第4話『森の秘密を探りに』

 おつかいから数日。雨が降ったり止んだりの、どんよりとした天気が続いている。

ソラの言ってた天気予報は当たっていた。すっきりしない天気は、今の私の心の中のようだ。普段のように神社で仕事をしていると、境内けいだいを囲んでいる鎮守ちんじゅの森がやたらと目に入るようになった。ふとした時に、その木々をながめているのだ。


 やっぱり、あの森が気になるのよね。なんというか、あの森は、ただの森の再現をしているだけの場所には思えないわ。


 風景が気になることは割とあることなのだけど、それは東雲以外での話。東雲でここまでかれる風景を見たのはいつりだろうか。仕事に全く身が入らないという訳ではないが、邪念じゃねんかかえたまま神前で仕事を行うのは良いことではない。

 それを解決するため、散策としょうして再びフェネルの店へと足を運ぶ。




 玄関わきには、おつかいに来た時と違って左側にもランタンが置かれていて、どちらもぼんやりとした光を放っている。

 新たに置かれているランタンは、小さな薔薇ばらの花の装飾そうしょくが施されている。前はその存在だけしか気にしていなかった、右側に置かれている方のランタンをよく見てみると、すみれの装飾が施されている。

 薔薇の方がフェネル、菫の方がスミレなのだろうと持ち主の推測ができる。


 今日はふたりとも、店に居るのね。


 扉に手を掛け、ウィンドチャイムの奏でる音と一緒いっしょに森へとみ入れると、中にはスミレがいた。

 彼女は、手に取っている苔玉こけだまから顔を上げる。


「こんにちは、紅葉くれは。森の秘密を探りに来たのかしら?」

「あらスミレ、こんにちは。どうしてもこの森のことが気になっちゃってね。今は、店番をしているの?」

「ええ。フェネルが『スミレもたまには店の手伝いをしてくれよぉ』って言ってたから。私は居候いそうろうみたいなものだから、フェネルには逆らえないのよ。いつもはメリッサにやらせているのだけど、今日は私がやっているの」

「メィリィ、今日はいないのね」

「眠っていたから、そっとしておいたのよ。たたき起こすほど、私はおにじゃないわ」

「優しいのね」

「そうからしら? 普通のことだと思うけど。森について知りたいなら、作った本人を連れてくるわね。立ち話もなんだから、ついでに飲み物も持っくるわ。ちょっと待っていてね」


 そう言うと、苔玉を空中に戻してスミレは森から出ていった。

 ひとりになった私は、不思議な森を見渡みわたす。

 

「……あれ?」


 森の様子が、おつかいの時と違う。

 前後左右に無尽むじんに広がる森と、空間にただよっている苔玉は以前と全く変わらない。森の雰囲気ふんいきもほとんど同じ。ただひとつだけ、光の差し込み方が違うのだ。おつかいの時よりも昼間に近い時間だから、それを反映しているのだろう。でも、それ以上に何かが違う。


 私は神社の巫女みこで、鎮守の森のかべに囲まれた境内が日々の仕事場だ。毎日視界に入る鎮守の森。その森が見せてくれる景色は、同じように見えて日々少しずつ変化している。


 ――この森は、魔法のかたまり装飾そうしょくされただけの空間なんかじゃない。


 装飾目的の森は、限りなく本物に近い精巧せいこうな再現をして、光の加減、天候の要素を加えたりしても、変化したりしない。それは、見た目上変化しているだけの、魔法の塊で作られた森でしかない。


 今私がいるこの不思議な森には、そんな空気が感じられないのだ。魔法の塊で出来ているのは、スミレの口から聞いているからそうなのだけど、それだけならば、森に囲まれて育った私には装飾用の森と映るはずだ。だけど、この森にはそれを感じない。


