第13話 隠し事

「今回はご苦労だった」


 鬼型の亡霊ゴーストを倒した後、俺は天馬基地に戻り、鮫島所長に報告をしていた。部屋には永田副所長と茜さん、篁さんもいた。


「いえ、天馬西基地の皆さんのおかげです」


「謙遜するな。鬼型の亡霊ゴーストを倒せたのは間違いなく銀崎の手柄だ」


「そうだよ。銀崎君がいなかったら発見すらできていなかったかもしれないんだから」


「……ありがとうございます」


 これ以上話しても嫌味に受け取られてしまうそうだったので俺は素直にお礼を言う。


「でだ。今回の鬼型の亡霊ゴーストについて銀崎と火村、篁に話を聞いておきたい。報告書の作成は篁に任せるが、私達も今回の鬼型の亡霊ゴーストについて知っておいた方がいいだろうからな」


「そうですね。今後似たような亡霊ゴーストが出現する可能性もありますし、共有しておいた方がいいですね」


「まずは今回の鬼型の亡霊ゴーストはステージ3ではなかったか?」


「はい。こちらが誘い出された時はステージ3まで進化しているのかと思ったのですが、戦闘力はステージ3には達していないと感じました。そこは実際に戦った茜さんにも聞いた方がいいと思います」


 鮫島所長の視線が火村さんに集中する。


「私も同意見ですね。ステージ3であればもっと硬いですね。それに私に一瞬怯む様子もありました。ステージ3であればそんなことはないです」


「わかった。ステージ2として報告書を作成してくれ」


「はい」


 亡霊ゴーストのステージは数値を取って判断することはできない。実際に戦って能力や強さで判断するしかない。


「すみません。ステージに関して意見があるのですが、いいですか?」


「もちろんだ」


「確かに戦闘力に関してはステージ2であることに間違いないと思いますが、知能に関して言えばステージ3に近いとも感じます。分身を出して心力マナを集めるという方法や黒い霧を囮に使うなどステージ2にしては頭脳的すぎました」


「ふむ……ステージ2.5といってもいいかもしれないな」


「わかりました。報告書にもそう書いておきます」


 その後も俺たちは鬼型の亡霊ゴーストとの戦闘を詳しく報告した。


「こんなところだな。篁、報告書は十分に書けそうか?」


「はい。問題ありません」


「では……これで……」


「1ついいでしょうか?」


 話が終わろうとした時、茜さんが話を切り出す。


「ああ」


「今回の鬼型の亡霊ゴーストですが、ずっと引っかかっていることがあります。それはステージ2への到達の速さです」


「…………」


 実は俺も気になっていたことだった。


「最初にうちの隊員が鬼型の亡霊ゴーストに遭遇した時には間違いなくステージ1でした。しかし、次の日には分身が発生しました。ということは1日でステージ2に進化したと思われます。このスピードは異常です」


「前日に討伐できなかった亡霊ゴーストはいなかったはずだな?」


「はい。鬼型の亡霊ゴーストが最初に目撃された前日はすべての亡霊ゴーストを討伐していました」


 永田さんが答える。


「確かに異常ではあるな。一日でステージ2に進化するとなるとよほどたくさんの心力マナを集めるでもしないと難しいだろう」


「最近一般人の被害が出たという報告は上がっていませんので、一日で心力マナ集めたということはないでしょうね。となると……」


「遭遇した当初からステージ2に近かった、または急激に心力マナを集めたのではないかと私は考えています。」


「最初からステージ2に近いとなると別の地区から移ってきたということが考えられるか……」


「その可能性もありますが、私は後者ではないのかと考えています。具体的にいうと亡霊ゴースト同士による共喰いです」


「…………なるほどな……」


「確かに色々と説明はつきますね。共喰いをしたとなるといきなり戦闘能力がいきなり跳ね上がった理由も納得できます」


 亡霊ゴースト同士が共喰いするということは普通に起こりうることだ。


「仁君はどう思う?」


「……俺は茜さんの共喰いというのは違うのでないかな……と考えています。共喰いをするのは知能が上がったステージ2以上が多いです。ステージ1の亡霊ゴーストが偶然出会い共喰いをするということも起こりえないわけではありませんが、亡霊ゴーストを上手く討伐できている天馬地区では起こりにくいと思います」


