおとしたいからだ。


「すみません!」


 と、俺は手を挙げて給仕に呼びかけた。

 給仕が早速テーブルに向かって、俺たちの注文を取った。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 俺たちは同時に頷いて、注文を順番に言う。


「巻き寿司をください」

「俺は味噌汁と巻き寿司です」

「少々お待ちください」


 注文をメモに書き留めてから、給仕はきびすを返して歩いていく。

 俺たちは二人きりになり、空気が少し気持ち悪くなってしまった。

 俺は沈黙を終わらせようと咳払いして、何かを切り出そうとした。いい天気だね、なんて言ったらきっと無視されるだろう。だから、口を開く前に俺は話題をちゃんと考えた。


「ところで、なんでこの会社に入ったか?」


 いい話題だ。会話を進めるし、俺の気になっている質問に答えてくれる。


「バイトをクビになったの。客足がだんだん増えていくと、私の接客がまずくなって、たくさんのお客様を一時間以上待たせちゃった……」

「大変そうだな。ま、この仕事で接客しないのは不幸中の幸いかもしれん。会議以外、他人とあんまり話さなくてもいいんだ。陰キャだったら最高の仕事だろう」

「そっか? でも、今朝森澤もりざわさんが『大きな問題がやまほどある』と言われてから、ちょっと不安になったの」

「俺が悪かったよ。新人に言うことじゃないのはわかってるのに、仕事の残業で怒りが溜まって、ちょっと八つ当たりしてしまった」


 俺がそう言うと同時に、給仕がやっと戻ってきた。


「お待たせしました!」


 言って、給仕が俺たちの昼食を配膳する。


「ほう、美味しそうだな!」


 二、三十分だけだろうけど長年待っていた気がした。

 とにかく、昼食がようやく目の前に現れた。

 早速食べたい、と俺は味噌汁と巻き寿司を見入りながら頭に繰り返した。


「いただきます!」


 と、俺たちは言って箸を取る。

 俺は先に巻き寿司を口に運ぶ。


 ーー美味いいいいぃ!


 そして、さくらは彼女の分を食べてみた。


「美味しいぃ!」


 さくらは容赦なく巻き寿司を次々とかじり続ける。

 俺は食べれば食べるほどやる気が湧いてくる。

 女性と昼食を摂るなんて、本当に気分転換だなと思った。食べ終わったら、俺たちは無敵になるんだろうか……。

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