第23話 弱点

「ぐっ……!!」


 俺は馬型の亡霊ゴーストに斬りかかったが、足で蹴り飛ばされてしまう。


(なんでっ……。首が飛んでから動いたから見えていないはずなのにっ……!!)


 なぜここまで正確に俺に蹴りを入れられたのかが不明だった。俺は建物まで飛ばされる。


「……清水さんっ!!」


 すぐに立ち上がり、清水さんの姿を追う。


「ぐううう……」


 清水さんは大剣を盾にして、馬型の亡霊ゴーストの猛攻を防いでいた。


「はぁぁっ……!!」


 このままだと大剣が壊されると思った俺は鋏を発射する。しかし、4本の腕の内の1本で弾かれる。山本さんも狙撃で援護してくれているが、器用に躱す。


(やはり、見えている……?いや、心力マナを探知する能力にも優れているのかっ!!)


 首から上が飛ばされているため、視覚が完全に遮断されている馬型の亡霊ゴーストがここまで正確にこちらの位置を捉えているとなればそうとしか考えられない。


(まずいっ!!)


 馬型の亡霊ゴーストから心力マナが異常に放出される。間違いなく止めを刺そうとしている。


(間に合わないっ……!!)


 清水さんの近くまで一緒に行って防御をしたいが、どう考えても間に合わなかった。


「ぁぁっ……!!」


 俺は清水さんを囲うように防御を展開する。


 

 ガガガガっっ!!!!



 馬型の亡霊ゴーストが防御を削る。


「ぐぅぅぅっっ!!」


「はぁぁぁぁっ!!」


 俺と清水さんは必死で防御を固める。しかし、馬型の亡霊ゴーストの一撃によって防御は破られてしまう。


「がぁ…………!!」


「し、清水さんっ……!!」


 馬型の亡霊ゴーストの一撃は無残にも清水さんの胸を貫く。


「………………」


 清水さんは動かない。馬型の亡霊ゴーストはそのまま銃弾が飛んできた方向に向かって清水さんを投げる。ものすごい勢いで清水さんは飛んでいく。


「清水さんっ!!山村さん、雪城さんっ!!」


 山村さんのいる場所は穴が空いているのが見えた。


「こっちは……なんとか大丈夫だ……。ただ、凛ちゃんは……もう戦えない……」


「……わかりました」


 おそらく反転状態が解除されたのだろう。俺は馬型の亡霊ゴーストから距離をとる。


(どこまでこちらを感知できる……?距離をとれば精度は低くなるはず……)


 馬型の亡霊ゴーストの動きが止まる。やはり感知の精度が落ちているようだ。しかし、このままだとせっかく与えたダメージを回復されてしまう。


(……いや……ここは引くべきだ……)


 俺は馬型の亡霊ゴーストを注意深く見ながらさらに距離をとった。


「清水さんの意識はありますか?」


「……ない」


「そうですか……。撤退しましょう」


「ああ……」


「作戦通り俺が残ります」


「………………しかし……」


 山村さんは言葉に詰まる。


「奴と戦って時間を稼げるのは俺しかいません」


「……………」


「なら、私もっ……」


「ダメだ。撤退だ。山村さんが清水さんを背負っていくことになると戦えない。もし亡霊ゴーストに襲われれば、2人が危なくなる。2人を守るのが雪城さんの役目だ」


「っ……」


「早く撤退してください」


「ああ、すまない。撤退する」


 山村さんの声は悔しそうだった。


「安心してください。無茶はしません」


 俺は再び馬型の亡霊ゴーストに接近する。


(回復が早い……。あと3分もしないうちに全快できそうだ……)


 馬型の亡霊ゴーストの首はどんどん再生している。


(さて……どれだけ時間稼ぎができるか……)


 さっき山村さんにさらっと俺が時間を稼ぐというようなことを言ってしまったが、正直ノープランだ。どうやって時間を稼げるかが全く思いつかない。だからこそ、回復しているのを眺めているのだ。


「…………ま、やれるだけやるか……」


 一番の問題は残りの心力マナがだいぶ少ないことだった。先ほどの戦闘で心力マナを使い過ぎたのだ。

 俺はそもそも心力マナが多い方ではない。死神の平均値を下回っているレベルだ。これは俺の最大の弱点であろう。死神の平均の最大心力さいだいマナ値が6,000M《マインド》と言われている。俺の数値は約4,000M《マインド》だ。なので豪快な戦い方はできない。ちなみに山村さんが6,500M《マインド》で、清水さんが8,000M《マインド》、茜さんが22,000M《マインド》、そして雪城さんは24,000M《マインド》だ。俺がいかに低いかわかるだろう。心力マナ値は生まれつきの才能のため基本的に伸びることがない。


(…………あれをやろう)


