2 祝所属……のはず?

 南の国ロイデン王都レタッソパラディーオにあるセイヴァーの本部は三つの城と広大な二つの庭園から成る。

 本部セイヴァーと呼ばれる赤服の騎士は中央の城に、そして……今日からあたしが行く西館特殊部隊は今ここから見える、深緑の屋根に純白の壁の城で暮らし、白服と呼ばれる軍服を身にまとう。


 あたし幾導きどう千歳ちとせは……春前に行われた実技をみる序列試験、新人スタージュと呼ばれる16~24歳のセイヴァーの中で序列二位の好成績を残した。そのことが認められ、今日見習騎士から、西館所属騎士になる。

 噂には聞いていた。3年前新設された2つの部隊のうちの一つ。西の城、通称西館がその部隊のためだけに明け渡され、ロイデン中の騎士たちとは違う特別な色の制服を着ることを許されたエリート集団。

 自分の力が認められたんだと素直にうれしかった。

 あたし以上にこのことを喜んでくれたのが、と、目の前にいる嵐崎あらき真竹またけ様。


「ごめんね……この後仕事が入ってなかったら西館までは一緒に行けたんだけど」

「いえ、真竹様がお忙しいのはわかってますからお気持ちだけで大丈夫です」

「千歳ちゃん、すっかり大人になっちゃって……の前でくらいわがまま言っていいのよ?」

「元ですよね。今は立派な管理騎士カードルなんですから国のために動いてください」

「今だけ自分の立場を恨みたいわ……」


 肩から落ちる綺麗な黒髪を後ろへやると、黄みがかった茶色の瞳が真下を向いて、肩からかかっている水色と白のストライプリボンを二、三はたく。その右手首には確かにあたしたちと同じセイヴァーである証、金縁の白スカーフが結ばれているのだけれど、翻る黒のマントも、流れるように滑らかな二重のスカートも所属騎士の上に立つ者の印だった。

 管理騎士カードル。騎士団長の直属で通称5幹部と言われるこの国の中枢の一人。初めて会った頃からあたしに向ける笑顔は変わっていないのに、時々ひどく遠い立場の方なのだと自覚する。


「ねぇ千歳ちゃん悪いんだけど、扉の近くの棚に印璽いんじがあるか見てくれない?」

「はい」


 今も机やソファ上の鞄を行ったり来たりしていて慌ただしい。本当に時間が無い中会いに来ていただいたのだと実感して申し訳ない気もする。少しでも役に立てればと戸棚へ近づくと、立てかけてある花束に目が行った。

 百合と勿忘草の花に混じっているタッソの木の花……この国で弔いの際に手向けられる別れの花が丁度11本。

 あれはもう11年も前の出来事になったんだ。


「千歳ちゃんごめん、こっちにあったよ。あ……」


 突然声をかけられて反射的に目をそらしたけど、真竹様はあたしが花束を見つけたことに気がついてしまったようで、変に隠すことなく正直に話してくれる。


「前の仕事が入ってなかったら行こうと思ってたんだけど……思い出させちゃったらごめん」

「いえ……あたしも気を使わせてしまって申し訳ないです。それに本当はあたしも行かなきゃならないのに……一度も」

「千歳ちゃん……気持ちの整理がついたらでいいのよ。私が千歳ちゃんの分まで祈ってくるから……だから、受け止められるようになるまでは忘れててもいいの」

「そう、ですね」


 答える自分がうまく笑えていなかったのは真竹様の顔を見ればわかった。あれはあたしにとって忘れがたい記憶で……受け止められるようになる見込みも見えない。そもそもあれはきっと、あたしのせいで…………


「随分と遅いなと思ってきてみれば、かわいい女の子とお喋り?真竹」


 背後から聞こえた艶やかな男の人の声に意識を引き戻され肩越しに見遣る。黒のマントをなびかせ、肩まで伸びた金色の髪をかき上げる紫の瞳が特徴的なこの人の正体に気がつき、深々と頭を下げる。けど……


「この人に敬礼しなくていいわよ。そのへんゆるゆるだから」

「いえ、ですが」

「何しに来たの。迎えなんていらないわよ……セーメ」

「迎え?なんの」

「はぁ?この後の仕事よ。まさかさぼる気だったの」

「あーあ、失敗したな。退屈しのぎのつもりが新しい仕事を入れられることになるなんて」

「新しい仕事じゃなくて既存の仕事よ!こうなったら絶対さぼらせないんだから」


 真竹様と同じ管理騎士カードル聖芽セーメ・オルクス様。お二人の仲がいいことはうかがっていたけど、こうして顔を合わせるとは思っていなくて、変に緊張してしまう。


「君、もしかして新しく西に行く子?」

「は、はい」

「大変だね。まさかあのに飛ばされるなんて」

「ちょっとセーメ!!」

「え、まさか言ってないの」


 しまったというような顔をぎこちなく向ける二人の幹部様にあたしはただ一言しか答えられなかった。


「………………え?」


 今、確かに…………認めたくないけど確かにセーメ様は一発屋って言った。そ、それは西館を表す言葉であるってことは今までの会話の流れでわかる。

 そしてあたしは他のセイヴァーと違って剣しか扱えない。この世のセイヴァーは最低でも二個以上は魔力を送り込める武器があるって言われてるのにだ。

 ……これは正真正銘、まごうことなき一発屋!!

