第14話 強い目

「ただいま戻りました」


 鬼型の亡霊ゴーストを討伐した後にそのまま天馬西基地を出発し、俺は数日ぶりに双園基地に戻ってきていた。


「お帰り。大活躍みたいだったね。鮫島所長が褒めていたよ。彼が褒めることなんてめったにないんだ」


「確かにそんなイメージないですね」


 あの厳しそうな鮫島所長が俺を素直に褒めるとは確かに思えなかった。


「なかなか厄介な亡霊ゴーストだったみたいだね」


「こちらはどうでしたか?」


「特に問題はないよ。そんなにヤバい亡霊ゴーストも現れていないよ」


「なら、良かったです」


「ところでわざわざ報告に来てくれたのかい?」


「それもありますが……雪城さんの様子を見に来ました」


「……そうか……」


 生田所長の表情が曇る。俺が天馬基地に行く前に雪城さんにしたことを誰かに聞いたのだろう。


「あの……」


 俺が口を開いた瞬間だった。


「僕は銀崎君に何か言うつもりはないよ。雪城さんの修行は君に任せたんだ。思う通りやって欲しい」


「……はい。それでは失礼します」


 俺は所長室を後にした。


(何も感じないわけないだろうな……)


 俺のやり方は前時代すぎる。ゼロか百か極端であるとわかっていた。それでも俺はあのやり方を選んだ。所長室を後にした後、俺は雪城さんがいるであろうトレーニングルームに向かう。


「………………」


 トレーニングルームに雪城さんはいた。彼女を見て俺は一目でこの前とは違うことがわかった。目は腫れ、身体は痣がたくさんできていて、ボロボロだった。しかし、強い目をしていた。


「……お久しぶりです」


「ああ。久しぶり。じゃあ……始めようか。反転リバース


 世間話をするわけでもなく俺は反転状態に入る。


「……はい」


 雪城さんの手に白色の光が集まっていく。


形成クラフトっ!!無垢ピュア白竜ドラゴンティアーズっ!!」


(…………鎌か……。なるほど……。しかも……真っ白か……)


 以前は刀を出したが、今回は持ち手の長い鎌だった。それも真っ白のだ。海外で死神の武器といえば鎌で満場一致するほど死神に鎌というのは定番の組み合わせだ。日本でも鎌を使う死神はそれなりにいる。


「!!」


 雪城さんは一気に俺に接近してくる。


(……移動も上手くできるようになったな……)


 以前提案した移動する方の反対方向に心力マナを逆噴射するという方法も使っていない。俺がいない間に相当練習したのだろう。


「っ……!!」


 接近した雪城さんが一瞬唇を噛む。同時に目も細くなる。しかし、完全には閉じず俺をしっかり見ている。


(…………それでいい)


 命を奪うことは辛いことだと彼女はしっかりとわかっているようだ。ここを間違えると殺人快楽者、または何も感じれない死神になる。死神の中には命を奪うことを楽しんでいるものもいるし、無表情で命を奪う者もいる。彼女にはそんな死神にはなって欲しくなかった。


「……ぅ……!!」


 白色の鎌は俺の首を捉え、綺麗に吹き飛ばす。瞬間、俺の反転状態は解除された。


「…………合格だ。明日から俺の相棒(パートナー)として一緒に外に出よう」


「……はい。ありがとう……ございました」


 雪城さんは深々と頭を下げた。


「…………よく頑張ったな」


「……えっ……」


「今日はゆっくりと休んで心力マナの回復に努めた方がいい。相当練習したんだろ?だいぶ心力マナが少なくなってる」


「はいっ!!これからもよろしくお願いします」


「……ああ……」


 俺はくるりと身体を回転させ、トレーニングルームの出口に向かう。


「ありがとうございました!!」


 雪城さんが大きな声でお礼を言っているのが聞こえた。俺は背を向けたまま右手を軽く上げる。


「…………」


 俺はトレーニングルームを出て、普段は使われていない部屋に向かう。


「はあっ……ぁっ……うううっ……」


 身体はふらふらだった。


(……強烈だったな……)


 雪城さんの一撃は強力だった。身体が一瞬でボロボロになるほど強烈な死を俺にイメージさせた。果たして彼女はこれに気づいているのだろうか?


