3 必然の遭逢

 一発屋なるあだ名を知って、すっかり落ち込んでしまったあたしは真竹様の執務室を後にし、重い足取りで表口へと通じる階段を下りていた。

 よくよく考えてみればおかしな話だったのかもしれない。二年遅れの、剣しか扱えないセイヴァーのあたしが序列試験で二位を取ったからと言って、急にエリートの仲間入りなんて。

 真実を聞いてみた今、この配属先は妥当な気がする……真竹様には申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど。

 だけど、セーメ様は上層部ではと言っていたし、ほかのセイヴァーは……先生にはきっと伝わっていないはず。それだけでも良しとしよう。いつか会えた時に、立派な騎士にさえなっていれば、あたしは胸を張っていられる。

 どんな人が待っていようがやるべきことは鍛錬、そのただ一つだけ。


「そうよ……セーメ様の言うような頭の固い喧嘩上等七三分けみたいな人が出てきてもあたしのやるべきことは変わらな……」


 すごく小さくだけど、どこからか笑い声がすることに気がついてあたりを見回す。幹部の部屋に近い階段だから普通のセイヴァーはめったに通らないはずなのにどうして……もし、万が一だけど本人たちが聞いていて、侮辱罪で訴えられたらどうしようかと思い気持ちを落ち着かせようと剣を構えると


「っはははは!やっぱだめだもう限界」


 今度ははっきりと笑い声が下の方から聞こえてきた。男の人の声だ……独特の響きが耳に残る、少し低くて甘いような気がする声音。誰なんだろうと覗き込んだ瞬間、窓も開いていないのに強い風が吹きあげて目を瞑る。


「こんにちは。お嬢さん」


 風がやむと同時に聞こえた声は真正面からのもので、恐る恐る目を開ける。そこにいたのは黒のコートを羽織った背の高い男。視線が交わり柔らに細められた目はどこか艶めかしくて、ふと目に入った黒髪を結う簪がより一層、男の上品さを引き立てている。口調はなんだか軽薄そうなのにそう見えるのが不思議だ。

 右腕につけられたスカーフからセイヴァーであることは間違いない。初めて見たけど、この人は


「俺は東館所属の騎士、宇賀神うがみ仁樹にき。もう一人後から来る子と一緒にお嬢さんを迎えに来たんだけど……って、なんで剣構えてんの?あれなの?伝統的な口封じってやつ?」

「あ、いや……これはその、気持ちを落ち着けるために?」

「なるほど?聞いてた通りの熱心な剣士ってわけだね」


 剣を収めつつ、東館ってことは変人の巣窟の変人ってことよね……と、あんなことを聞いた後だからつい色眼鏡で見てしまう。さっきの独り言も聞いていた宇賀神はあたしの顔をみて大体のことを察したらしい。


「上層部の素敵なニックネーム聞いちゃったんだね~それでテンション下がっちゃってとぼとぼ歩いてたら遅くなっちゃった?」

「どうしてそれを……」

「あんまり遅いもんだから、様子見てこいって言われちゃってお嬢さんのこと探してたんだよ」

「それは、ごめんなさい」

「いいよいいよ。何かトラブルに巻き込まれてないんだったらいいんだ。待ち合わせ場所は表の庭園だから行こ行こ」


 確かに変な人ではあるみたいだけど、悪い人ではなさそう……と思い、素直に、リズムよく階段を下りるブラウンのブーツを追いかける。


「それにしても面白かったな~なんだっけ?頭の固い喧嘩上等七三分けだっけ?本人たちに伝えたいけど、秘密にしておくね」


 と言いつつまだ笑っている。宇賀神は東館の騎士だから対である西館のメンバーのこともよく知っているのだろう。


「その、どういう人たちなのか軽く教えてもらっていい?」

「いいよいいよ~ていうか本当に何も知らないの?本館にいるならそれこそ噂の一つ二つ耳にしてそうだけど」

「……そうね」


 うまい返事が思いつかず、そこであたしは黙ってしまう。さすがに不自然に思われる、何か上手なことを言わなきゃと焦っていたら宇賀神は急に肩を軽くたたいて口を開く。


「ま、環境に恵まれない時ってあるよね。そこで失敗が続くと次に踏み出すのが怖くなったり、時間を奪われたりしちゃう。ちょっと変なこと聞いて不安になっちゃってるかもしれないけどさ、西館は君にとっていい場所になると思うよ。今度こそ、いい仲間と出会える」

