第36話 金打(きんちょう)
志遠が務める念流道場の離れ。
その庭に、一人の美しい女性が立っていた。
「口入屋」
隼人が口を開いた。
「月宮さん」
志遠は訪問者に驚く。志遠も七海とは顔見知りであり、隼人と同様、剣士として依頼される間柄であった。
「こんばんは。志遠」
七海は、志遠にあいさつをしながら、隼人に視線を向ける。
隼人は、その瞳を見て寒気がした。
彼女の目は冷たく、感情が感じられないからだ。
「口入屋。頼んでいたことが分かったら電話連絡をくれって伝えておいたハズだぜ。なんで、わざわざ来るんだ?」
隼人の言葉に、志遠が驚く。
彼は、彼女に調査を依頼していたのだ。
「なんだ。隼人は、ある程度検討はついていたんじゃないか」
「そうでもねえ。ただ前に口入屋に会った時に、《鎧》って連中に待ち伏せを受けていた。その時に、俺の情報が多く動いたというから調査をして貰っていただけだ」
隼人が言うと、志遠は納得する。
七海は不服そうな表情をしていた。
そして、不満げに言う。
「そうよ。だから私は来たの」
隼人が言った言葉に対して。その声は、淡々とした口調だった。そこには不機嫌さが滲み出ている。
隼人は理由が分からず、そんな彼女を睨むように見る。
そして、七海は溜め息混じりに言葉を出す。
「隼人。携帯の電源入れてる? 私が何回かけたか分かってる?」
言われて、隼人は気がついた。
ポケットにある自分の二つ折りの携帯電話を取り出して見ると、電源そのものが入っていなかった。
いや、その前に電池切れだった。
それを見た瞬間、隼人は自分の顔が青ざめるのを感じた。同時に、背中から汗が流れる。
(まさか……)
隼人は、恐る恐る正面に立つ七海を見ると、彼女も呆れた顔をしていた。
隣に座っている志遠は苦笑いを浮かべていた。
「すまん。ガラケーって使わないと一週間くらい充電しなくても使えるし、最近
隼人は、この日一番の冷や汗を流した。
「まったく。これじゃあ、迅速な情報伝達が出来ないじゃない」
七海の言い分は最もであり、ぐうの音も出ない。
隼人は、自分が
「今回の件。貸しにしておくわよ」
七海は続ける。
それは、隼人にとって有難いことだった。借りを作るというのは、隼人の性格上嫌なのだ。
だが、今の状況では仕方ない。
隼人は素直に頭を下げつつ思う。この借りは、さっさと返そうと。
「それで、何が分かったんだ?」
隼人が訊く。
すると、七海は答える。
「杉浦正明を覚えてる? 隼人が交差点で殺した男よ」
隼人は暗殺剣・行逢神で殺した男を思い出した。
そして、その男の職業を思い出す。
杉浦正明は、麻薬の売人だった。それと同時に人身売買のブローカーでもあったというのは、七海から訊いた話しだ。
ただし、ここ一年その動きが無いという。
「杉浦が使っていた麻薬だけど何だと思う?」
七海が隼人に訊く。
「大麻じゃねえのか。世界中で最も使用者数が多い薬物で、2014年のデータじゃ1億8250万人。欧米じゃ若者の大麻経験者は軒並み高いらしいじゃねえか」
隼人の指摘に志遠も同意する。
「日本の薬物と言えは、有機溶剤が多かったらしいけど、大麻が増加傾向と僕も聞いたことがある」
二人の答えに、七海は首を横に振る。
「……なら覚醒剤か。日本では大麻の次に多いって聞いてる」
隼人が言うが、七海は否定した。
志遠も分からなくなる。
七海は口を開く。
彼女の口から、意外な単語が出た。
「LSDよ」
その単語に二人は驚く。
「LSDだと。それは本当かよ」
隼人が驚きの声を上げる。
【LSD】
LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)は強力な幻覚剤だ。
切手ほどの大きさの紙にLSDを染み込ませて舌の裏などに入れておくと、口の粘膜から吸収される。戦時中には敵を無力化するために研究されていた。
乱用薬物の中でも最も強力な作用を持つ幻覚発現剤。
LSDを経口摂取すると、約30分から1時間後に作用が現れ、4時間から10時間程度、幻視、幻聴、時間や空間の感覚の欠如など、強烈な幻覚作用が現れる。LSDを摂取すると、光が強烈にまぶしく見えたりする。