「あっ……」


 俺は躓き、こけそうになってしまう。


「大丈夫か?」


「……山村さん……」


 山村さんは俺を受け止め支えてくれていた。


「……お疲れ様」


「緑野さん……」


 反対側からは緑野さんが肩を貸してくれていた。


「このまま旧医務室に向かうね。寝れるように準備はしてあるから。雪城さんは知らないから安心して」


「…………ありがとうございます」


 俺の意識はそこで途切れた。



 ーーーーーーーーーー



「ん……」


 目を覚ますと俺はベッドの上で寝ていた。


「いてっ……てて……」


 俺はベッドの上で上体を起こす。


「無理に起きちゃダメだよ。銀崎君の身体は本当に死んだのと同じ痛みを受けているんだから」


 ベッドの横では緑野さんが椅子に座っていた。


「……大丈夫……です」


「もう……仕方ないんだから……。何か飲む?」


「水が……欲しいです」


「ちょっと待っててね」


 緑野さんは立ち上がり、冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出して俺に渡してくれた。


「ありがとうございます」


「あっ……」


 俺はペットボトルを受け取ろうとするも、受け取れなかった。そしてそのまま地面にペットボトルが落ちる。


「…………」


「ほら、身体に力入っていないよ」


 緑野さんは落ちたペットボトルを拾う。


「……すみません」


「開けられないでしょ」


 結局俺は緑野さんに水を飲ませてもらう形になってしまった。さすがに恥ずかしかった。


「山村さんは待機室ですか?」


「うん。2人いないと雪城さんに怪しまれるでしょ?」


「……そうですね」


「どうだった?雪城さんは?」


「……もう大丈夫です。覚悟を決めたみたいでしたし。明日から実戦に出します」


「……せめて明後日にして。銀崎君の身体が一日で本調子に戻れないでしょ」


「でも、もう雪城さんに言っちゃったし……」


「なんとでもなるでしょ」


 緑野さんは俺を睨む。


「明後日にして」


「…………はい」


 俺は緑野さんに押されて頷く。


「あと、ありがとうございました。俺がいない間に雪城さんの修行見てもらって」


「ううん。私、ほとんど何もしていないよ。雪城さんに一番必要だったのが覚悟だった。私はそれの手助けをしただけ」


「……何をしたんですか?」


「4年前のことを話したの」


「!!」


 俺は驚く。4年前の事件で緑野さんも心に大きな傷を受けていて、忘れたい過去のはずだ。


「私は雪城さんに銀崎君の覚悟を知っていて欲しかったの。だから、話したの。銀崎君が本気で彼女を鍛えようとしていることはわかっていたから。銀崎君は彼女を一人前の死神にするつもりなんでしょう?」


「……はい。雪城さんの潜在能力は茜さんより上だと思っています。磨けばこの先必ず大きな戦力になります」


 俺は断言した。彼女のまっすぐな思いを一番近くで感じた俺だからこそ言えることだった。


「そうだね。もう……あんなこと嫌だもんね……」


「……はい」


「ねえ……私のこと恨んでる?」


「…………4年前のことを蒸し返すのはやめませんか?お互い……思い出したくないことが多いですし……」


 4年前の話をして良い方向に転がる気がしなかった。


「……わかってる。でも、私もいつまでもこのままじゃダメだと思うの。新しいメンバーも入って、双園基地も色々と変化していってる。私も変わらなくちゃ……。前を向かないとね……」


「…………」


 緑野さんは今だ過去に囚われ続けている。俺もそうだ。


「雪城さんが恐れながらも前に進む様子を見て、私も前に進まないといけないなって思ったんだ」


「そう……ですね……。死んだ人は戻って来ないんですから」


「仁君、私と一緒に……前に進んでくれる?」


 緑野さんが俺の方に手を伸ばす。下の名前で呼ばれるのは久しぶりだった。


「それは……もちろんです」


 俺は緑野さんの手を握る。


「俺はけいさんのことを恨んでいません。むしろ俺の方が恨まれているんじゃないですか?すいさんを殺したのは俺ですよ」


 4年前に寄生型の亡霊ゴーストに寄生され双園基地の隊員を殺したのは緑野さんの双子の姉の緑野みどりの すいさんだった。

 俺が寄生型の亡霊ゴーストに寄生された彗さんが双園基地に侵入したと聞いたのは、他エリアの応援任務から帰ってきている時だった。俺は急いで双園基地に戻った。しかし、すでにオペレーターの犠牲者は出ていて、奎さんと亡霊ゴーストに寄生された彗さんが戦っている時に俺は基地に戻った。明らかに奎さんは動揺していて、不利なのは明らかだった。俺が到着した瞬間に奎さんが隙を作ってしまい、殺されそうになった。もちろん俺も助けようとしたが距離的に間に合わなかった。そんな奎さんをかばったのは俺の師匠であり、当時の双園基地の所長の赤羽あかばね らんさんだった。俺は師匠が身体を貫かれた直後に彗さんの首を刎ねた。俺が彗さんを殺したのだ。そして蘭さんは彗さんの心器しんきを心臓に受けたのが致命的になり、その日のうちに亡くなってしまった。


「……そんなわけないよ」


 俺の手を握る緑野さんの手に力が入る。


「私達が2人のことを引きずっていることを姉さんも赤羽さんも望んでいないと思う」


「……でしょうね。蘭さんは絶対怒るでしょうね……」


「きっと……姉さんも……」


「……はい」


「変わろう。私達」


 そう言った緑野さんの目はいつもより輝いているように見えた。


(……俺は……前に進むことが……できるだろうか……?)


 俺は緑野さんの言葉に返事をすることができなかった。

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