「ありがとう。でも……」

「でもじゃないの~あの子たちに会ってみてから決めてみてよ。ね?」


 扉を開けて庭園への石畳を歩いているとき、宇賀神は明るい声で西館のことを話していたけれど、どれも耳に入ってこず、あたしは首に巻いたスカーフをつかみ、ずっと幾度となく繰り返した言葉をまた思い起こしていた。

 とても優しい言葉だとは思う。だけど、あたしに仲間なんていらない。ただ仕事をこなすことができればそれでいいの。

 あたしはずっとひとりでいい。


「あ、お嬢さん待った……!」


 別のことに意識を取られていたのもあって、あたしは無抵抗のまま宇賀神に引っ張られ、なぜか一緒に噴水前の薔薇の垣根に隠れていた。


「ちょっとちょっとどういうこと~……本館騎士はこの時間帯、真竹様の特別講義を聞いてるはずなんだけど!?」


 視線の先には噴水広場を埋め尽くさんとするたくさんのセイヴァー。どういうわけか若い女の子しかいないし、どうも様子がおかしい。

 みんな噴水の方へ顔を向けて、やたら猫なで声で何か呼びかけている。

 待ち合わせ場所は庭園、だとしたらこの騒ぎの中心にいるのって


「宇賀神……すごく人がいて見えないけど、あの中に待ち合わせの人っていたりするわけ……」

「あ~……うん。残念ながらそうですねぇ……」


 またまたさっきの言葉を思い出す。噂くらい聞いたことありそうって言ったのはもしかしなくてもこれのこと!?


「すーごいかっこいい子があのなかにいてねぇ……控えめな性格だから押せ押せなロイデン女子に強く出れなくてこうなっちゃうんだよね」

「どうするのよ。あの中に突っ込むわけ……」

「俺一人ならそうするけど、お嬢さんいるしな~……それに考えてみてよ。もしあしゅちゃんを引っ張ってこれたとして、当然だけどお嬢さんに笑顔で挨拶するわけじゃん?そんな現場を見た押せ押せでイケイケな女子たちは」

「や、闇討ちに来る……?」

「近いことはすると思う……ということで、ここは一旦あの子に任せて、俺達だけで西館に行った方がいいね」


「ごめん!」と手を合わせる宇賀神に続き、抜き足差し足忍び足で噴水広場を離れる。が、もう一歩のところでつま先に蔓が引っ掛かり体のバランスが大きく崩れる……!