使用者は「万華鏡の中にいるようでとても幻想的だった」という感想を述べる人が多いようだ。
さらに、その後には、強い感謝と幸福感が出てくるそうだ。
著名人の使用者には、iPhoneを開発したアップル社の前CEOスティーブ・ジョブス氏も若い頃に使用していたという。
ジョブズはこう述べている。
「LSDを使用した経験は、人生で行ったことの中で最も重要な2-3の出来事のうちのひとつだ。使用したの経験がない人には、理解できないだろういくつかの事柄がある」
実はLSDを使用している画家は多い。
絵のスタイルがとても大胆になり評価が高くなった人も多数いるようだ。さらにLSDはただの幻覚剤であり、依存性はほとんどないという説もある。
「僕らも裏社会に生きているから知っているけど、乾燥大麻の末端価格は1g約6千円と、覚醒剤の同量の10分の1。 金銭的に入手しやすいことから、大麻はゲートウェー・ドラッグ(入門薬物)と呼ばれているけどLSDは……」
志遠の言葉に、隼人が口を挟む。
「LSDは1g、30万円。日本では、麻薬に指定されているだけじゃなく、医療でも使われないため、製造もされていない薬物だぞ。使えば一瞬にして借金地獄に落ちる。仕入れから考えて、女を借金漬けにして、売春させるにはコストが合わねえぞ」
隼人の言葉に、七海はうなずく。その通りだった。
「そうよ。でも、杉浦はLSDを使って女を借金漬けにしていたの。それも複数人でね」
七海はリストを取り出す。
そこに複数の名前があった。
「杉浦の交友関係から調べた仲間よ」
隼人か読み上げる。
「おいおい何人いるんだ。善波、川尻、世戸……」
すると、その場に不意に驚きの声が交じる。
見ると、縁側廊下に澄香が居た。
七海は志遠に目を向け、小声で訊く。ここは志遠の道場だからだ。
「誰?」
「心配ない。僕らと同じ人間だ」
志遠の言葉を聞き、七海は安心した。
澄香は、隼人の近くに行くと、彼の持っているリストを覗き込む。
そして、その中の名前の一つを凝視する。
「
呟く澄香に、隼人は訊く。
「知り合いか?」
澄香は、言いにくそうにする。
「世戸は私が、先日斬った男よ。剣術道場の息子でありながら、女をナンパし麻薬を売っていたと聞いている。まさか、こんな所で、その名前を耳にするとは思わなかった」
澄香は苦い表情をしていた。
そんな彼女に、隼人は言う。
「俺達二人が斬った男がLSDを女に売っていた。そして、鬼面の奴らに名指しで俺達は狙われた。偶然とは考えにくい」
隼人の言葉に、澄香は考えるが答えが出ない。
「どういうことなの?」
隼人は、澄香の問いに対して答えられなかった。
そして、その疑問を解決するべく、七海に訊いた。
「口入屋。杉浦は女を集めて、どうしていたんだ。売春をさせていたんじゃ、コストが合わねえのは理解した。なら、何のために集めていた?」
すると七海は答えた。
「集められた女は、表立った職業に就いていない人ばかりだった。家出少女や、何かの理由で辞めさせられたりして職を失った人達。10代から30代の若い人」
七海は隼人の方をチラリと見て続ける。
「杉浦は、そういった人材を集めるために高額なLSDを使っていたの。女にしかできない仕事をさせるために」
「仕事?」
志遠は訊く。
「男には逆立ちしたって絶対にできないこと」
七海の口調は、徐々に強くなっていく。
彼女は怒りを覚えているようだった。
隼人と澄香、志遠も、その言葉で納得できた。
隼人は直感的に理解した。
「おい。それってまさか……」
隼人の反応に、七海は口を重くする。
それは、隼人が想像していたことであり、その事実は、隼人にとって信じられないものであった。
「代理出産よ」
七海の回答に、隼人は絶句した。
それは澄香も志遠も一緒だった。
2022年8月末。
自民党のプロジェクトチームが代理出産容認案をまとめたと報じられた。
これに先立ち2020年末には、議員立法により、
〈生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律〉
が成立している。
これは人工授精などの親子関係に関する法律であり、代理出産に関してはこの時“2年をめどに是非を検討する”という流れになっていた。
