第15話 初実戦

「よし、行こうか」


 雪城さんが俺の出した試験に合格して2日後、雪城さんの初実戦の日となった。雪城さんが死神として訓練を始めてから約1ヶ月になる。


「……はい」


 黒いコートを羽織った雪城さんが少し緊張した様子で返事をした。


「2人1組で戦う時には片方がメインで攻撃する者と、援護する者に分かれるんだ。どちらをしたいか希望はある?」


「できれば……攻撃をさせてもらいたいです」


「……理由を聞かせてもらっていい?」


「自分の甘さを断ち切るためです。ここで少しでも後ろ向きな選択をすれば、覚悟が鈍ってしまうかもしれません」


 雪城さんの言葉には熱がこもっているように感じた。


「わかった。俺が援護に回る。ただ援護は決して後ろ向きな選択じゃないよ。むしろ、囮になったり危険も多い。それだけはわかっておいてね」


「あっ……すみません……。そういうつもりじゃなかったんですけど……」


「わかってるよ。命を奪うということから逃げたくないってことだよね?」


「……はい」


「じゃあ、目的地に向かおう。人は多くないとはいえ、見られるのは良くない。反転状態になっておこうか。移動に失敗して骨折とかしても嫌だしね」


「そうですね」


 雪城さんの移動にはまだ不安があった俺は始めから反転状態になることを提案した。雪城さんの心力マナ量であれば心力マナ切れを起こすこともないだろう。


「「反転リバース」」


 俺達は反転状態になり、動き出す。


「ここから直線距離で3キロ付近に亡霊ゴーストの反応がある。この場所は確か小学校が付近だな……」


「校舎内に入られると探しにくくなりますね」


「ああ。行ってみなければわからないが、学校内に入る目的もないだろう」


「人がいないからですよね?」


「そうだ。本命は小学校周りの民家だろうな」


「急ぎましょう」


「移動は問題なさろう?」


「はい。もうコツは掴みました」


 俺はそこまで早い速度で移動していなかった。雪城さんは普通についてきているので速度を上げても問題なさそうだ。


「速度を少し上げよう」


「お願いします」


 その後速度を上げたが、雪城さんはしっかりとついてきた。


「反応はここら辺のはずだな」


 俺は周りを見渡して、亡霊ゴーストを探す。


「家の中に入っているんですかね?」


「かもしれない」


「コートを取りますか?」


「そうだな。1軒1軒ちまちま探すよりもおびき出した方が早いだろう」


 俺と雪城さんは黒いコートを脱ぐ。黒いコートを取り、俺たちの心力マナ亡霊ゴーストを釣ろうとする作戦だ。


「…………来た……」


「ああ……。来たな」


 民家の中からゆらりと黒い霧に覆われた亡霊ゴーストが姿を現す。天馬西地区で戦った鬼型の亡霊ゴーストのように死神と戦おうとしない亡霊ゴーストもいる。ただ、それはかなり少ない。亡霊ゴーストの大半は死神を心力マナを集める邪魔をする奴らと認識しているようだ。なので死神を見つけたらほとんどの亡霊ゴーストは襲い掛かってくる。


「ジェガァァァァ……!!」


 黒い霧をまとった亡霊ゴーストが俺たちに向かって突進してくる。


「飛べっ!!」


「は、はいっ!!」


 俺の指示で雪城さんが大きくジャンプをする。


(よし……動けているな……)


 初めての実戦で亡霊ゴーストと敵対し、恐怖で身体が固まって動けなくなるものもいる。最悪最初の一撃で殺されるということにつながる。


(一度実戦を見せて正解だったな。山村さんにお礼を言っておかないとな……)


「大丈夫か?」


「はい。行けます」


「恐怖心は必要だが、必要以上に怯えなくていい。恐怖心に飲み込まれると死ぬぞ」


 反転状態で首を切られたり、心臓を刺されたりしても実際に死ぬわけではない。しかし、魂は傷つく。死を強く感じさせられると魂が肉体に戻れずに死んでしまうこともある。相手に強く恐怖しているという状態はまさにその状態だ。


「……はい。あっ……黒い霧が……」


「あっちも戦闘モードに入ったってことだな」


 黒い霧が晴れ、亡霊ゴーストの正体が明らかになる。


「蟹……か。硬そうだ」


 その正体は3mほどの蟹だった。右側のハサミがかなり大きい。私たちは一旦距離をとる。


「打ち合わせ通り、俺が先に突っ込んで隙を作る。腹にあるコアは見える?」


「……見えます」


「あれを壊すのが雪城さんの役割だ。問題ないか?」


「……は、はいっ!!形成クラフト!!無垢ピュア白竜ドラゴンティアーズ!!」


 雪城さんは返事と同時に白い鎌の心器しんきを作る。


「いけると思ったら飛び込みます。そこまで早く動くようには見えませんし」


「それは油断だ」


「えっ……」


「確かに見た目は蟹だが、蟹の動きをするとも限らない。俊敏に動くこともあれば、大きくジャンプする可能性もある。亡霊ゴーストは常識を超えた動きをしてくるということを覚えておいて欲しい」


「あっ、はい……。すみません……」


「…………」


(少し、いや……かなり緊張しているな……)


「本当に大丈夫か?無理をする必要は……」


「……大丈夫です。いけます」


「…………そうか。深呼吸をして少し落ち着こう」


「はい……ふうーーーー」


 雪城さんは深く深呼吸をする。


「落ち着いた?」


「……はい。すみません」


「いいんだ。初めての実戦緊張しないわけがない。何があっても俺がカバーするから心配しなくていい。雪城さんはコアを砕くことだけを考えればいい」


「ありがとうございます」


「死神にとって一番の武器は何だと思う?」


「えっ……心器しんきじゃないんですか?」


 雪城さんは手に持っている心器しんきを見る。


「もちろん心器しんきは大切な武器だ。でも、一番じゃない。ちなみに心力マナでもない」


 俺は頭を指さす。


「大切なのはイメージだ。発想力や想像力も近いかな。勝てる自分をイメージするんだ。現実ではありえないことも死神ならできる。自分のイメージで相手のイメージを塗り潰せ」