 けれど、あたしが感じたのは地面にぶつけた衝撃ではなく、傾いた体を起こす温かく強い風。


「だいじょうぶですよ。千歳さん」


 鼓膜を震わせるその言葉に体が固まった。あまりにも衝撃的だったから。

 男の人の声なのに、まるでが言ったみたいに聞こえて。


「歩けますか?もしよかったらお手をどうぞ。俺と一緒に行きましょう」

「はい……」


 言われるがまま左手をその人の手と重ね合わせ、右肩に感じる温かい掌が押し出すまま歩みを進める。

 ……

 …………事の重大さに気がついたのは青ざめた薄ら笑いを浮かべている宇賀神を目にしたときだった。


「仁樹さんひどいじゃないですか!来てたなら声をかけてくださいよ」

「い、いや~……?お取込み中のところ悪いじゃん?ほら、あの~ね?今いっろいろやば~いからさ?できれば穏便に済ませたいなって?(※本音 頼む、後始末をしてくれ)」

「単に道を聞かれてただけですよ。こんなところでもたもたしてたら、もう夕飯の時間になっちゃいます。早くいきましょう」

「ちょっと待って!うん!やっぱり今日も鈍感大魔王だね!!わかった。わかったからお嬢さんをこっちに寄越しなさい」

「……え、嫌です」

「そうそういい子だ……ん?」

「嫌です。千歳さんはこのまま僕が連れていきます」


 なかなか折れない彼を前に宇賀神は顔を青くさせたり眉間にしわを寄せたり、百面相した後であたしに目配せをした。そして腰に帯びていた杖を取り出すと、あたしの両肩に手をかけてべりっと引きはがすと同時に


「ごめんあしゅちゃん!君のこと忘れないから!!」


 と叫びながらその人を突き飛ばして全速力で走りだした。あたしも何とかついていくけどふと気配を感じて後ろを見ると、鬼の形相をした女子たちがものすごいスピードで追い上げてくる。


「ぜんっぜん逃げ切れる気がしないんだけど!」

「わかってるいつも通りだから!お嬢さん3秒後にジャンプ!」

「ジャンプ!?」

「そうそう!いくよ…………3……2……1!」


 カウントの間に甲高い鈴のような音が響き、杖先端にある透明な水晶が紫の光に染まる。そして


「0」


 声と同時にジャンプすると、周りを取り囲むように旋風つむじかぜが巻き起こり、一瞬で大きな竜巻に変わる。


「これって……!」

「風使いの魔法!西館まで行くよ!」


 出会ったときに吹き上げたあの風も、この魔法だったのだとわかったけど……あたしは授業で聞いたある話を思い出してハッとした。

 風使い……魔法使いと同じく杖に力を注ぐセイヴァーの役職だけど風を使って攻撃したり味方をアシストするため、とにかくテクニックが要求されると聞いたことがある。この国に3万人いるセイヴァーの内、50人足らずしかいないとも併せて聞いていたけど、そのうちの一人が宇賀神、そしてさっきの彼もきっと……

 腕がたつ。その真の意味を実感し、かかっていた色眼鏡は風と共に吹き飛ばされてしまう。


 パチンと指の鳴る音を皮切りに竜巻の風が四方八方に散る。目の前の景色は一変していた。

 華やかなシャンデリアが煌めく、赤い絨毯が敷かれた応接間。


「ここが西館の中……」

「すごい綺麗だよね~これも日々家事全般を完璧にこなしてくれるあの子のお陰だよ。ほら、名前なんだっけ?」

「……ごめん。ほとんど聞いてなかった」

「えぇまじ……?」


 困ったような顔でぼやいた時、宇賀神のスカーフが赤い光を帯びて音を立て始めた。何か警告音のようにも聞こえる少し耳障りな音だ。


「ん~……今日くらい見逃してくれてもいいのにな~」


 その言葉で合点がいった。


「もしかして館内で許可なく魔法を使ったから」

「呼び出し食らっちゃうまでがテンプレ……女の子たちのせめてもの嫌がらせだね。真竹様の印璽貰いにちゃちゃっと行ってくるから先にみんなに会いに行っておいで」


 そう言ってヒラヒラと手を振る宇賀神を竜巻に変わった風が飲み込み、止んだ時にはもう姿がない。

 どうせペナルティを食らうんだからこっからはいくら魔法を使ってもいいって思ったんだろうな……

 改めてあたりを見回す。シャンデリアは階段の踊り場の真上につるされて、虹色の光が大理石によく映える。ここからどこへ行けばいいのかわからないからとりあえず、階段の陰に隠れている廊下を進もうと決め、後ろを振り返った。金の取っ手が付いたワインレッドの扉は動く気配がない。あの人は無事なのかが気がかりだったけれどとりあえず……無事を祈って、あたしは赤い絨毯を踏みしめた。





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