今回の案は、まず生殖医療に関して発展させた法律を作り、さらに代理出産についても、国内で臨床研究の準備が進む「子宮移植」が実用化するまでの時限措置としながら、人工授精などと同じく道を開く形で容認する具体的な道筋を描いたものといえる。
歴史をひもとけば古典的代理出産は、日本を含め東アジアでは「子産み契約」として20世紀半ばまで存在していた。
日本では近代においても妾契約が一種の代理出産の役割を果たし、中国では清の時代にそうした出産に関する裁判の記録が残っていて、以降も事例が報告されている。
現在、世界ではさまざまな形の代理出産が行われている。
母体にとって比較的安全な人工授精型も復活し、オンラインでの依頼も普及した。精子・卵子をネットで選んで代理母を依頼し、生まれた子だけ引き取りに行くといったシステムもある。
日本では1991年、東京に「代理出産情報センター」が開設されたことで、米国人女性の身体を用いた商業代理出産が始まった。
日本人はもっぱら外国人の代理母を用いてきたが、最近はその構造も変化し、依頼者から「供給者」になりつつある。
国内での代理出産において、中国人富裕層から依頼された日本人女性が代理母になっているとの実態が、すでに16年には報じられている。
日本で合法化された場合は「無償かつ条件付き」となると思われる。
だが、無償を掲げながらも産業として普及していくことが想定される。
なぜなら、すでに無償代理出産が合法である国で、こうした事態が生じているからだ。
例えば英国は、商業化を防ぎつつ必要経費のみ代理母に支払われるという体裁をとっているが、この経費が徐々にかさみ、実質的には代理母の“報酬”になっている。
2019年の相場の中央値は、約200万円とされる。
EU加盟国ではギリシャのみ無償に限って代理出産が合法だが、現地のインバウンド産業と化している。
外国人依頼者のためギリシャ人女性が代理母となっており、支払われる必要経費は2万ユーロ(290万円)ほど。米国は先述の通りハイエンド市場で、代理母も昨今の為替相場に従えば円換算にして440万円以上を手にできる。ウクライナだとおよそ250万円。
一方、日本の非正規雇用女性の平均年収は2020年の民間給与実態調査では153.2万円であり、代理出産が貧困ビジネスとなり得る危険が大いにある。
隼人は、声を震わせながら言う。
「代理出産ということは、人工授精か」
隼人の言葉に、七海はうなずく。
すると、澄香が口を挟む。
彼女は、少し顔を青ざめさせていた。
「では。世戸達は、まだ日本では認められていない代理出産をビジネスとするために女性を集めていたんですか?」
澄香の言葉に、七海は首を横に振る。
「違うわ」
その言葉に全員が疑問を持つ。
志遠が身を乗り出す。
「どういうことです? 高額なLSDを使い代理出産をさせる女性を集めて、まさか子供に恵まれない恋人や夫婦に子供を提供したり、日本の出生率を上げるためではないでしょう」
志遠は厳しい表情で告げた。
七海は答える。
それは、志遠の想像していた答えとは違った。
七海は、全員の顔を見回してから言った。
「すでに第一陣として、14人の女性が出産をさせられているけど、報酬を支払われて解放されているわ。つまり、女性に代理出産を1度させただけで、永続的に続けさせている訳じゃないの」
七海の回答に、3人は驚く。
「赤子はどうなっている?」
隼人は深刻な顔で訊く。
「全員、母親と引き離されて里子に出さているわ。もともと、借金を重ねた女性にさせているのだから子育てなんかできる訳もないもの」
「今、第一陣と言ったな。ということは、以後も継続的に行われているということか」
先程から隼人の口調は厳しいものを含んでいた。
「ええ。すでに223人の女性が代理出産の状態にあるわ」
その回答に、隼人は舌打ちをする。
澄香は口を挟む。
「つまり、今も継続的に行われている。私と隼人は、供給ルートの一つを断った……。私達に、奴らの目的は分からないけど阻害した邪魔者と判断されたということですか」
「おそらくね」
七海は答える。