「…………」


 雪城さんはピンと来ていないようだ。それも仕方ないと言えば仕方ない。


「いくよ」


「は、はいっ……」


形成クラフト!!鳳凰紅蓮刀ほうおうぐれんとうっ!!」


 俺は蟹型の亡霊ゴーストに向かって飛び込む。俺は刀の心器しんきを形成する。


(まずは……足っ!!)


 足を切り落として動けなくするというのは鉄則だった。


「ジャァァァ!!」


 蟹型の亡霊ゴーストが俺をめがけて右のハサミを振り落す。俺はそれをひらりと交わし、左側の足を切り落とす。蟹型の亡霊ゴーストの態勢が崩れる。


「はぁぁっ!!」


 雪城さんが飛び込んでくる。


(いいタイミングだ)


 雪城さんは鎌の先で腹にあるコアを狙う。しかし、コアに当てることができない。


「うっ……。もう一度っ!!」


 次はコアに当てる。しかし、コアの周りは硬いらしく、鎌は弾かれてしまう。


「ジュラァァァ!!」


 反撃と言わんばかりに蟹型の亡霊ゴーストが雪城さんに向かって体当たりを繰り出す。


「あっ……」


 雪城さんは動けない。


「っ……ぅうっ!!」


 俺は雪城さんの前に立ち、全体防御を繰り出す。衝撃までは完全に消せず、俺は少しダメージを負ってしまう。


「はぁっ!!」


 体当たりの勢いが止まったのを確認し、俺は右のハサミに向かって飛ぶ。


「おおっ……!!」


「ガァァァ……!!」


 俺は右のハサミを切り落とす。


「今だっ……!!」


 雪城さんは一瞬ハッとしたような表情を浮かべるが、すぐにコアを狙う。


「やぁぁぁぁぁっ!!」


「ジュラぁァァァァ!!!!」


 コアに鎌の先は当たっているが、コアを破壊するまでに至っていない。蟹型の亡霊ゴーストは断末魔を上げ、暴れる。


「もっと深く突き刺してっ!!」


 俺は大声で指示を出す。


「は、はいっ!!」


 雪城さんはさらに鎌の先をコアに押し込む。


「お願いっ……割れてっ……!!あっ……」


 雪城さんの願いが届いたかのようなタイミングでコアが割れる。


「……よし……」


 俺はほっと胸をなでおろす。蟹型の亡霊ゴーストは動かなくなり、身体の崩壊が始まる。


「銀崎さん大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫。防御したから」


「すみませんでした。私がコアを壊せなかったばかりに……」


「確かに少し躊躇していた気がするけど、それは気にしていない。むしろ俺がもっと隙を作るべきだった」


「いえ……そんなこと……」


「それよりもだ。一度外して反撃が来た時に動きが止まっただろ?」


「…………はい」


亡霊ゴーストとの戦いで絶対に動きは止めちゃダメだ。止まったらやられると思った方がいい」


「……すみません」


 雪城さんはわかりやすく下を向く。


「…………でもそのあとの攻撃でコアを砕けたのは見事だった」


「え……」


「何で驚いてるの?俺が褒めるのはおかしい?」


「いえ……そういうわけでは……」


「確かに今回の戦闘は動きは硬かった。でも、雪城さんは亡霊ゴーストにしっかりと止めをさした。自分の仕事をやり遂げたんだ」


「…………。」


「初めての実戦では練習のように上手くいかないという人が多い。それは初めてだから当然だ。でも、雪城さんはしっかりリカバリーした。これは褒められるべきことだよ」


「……あれ……なんで涙が……」


 雪城さんの目から涙がこぼれる。


「すごく……怖かった……です」


 誰だって命を奪うのは怖いことだろう。俺も初めて命を奪ったことを実感した時恐怖感を覚えたものだ。


「……よく頑張ったな」


「っ……!!」


 雪城さんが口に手を押し当てる。そして、目から涙が零れ落ちる。


「……ぅっ……うううっ……」


 色々なものから解放されて安堵したのだろう。雪城さんは声を押し殺し泣く。


「…………」


 俺は雪城さんになんて声をかければいいのかわからず困惑する。


(……そうだな……。雪城さんは1ヶ月以上前は普通の生活をしていたんだもんな……)


 記憶がないとはいえこんな殺伐とした世界で生きていなかったはずだ。


「すみ……ません……。涙、止まらなくて……」


「……いいんだ。泣けるときに泣けばいい」


「えっ……」


「泣けるっていうのは感情が残っている証拠だ。人間が感情を失ってしまうと泣けなくなってしまうんだ」


 俺はまだ泣ける人間であろうか?最後に泣いたのは赤羽さんが死んだ日だ。それ以降俺は泣けなくなった。結局雪城さんは5分ほど泣いていた。


「さ、帰ろうか」


「……すみません。見苦しい姿を見せてしまって……」


 雪城さんは少し恥ずかしそうだった。


「気にしないで。あっ、そうだ。1つ雪城さんに言っておきたいことがあったんだ」


 俺は雪城さんと向き合う。


「雪城さんは一人前の死神だ。これからよろしく」


 そして、雪城さんに手を伸ばす。


「……はい」


 俺と雪城さんは握手を交わした。

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