天使にコンペイトウ

山田あとり


 いずみちゃんは大きい。170センチぐらいはある。正確には教えてくれない。

 私には、こそっと教えてほしいのに。


ゆいちゃんには、わかんないんだよう……」


 そう言って、ショボンてする。

 だって私は151センチしかないんだもん。これはこれで女の子としても小さくて嫌なんだよ。

 お互い羨ましがっている私たち。背が高いのはいいと思うんだけどな。スラッとしてカッコいいし、モデルとか芸能人はもっと身長あるよねえ?


「私はそういう人じゃないもん……」


 語尾にすぐ「……」がつく泉ちゃん。引っ込み思案の緊張しい。

 でも泉ちゃんはすごいんだ。陸上部の高跳び選手だよ。中学の時は県大会二位になったこともある。


「あの時はね、ちょうど男子100メートルの決勝とかぶってて、みんながそっちを見てたからコッソリ跳んだんだ」


 いやあ、ラッキー。そう言ってエヘヘと笑う泉ちゃん。

 注目されると跳べなくなるって、それでいいのか。いや、よくない。だって本当はもっと跳べるのに。



 私ね、泉ちゃんが跳ぶところ、好き。

 ふわっ、て空をすべっていくの。

 私には絶対できない、重力と遊んでいるようなあの瞬間。

 空を求めて伸び上がる身体。綺麗な腹筋と背筋と肩甲骨。


 泉ちゃんは、天使みたい。




 ある日私は陸上部の顧問に呼ばれた。臨時でいいからマネージャーをやってくれって。


「私がいれば、泉ちゃんがリラックスできるってことですか」

「そう。大会の時だけでもいいし、マネっぽいことはやらなくていいからさ」

「……それ身分詐称で失格とかなりませんよね」

「マスコット的立ち位置のマネージャーだってアリだよ、アリ」

「えええ……」


 泉ちゃんのためだからと拝み倒されて、まずは練習に参加してみた。部員にもすんなり迎え入れられる。

 つまり皆さん泉ちゃんのアガリ症を知っていて、困っていて、緊張しなければ跳べるかもと期待しているということなのか。

 で、その対策が、私? なんか間違ってる気もするけれど。


「唯ちゃあん!」


 でも泉ちゃんは軽やかに私の所へ走ってきた。ムギュ、と抱き寄せられると身長差が理想のカレカノ。短髪の泉ちゃんに包みこまれて、ちょっとドキドキしちゃうぞ。


「唯ちゃん、ここ、立ってて」


 連れて行かれたのは着地用マットの脇だった。目の前のポールに渡されたバーは、私の身長を軽く超える高さ。下から見上げてびっくりしちゃった。

 泉ちゃん、これを跳ぶんだ。


「ここにいてくれれば、跳ぶ時に唯ちゃんのことだけ見てられる」

「こんな所にいていいの?」

「試合ではダメかなあ……でも今日はこれで練習させてよぅ」


 へにゃ、と笑って泉ちゃんは向こうに行った。


 ジャージを脱ぎ、いつもうつむきがちな頭を上げる。

 手足をブラブラしてほぐす。

 地面の助走マーカーを確認する。

 バーを睨む。

 そして私を見る。嬉しそう。

 身体をグイングインと前後に漕ぐと、泉ちゃんはもう私を見ず、空へと駆け出した。


 ト、トン、トーン!

 軽く踏み切っただけなのに、泉ちゃんは天に舞い、私の遥か上で風になる。


 蒼穹を遮り私に影を落とす、重力のくびきから逃れた身体。


 ほら。

 やっぱり泉ちゃんは、天使だ。




 帰り道、泉ちゃんは嬉しそうだった。唯ちゃんがいたら本当に跳べた、て。

 私なんて小さくて、バーよりもずっと低い所にいたのに。泉ちゃんが跳ぶ空に私はいないのに。

 それでもいいのかな。


「いいんだよう、唯ちゃんのことが見えなくても。そこにいるのがわかっていれば」

「私、そんなにいいモノじゃないデス」

「ううん、ご利益あったよ。道端のお地蔵さまレベル」

「お地蔵さんかいっ」


 泉ちゃんは天使なのに、私は地蔵? そりゃ、ちんまりしてるけど。

 神も仏も何でもありの国だから、まあいいか。ご利益、ご加護、ドンと来いだね。


「はい、お供え」


 泉ちゃんが開けた袋を差し出した。金平糖。供えられちゃあ仕方ない、私も地蔵だ、一粒もらおう。


「甘ぁい。疲れに染み渡るぅ」

「え……唯ちゃんは見てただけじゃあ」

「慣れないことすると疲れるんだもん」

「ならもう一個、お供えするよ」


 ありがたくいただいた金平糖は、空にかざすと夕暮れの一番星のようだった。

 泉ちゃんにぴったり。


 高みへと跳ぶ泉ちゃん。星の世界まで跳んでいく、私の天使。うん、大会の日は金平糖を差し入れようっと。

 私がそばにいられるかわからないけど、可愛いお星さまの詰まった袋が手元にあれば大丈夫かな。大丈夫だといいな。


 緊張したら、一粒食べてね。きっと甘くて笑っちゃうから。

 疲れたら、一粒食べてね。今日の帰り道を思い出して嬉しくなるから。

 泉ちゃんには星みたいにきらきら光ってほしいなあ。


 綺麗にバーを跳び越えた私の天使はマットの上でポスンと転がる。そして、きっと私を探すだろう。それから天界の笑顔を見せるんだ。私は指でOKってして応えるよ。あ――やっぱり私、お地蔵さまかも。


 大会の日の、そんな光景を想いながら、私は金平糖を口に放り込んだ。

 とろける砂糖は甘くて甘くて、甘かった。


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天使にコンペイトウ 山田あとり @yamadatori

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