 い、いや……噓でしょ……?だって西館って服装も住む場所も何もかもが優遇されてる新設エリート部隊のはず!現にそうだし!


「すまない。君の気持はわかったわかったからちょっと落ち着いてくれ」

「違うのよ千歳ちゃん!これは……その、言葉の綾というか」

「あの………とりあえずどういうことか教えてもらっていいですか。その西館について」

「……そうだよな。一発屋って言っちゃったらもう全部答えるしかないね」


 深呼吸をしたあと、セーメ様はあたしの両肩をつかみ意を決して口を開いた。


「落ち着いて聞いてくれ。君は…………左遷されたんだ」

「…………は、い?」

「呼吸を忘れないで、そう落ち着いて…………気を確かに。本部セイヴァーにとって西館そして対の存在である東館は憧れの部隊トループだろう。だが、部隊長以上の騎士達で構成されている上層部では、東館は。西館はと言われている。

 ……西館は正々堂々、売られた喧嘩は買うし、間違っていると思うことには絶対に従わない。東館は東館で上層部の言うことを聞かない。何があっても我関せずを貫く頑固者だ。

 しかし彼らは腕がたつ。だからこちらとしては厄介極まりない相手にしたくない部隊」


 はっきりとした言葉の数々にもう、弁解の余地などない……つまるところあたしは


「君はそんな厄介者の集まり……一発屋、西館特殊部隊の仲間入りってことだよ」







 ────────────────────






 最初の晴れやかな表情はどこへやら。西館の真実を聞かされた幾導千歳が放心状態で嵐崎真竹の執務室を去ったあと、聖芽・オルクスは微笑を浮かべた。


「っふふふ……あれは重症だな」

「笑い事じゃないわ!あの子、あなたの言ったこと全部本当だと思ってるわよ絶対!」

「別にいいじゃないか。素直そうな子だし、彼らに会ったらすぐにわかるよ」


 先ほどからあわただしく進めていた準備を終え次の仕事へ移動しようとしたその時、セーメは真竹の手をつかみ引き留めた。


「なによ」


 その手には千歳が見たあの花束が握られていて、セーメは険しい顔で問いかける。


……あの事件はもう終わったんだ。生き残った見習はいない、しかし犯人は早期に捕まった……そんな最悪の終わり方だった」

「違う!勝手なこと言わないで!」


 間髪入れずにそう叫び、強い力で振り払う。先刻柔らかな笑みを浮かべていた美しい女騎士は怒りを隠さぬ鋭い瞳を向けた。そんな真竹にセーメはどこまでも冷静に、子供の相手でもするかのように言葉を続ける。


「確か、さっきの女の子……事件の後に連れてきたんだよね。失った子供たちのこともあって特別かわいがってるのは理解できるけど……真竹が、幹部である君が贔屓する。それがどれくらいあの子に影響を及ぼすかちゃんとわかってる?」

「さっきから何が言いたいの。わざわざ部屋を訪ねてきたのもそれ相応の理由があるんでしょ」


 睨みあう両者は互いに沈黙していた。春の陽光が差し込む部屋に似つかわしくない緊張感の中、静寂を破ったのはセーメ。


「今回の試験結果。不正があったんじゃないかっていううわさが流れてるんだよ」

「そんなことありえない。馬鹿げてるわ」

「私もその意見に同意するよ。でもね」


 乾いた音の拍手が2回鳴り響く。それを合図にして、敬礼とともに入室する4人の騎士。


「なんの真似」

「花束は私が届けておくよ。真竹には詳しく話を聞かないといけないからね」


 本館館長及び警察団ウィギレス管理官の一声で警察騎士は嵐崎真竹を囲み執務室にて取り調べを開始した。

 同僚の事情聴取などごめんだとでもいうように彼はひらひらと手を振りながら早々に退室し、花束を持って裏口から出る。

 庭園に咲く花の香が風にのって飛んでくる。雲一つない空から西館へと視線を移し


「幾導千歳か……」


 そう言って門の方角へ歩き出した。

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