「邪魔者の排除として、あの鬼面の連中が差し向けられたということか」
それは、最も知りたかったことだった。
隼人は、七海に問う。
「口入屋。妊娠にしても出産にしても、場所が無いとできないことだ。どこで行われいる?」
隼人は口にする。それは、今回の件で一番の疑問だった。
代理出産を斡旋する会社が存在するなら、その場所を知れば、今後同様の被害を防げるかもしれない。
七海は言いづらそうに答えた。
それは、予想もしていなかった名前だった。
だが、納得もできた。
「場所は、ここよ」
七海は、スマホで検索を行い画面を見せる。
そこには、こう書かれていた。
「病院だと」
隼人は言う。
〈愛生殖医療医院〉
それは、ごくありふれた産科クリニックであると同時に、不妊治療を中心とした病院だ。
だが、ある一面は、ごくありふれた病院ではない。
代理出産に関して、先験的な意見を持った病院でもあった。
厚生労働省に、日本生殖医療学会から生殖補助医療に関する報告書が提出される。
これは、日本生殖医療学会が行った調査をまとめたもので、日本生殖医療学会のホームページにもアップされた。
その内容は、人工授精・体外受精・代理出産・生殖補助医療などに関する内容で、そのなかで、愛生殖医療医院では代理出産に関する倫理的問題を検討するために特別委員会を設置するとしていた。
そして、その委員会が発足してからわずか半年後に、その報告書は公表されていた。
その委員会の委員長は、東京大学医学部の名誉教授である百間田俊也が務めていた。
この委員会は、日本生殖医科学会の理事会で承認されたものだった。
だが、百間は委員会を発足させてから半年後という異例の早さで、その報告書を提出していた。
それだけ代理出産に対して肯定的な考えを持っていたのだ。
「なるほど。すでに受け皿があるなら、法整備が整う前から、すでに代理出産を秘密裏に実行することに抵抗はない訳ですね」
志遠は、その報告を見ながらつぶやく。
その言葉に、隼人は同意するようにうなずいた。
確かに、代理出産を行うには、それなりの施設が必要だ。
それは、精子や卵子といった生命を預かるというリスクを負うことになる。
そのため、代理出産については、慎重に行う必要がある。
特に、日本で非合法となれば、なおさらだろう。
「で? どうするの?」
七海は訊く。
「決まってるだろ。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない」
隼人は即答した。
すると、七海は笑う。
「お金にもならないのに随分と熱心ね。世の中を救う、正義の味方になるつもりはない。って言ってなかった?」
七海の笑みに、隼人は苦笑いを浮かべながら言う。
「金にならないことをするつもりはなかった。でもな、知った限りは目の前で起きているのに見過ごすことはできない。
目の前で暴漢によって子供が殺されようとしているのに、その場でソロバンを弾いて利益があるかないか考える程、俺は人でなしじゃねえ。
それに、俺は澄香との勝負もある。ことを解決しないと、また邪魔が入ることになる」
隼人の言葉に、澄香もうなずく。
隼人は続ける。
「澄香。正直な話をしておきたい。俺は、角間道長に果し合いを申し込まれた。俺が《なにがし》と知ってのことだ。角間さんは、《なにがし》を討ちたかったからだ。
その果し合いをして俺が斬ったことは認める。止めも刺した。だが、命はその場では奪っていない。これは一年前の話だ。
そして、澄香の言う一ヶ月前に、お前の両親が殺害された件については、俺は知らない。ましてや、角間さんの首を打つようなこともしていない。
それでも、お前が角間さんから最後に聞いた言葉から、角間さんが死んだ原因は間違いなく俺だ。怨んだのも当然だ」
隼人の言葉に、澄香は驚く。
「どういうこと? 一年前に隼人は、私のお父さんを斬ったのに、なぜお父さんは生きているの」
隼人は言う。
「俺は角間さんに《闇之太刀》を使ったからだ。話せば長くなるので、割愛させて欲しいが、一言で言えば《闇之太刀》は命を弄ぶ魔物の剣だ」
それは、初めて聞く事実だった。
隼人が刀を振るい、澄香の父を斬りつつも殺さなかったというのだ。