 ――この森は、生きているのだ。




 その確信が持てた頃、スミレが緑かみの女性を連れて部屋に戻ってきた。手に持っているトレーには、色々な物がっている。

 もうひとりの女性は、時折妹と話しているのを見る。


「おーおー、これはこれはぁ。誰かと思えば、巫女のお姉さんじゃないかぁ。珍しいねぇ」

「森を作った張本人を連れてきたわよ」

「フェネル、こんにちは」

「こんにちは、私の店にようこそぉ」

「飲み物、紅茶とレモネードくらいしなかったのだけれど、それでいい?」

「ええ、大丈夫よ。レモネードの方を頂こうかしら」

「わかったわ。飲み物用意しないとだから、座りましょ」

「座るところは、ここだねぇ」


 フェネルが指をると魔法まほうが解除されて、ガーデンテーブルセットが姿を現す。


「ありゃあ……これ、ふたり用だったねぇ」


 スミレも同じこと言っていたなと思いつつ、フェネルはどうするのだろう? と展開を見守る。


「しょうがない、空気椅子いすを作るかねぇ」


同じ魔法を使うのだろうか。テーブルセットの方を見ていると、その答えが姿を現す。

 ガーデンチェアが3個に増えた。空気のクッションを作る呪文じゅもんを使ったのか、他の魔法を使ったのかは、専門ではないのでわからない。


「うんうん、これでみんな座れるねぇ。私は、自分で出したのに座るよぉ」


 皆で椅子に腰掛こしかけると、スミレがお茶の用意を始める。

 お茶といっても紅茶のつつみには手を付けない。レモンスライスの入ったびんから液体を取り出して、どこからともなく出したお湯でその液体をうすめてレモネードを作っていく。


「この森のことなら、なんでも聞いてねぇ。そう、スミレにも言われてるからねぇ」

「それじゃ、色々聞かせてもらうわね」

「おーけー」

「まず、ここにはどんな魔法が掛けられているのかしら?」

「私が掛けているのは植物関連と景色関連の幻視げんし魔法だねぇ」


 浮遊ふゆうしている苔玉をつかまえて、さらにフェネルは続ける。


「植物関連はねぇ、苔玉を浮遊させていたり、この苔玉とかゆかに生えている苔とかの育成環境を植物にとっていい状態にしたり、って感じかなぁ」

「この苔玉は、フェネルが売っている商品の見本よ。はい、レモネード」

「ありがとうございます」


 飲み物が出来上がったようで、スミレが会話に入ってくる。飲み物を受け取ると、フェネルは話を再開する。


「幻視関連は、見えている森の景色と天井てんじょうの光だねぇ。まぁ、こっちはスミレにだいぶ頼ってるけどねぇ」

、色んな魔法が掛けられているのね」

「やっぱり……?」

 

 フェネルが首をかしげる。


「それは紅葉に説明したわ。ついでに『もっと聞きたいならまた来るといいわ』って言ったのよ」

「おや、1回来てたんだねぇ」

「ええ、あなたのいないときに1回ね」

「ウィスタリオン(5番目の月・東の大陸以外での呼び方)の24日かぁ。てっきり藍花あいかが来たのかと思っていたよぉ」

「私の説明不足だったわ、ごめんね」


 フェネルに伝言するときに、ちょっと誤解があったみたい。別に私には何の影響えいきょうもないけど。


「そういえば、もうすぐ月蝕げっしょくがあるんだよねぇ。それ、いつだっけぇ?」

「ロンラノン(6番目の月・東の大陸以外の呼び方)の5日よ。ちゃんとここでも再現してるわよ」

「もうすぐだねぇ。この森だと、どういう風に見えるかなぁ?」

「月蝕があるの?」

「ええ。珍しいことだから、紅葉も見てみたらどうかしら? 真っ赤に染まる月は神秘的よ」

「へぇ、見てみようかしら。月蝕が起こるのはロンラノン? の5日だったっけ? それって、いつなの?」

「ロンラノン……こっちだとなんだったっけなぁ? えーと……そう、霖月りんげつ(6番目の月・東の大陸の呼び方)。霖月の5日だねぇ。ここだとこっちの呼び方だったねぇ」

「来月の5日なのね。晴れるといいんだけど……」

「雨が多い月だものね」

「ごめんごめん。月蝕の話を出したから、話がれちゃったねぇ。本題の方に戻ろうかぁ」


 少しが話が逸れてしまったなぁ、と思っていると、話題を本筋から逸らしていたフェネルが軌道を修正してくれた。


「いい話が聞けたから問題ないわ。それじゃ、また質問させてもらうわよ」

「なんでもおいでよぉ」


 私は本題に踏み込む。ただの装飾じゃない、この森の秘密を探るために。

 まずは一発、軽く探りを入れてみよう。


「この森って、どこかモデルにしているところがあるの?」

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