 俺には奥の手があった。しかし、危険が大きい。俺は右手を胸に置く。俺の身体から青い心力マナが放出し始める。


「我が心、今ここに顕現せよ」


 俺は静かに言葉を述べる。


「煌めく星は遥か彼方から我らを見下ろす。距離は無限と思えるほど遠く、遠く、遠く……誰の手にも触れない不変なるもの。銀狼は煌めく星を睨み、大きく吠える」


 俺は目を閉じる。


「銀崎君っ!?」


 緑野さんの慌てた声が聞こえる。しかし、俺はそれを無視する。


「その咆哮は闇夜に響き、空を裂き、星を呼び寄せる引力となる。その鋭き爪で星を裂くために。明確な理由はなく、ただ本能で星を求める。届かぬものだからからこそ求めるのだ」


 そして、青い心力マナが俺の身体に集まっていく。


「アル……」


「……待ってくださいっ!!」


「!!」


 俺は言葉を止める。


「雪城さん……」


 目の前には雪城さんがいた。


「……なんで来たんだ?俺は山村さん達を護衛するように言ったはずだ」


「…………はい。その通りです」


 雪城さんは俺を睨むように見る。その瞳には怒りがこもっていた。


「山村さん達は緑野さんが上手く誘導してくれますし、車まではそこまで遠くありません」


「それは2人から離れていい理由にならない」


「銀崎さんはいつもそうです。自分よりも他人を優先する」


「今、一番危険なのは清水さんだ。優先するのは間違っていない」


「っ……!!言ってくださいよっ!!あいつを倒すから手を貸してくれと」


「何を言って……」


 会話が噛み合っていない気がした。


「俺達なら倒せると……。私をその気にさせてくださいよっ!!」


「…………」


「銀崎さんがそう言ってくれれば……私はいくらでも命を張りますっ!!どんな強敵にだって怯みはしません。あなたがいれば、私はどれだけでも強くなれますっ……!!」


 俺は何も答えられない。確かに俺は雪城さんであればステージ3の亡霊ゴーストとも渡り合えるようになれると思っていた。しかし、それはあくまで将来の話で今すぐは難しい。雪城さんには圧倒的に経験が不足していると思っていた。


「それとも私は相棒パートナーとして信用できませんか?」


「…………いや、信用できるよ」


「私にも戦わせてください」


「…………わかった。頼む」


 俺は改めて覚悟を問うことはしなかった。彼女の目からは十分に覚悟を感じられた。


「どうしますか?」


「ここで奴を仕留める」


「…………はい」


「こいつを放置するのは危険すぎるし、そもそも速度的に逃げるのは難しい。だから、ここで仕留める。俺と雪城さんなら……できるはずだ」


「はいっ!!」


 馬型の亡霊ゴーストを見ると切った首はほとんど再生していた。すぐに戦闘は始まるだろう。細かい作戦を立てる時間がない。そうなると作戦は限られてくる。


「…………」


 しかし、馬型の亡霊ゴーストに並の作戦では歯が立たないことは先程よくわかった。


「ちょっと……銀崎君……。本当にやるつもり?」


 緑野さんが俺に確認をする。


「ええ。このまま放っておくこともできません」


「それは……そうだけど……」


「通信、切りますね」


「まっ……」


 俺は緑野さんとの通信を切った。


(ゴメン、緑野さん。でも、ここでやらなくちゃいけないんだ。俺が……双園市を守るんだ……!!)


 あとで怒られるだろうが、今はそんなことを気にしないでいいだろう。

 

「俺の動きに合わせることはできるな?」


「……やります。やってみせます」


「防御に回っては不利になる。攻めの手で奴を上回り、攻撃する暇を与えないようにする。今回はどちらが囮とかはない。どちらもが囮であり攻撃役だ。敵の攻撃は各々で回避する。防御ではなく回避だ」


「わかりました」


 作戦は以上だった。そもそもこれを作戦と言っていいのかも怪しいが……。


「よし……いくぞ」


「ちょっと待ってください」


「何?」


「その場で止まってもらっていいですか?」


「…………ああ」


 雪城さんは俺の胸に手を当て、目を閉じる。


「これは…………」


 俺の身体に心力マナが流れ込んでくる。


「茜さんから銀崎さんは心力マナが多くないと聞きました。さっきの戦闘でだいぶ心力マナを使っていたので補充しておいた方がいいと思って」


「こんなこと……いつの間に……?」


「やったのは今回が初めてです。私の一番の強みは心力マナの多さだと思っています。少しでも一緒に戦う人の役に立ちたいと思って」


 自分の心力マナを人に渡すことができる人は本当に少ない。やはり雪城さんは普通じゃない。


(……天才っていうのは……こういうのを言うんだろうな……)


 俺は天才ではない。死神としての才能は並だろう。経験と想像力で誤魔化しているだけだ。


「……助かった。いくぞっ!!」


「はいっ!!」


 もう俺は負ける気がしなかった。

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