第2話
その日、黎人はある研究施設の中にいた。もう何か月もそこに泊まり込んでいる。
その研究施設は黎人が子供の頃から通っている施設だった。最先端の医療と高度な科学を研究するための立派な施設だ。超能力者として国に把握されていた黎人は、幼い頃からその施設でいろいろな研究に参加させられ、実験に応じたり血液や細胞を提供したりして協力していた。
この施設は敷地ごと巨大なガラスのドームで覆われていて、施設棟の中は勿論のこと、敷地内の庭や運動場なども一年中、温暖な気温と快適な湿度になるよう調整されている。だから、黎人は冬のこんな寒い日にわざわざ街中のカフェのテラス席になど行きたくはなかった。
だが、綾香からの呼び出しの電話は執拗で、何度無視しても黎人のスマホを振動させ続けた。その様子を見て眉を寄せていた
草薙教授は黎人が幼い頃から彼を研究してきた科学者だ。医師でもあり、綾香の病気の治療にも関与していた。綾香の治療に関連して発生した重大な問題についても熟知していて、対応プロジェクトチームから最終判断を一任されている人物だった。
彼は黎人に言った。
「黎人くん、そろそろ潮時ではないかね。綾香くんもそろそろ限界だろう。いつまでも、このままではいけない」
黎人は黙って頷いた。スマホの応答ボタンを押すと、聞き慣れた声が聞こえた。
『あ、やっと出た。私よ、綾香。何してんのよ。いつまで待たせる気なの。寒いじゃん、早く来なさいよ』
「ごめん。すぐに行くよ。いつものカフェテラスだよね」
『当たり前でしょ。私、お財布なんて持ってないから、ちゃんと払えるもの持ってきてよ。急いでね! じゃ!』
スマホは綾香の最後の強めの声を放り出した後、画面に通話終了の文字を表示した。
悲し気な顔でコートを羽織り、スマホをポケットに仕舞った黎人は、草薙教授に言った。
「本当なら、こんな事はしたくありませんが、仕方ありません。綾香のためです。なるべく苦しまないように済ませます」
草薙教授の顔は険しかった。
「本当に彼女のことを愛しているのなら、頑張りたまえ。君ならできるはずだ」
しっかりと頷いて答えた黎人は、白く長い廊下を静かに歩いていった。
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