第1話

 高野瀬こうのせ綾香あやかの頭部は炸裂した。脳と頭蓋骨の欠片、そして血しぶきが四方に散る。一瞬だけ耳をつんざかんばかりの高音が響いた後、風船が割れたかのような音がして、綾香の頭部は砕け散ったのだ。彼女の遺体は、フリルの利いたミニスカートから出した両足を左右に大きく開いたまま、木製の白い椅子ごと石畳の上にひっくり返った。


 そのカフェテラスにいた周囲の客たちは、何が起こったのか全く把握できないまま、音がした方に顔を向け、倒れている大きな人形のようなものに怪訝そうな顔を向けた。


 自分の席のテーブルの上や自分の胸元、膝の上に飛び散った血液と肉片に気付いた若い女性客が悲鳴を上げた。


 椅子を引く音、落とした皿やコップが割れる音、女性の悲鳴、男の怒鳴り声。澄んだ青空に浮かぶ冬の太陽が高い位置から光を射しているテラスに、あらゆる雑音が広がった。


 道路沿いの歩道との境に並べられているポインセチアの植木鉢を飛び越えて、客たちが一斉に逃げ出していく。


 真っ白なボアのコートの上に真っ赤な血を吸わせて、椅子に足を掛けたまま股を広げて転がっている遺体には、鼻から上が無い。それを見下すようにじっと見つめている青年が一人、そこに立っていた。彼の背後では客たちが右に左にと逃げ惑っている。


 高野瀬綾香がこのような無残な事になったのは、彼が原因である。彼の名前は桐畑きりはた黎人れいと。高野瀬綾香とは高校のクラスメイトであり、恋人同士でもある。いや、そうだった。


 桐畑黎人は超能力者だ。生まれた頃からその兆候があり、物心ついた頃には物体に触れなくても、それを動かしたり、振動させたり、破裂させたりできた。


 さっき黎人が綾香に対して使ったのは、その能力の一つである。彼が綾香の頭部を爆裂させた。綾香に触れることなく、ただ掌を向けただけで。


 綾香は真っ白なボアのコートに身を包み、細く華奢きゃしゃな指でストローを摘まんでメロンソーダを飲んでいた。その向かいの席に座っていた黎人が突然、椅子を引いて立ち上がり、掌を綾香の顔の前に突き出して、何か力を込めたのだ。ストローを咥えたまま上目使いで黎人の顔を覗こうとする綾香の顔の前で空気が波打ち、強い高音が響いた後、綾香の頭部は木端微塵こっぱみじんに砕け散った。

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