澄香はずっと、隼人が一ヶ月前のあの日、父と母を斬り、首を奪ったと真実と思い込んでいた。
だが、隼人は否定した。
「隼人。お前の言葉が真実とすれば、私のお母さんを殺したのは誰なの。それに、お父さんの首を奪ったのは何のためなの?」
澄香は問う。
隼人は少し考えたあと、答える。
「俺達が鬼面の連中に襲撃された時の話しだが、志遠が澄香を連れて脱出した際に、アイツらは言っていた、『角間の娘が』ってな。どうして、お前が角間道長の娘って知っているんだろうな?」
その言葉で、澄香は確信を持った。
「それは、お父さんのことを知っているから……。まさか、鬼面の連中が関わっているってこと?」
澄香は動揺する。
「首を落とす。ってのは、簡単なことじゃねえ。連中は、それができる刀という武器を手にしていることを考えれば、関わっていると見るべきだろう」
隼人はそう言いつつ、澄香を見る。
その視線の意味を理解して、澄香は口を開く。
「アイツらが、お母さんを殺し、お父さんの首を奪った犯人……」
澄香の声には怒りが含まれていた。
「あくまで予測だがな」
隼人の言葉に、澄香は表情を歪め拳を握る。
沈黙が続くなか、澄香は口を開いた。
「隼人。お父さんがお前のことを怨んで死んだのは事実よ。だから、私はお前を斬らなければいけない。だけど、連中がお母さんを殺し、お父さんの首を奪ったとする。
なおかつ、私と隼人の勝負を邪魔するとなれば、まずはこの件を片付けるべきだと思うわ」
隼人は、その言葉を黙って聞いていた。
「なら、一時休戦にしよう。今は、連中の企みを知ることに力を注ぐべきだ」
隼人の言葉に、澄香はうなずいた。
だが、澄香の中に複雑な思いがあった。
澄香は脇差を鞘ごと抜く。
「隼人、私と
澄香は隼人に詰め寄る。
【金打】
自分が大事にする金属製品を相手のそれと打ち合わせ、堅い約束(
近世、江戸時代の習俗で、武士はけっして違約しないという誓いのしるしに、自らの刀の刃や鍔を相手のそれと打ち合わせ、僧侶は小さな
浄瑠璃や歌舞伎の「忠心蔵」の舞台には必ず出て来るものであり、この“金打”の根底に流れるものは、約束を違えたら“死”を覚悟せよ、というもだ。
隼人は黒布から脇差を取り出す。
「俺は刀は鍔を自分の理論で外してある。だが、脇差だけは鍔をはめたままだ。それは金打を交わすことがあるかも知れないと思っていたからだ。俺は、お前に首を預けると言った。その口約束を
隼人は立ち上がり、胸の前で脇差を立てる。
澄香は縁側に座り、隼人と視線を合わせる。
「隼人。私との勝負を受け。これを決すると誓うか」
澄香の言葉に対し、隼人は真っ直ぐに答える。
「俺は澄香以外との奴との勝負は受けない」
二人は同時に脇差を一寸(約3cm)程抜く。
「金打」
申し合わせた様に、二人は口にする。
そして、脇差を納刀し鍔音をさせた。
キンッ。
乾いた音が響く。
行為は簡単だが、二人の間に固い約束が結ばれた瞬間だった。
そして、二人の視線が重なる。
お互いの意志を確認するように見つめ合う。
七海が、その様子を面白くなさそうに見ていた。
「なに、二人の世界に入ってんのよ。この事件に関して、どうしていくの?」
七海の一言に、隼人は苦笑いを浮かべながら言う。
「これは、大事な儀式なんだよ。まあ、俺達の間で交わされた契約だと思ってくれればいい」
隼人の言葉に、澄香は真剣な顔で答えていた。
「すみません。休戦に入りましたが、敵同士です。馴れ合いになりたくなかったんです」
澄香の言葉に、志遠はうなずく。剣士として二人のことは理解しているからだ。
「乗りかかった船だ。僕も協力しよう」
志遠も言う。
その言葉に、隼人もうなずく。
そして、七海は言う。意外な言葉だった。
「私も手伝うわ」
その言葉に、隼人は驚く。
「金にガメツイ口入屋がね」
七海は続ける。
「今回の一件は、私が招いたようなものだしね。それに連中のやっていることが気に食わないのもあるわ」
それは、いつもの七海らしい口調だったが、そこには真剣さがあった。七海なりの
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