 ステージ1の亡霊ゴーストが共喰いをする時、それは偶然亡霊ゴースト同士が鉢合わせした時だけだ。ステージ1の亡霊ゴーストが自ら共喰いをするために近づくとは考えにくい。亡霊ゴーストの討伐が追い付いていない地域では共喰いが日常茶飯事起こっているという。


「その指摘は正しいと思うけど……」


「鮫島所長の言っていた他の地区から来たという方が可能性は高いとは思っています。レーダーから上手く逃れた可能性もありますし」


「鬼型の亡霊ゴーストの進化については他の地区の情報を集めてこれから探っていこうと思う。話はこれで終わりだ。ご苦労だった」


「銀崎君、来てくれてありがとう」


「はい。これで失礼します。今後もよろしくお願いします」


 俺は頭を下げ、茜さんと篁さんと部屋から退出した。


「仁君はすぐに帰るの?」


「ええ、部屋に荷物を取ってからすぐ帰ります」


「ゆっくりしていけばいいのに」


「やることがありますから。それに双園基地に来ている人にも申し訳ないですし」


「新しく入った子の修行?」


「……緑野さんから聞いたんですか?」


 俺は雪城さんのことを話していなかった。茜さんは昔双園基地に所属していたこともあって、双園基地の隊員とつながりがある。特に緑野さんとは仲が良い。今でも頻繫に交流しているそうだ。


「まあね。少し話しない?部屋でいいからさ」


「はい。大丈夫です」


「……私はこれで……」


「樹里もいいかな?」


「……ええ。俺は構いませんよ」


 なんとなくではあるが、茜さんは人のいない場所に行こうとしているように思えた。何か聞かれたくない話をするつもりなのだろう。その場に篁さんを呼ぶということは相当信用しているようだ。


「悪いね。時間を取ってもらって」


「何か話があるんですよね?」


 俺の泊まっていた部屋に3人で移動し、話を始める。


「うん。さっき鮫島所長の部屋で鬼型の亡霊ゴーストのステージ2への進化について何か思ったことがあるよね?」


「…………」


「えっ、さっき鮫島所長と同じ意見だって言ってましたよね……?」


「うん。あの場ではそう言うしかなかったんじゃないかな?きっととんでもないことを考えているよ」


「…………茜さんに隠し事はできませんね……」


 茜さんの指摘は当たっていた。


「どうしても聞いておきたくてね」


「最初に言っておきますが、根拠はないです。もちろん証拠もありません」


「いいって」


「……俺は鬼型の亡霊ゴーストが急激に進化した理由は誰かが亡霊ゴースト心力マナを与えたからだと考えています」


「…………心力マナ亡霊ゴーストに……ですか……」


 篁さんは絶句といった表情を浮かべている。


「なるほど……。あの場ではできない話だね……」


「えっ……火村さんは銀崎さんの推測が当たっていると思うんですか?」


「今のところは何とも言えないね。けど、可能性はゼロじゃない。仁君の推測が正しいとすれば、うちの基地に裏切者がいるかもしれないっていう可能性が浮上するね」


「いやいやいや……ありえなくないですか……。確かに銀崎さんの言うように死神が亡霊ゴースト心力マナを渡すことはできないことはありませんよ。でも、そんなことして誰に何のメリットが……」


「天馬西基地に恨みがある人とか……ですかね」


「あー…………復讐……」


「はい。今回の鬼型の亡霊ゴーストは天馬西地区にこだわっているように感じました。天馬地区から出ていく時間もありましたし、能力的にはできないわけではないと思います」


「確かに亡霊ゴーストは奪った心力マナの持ち主の欲望が反映されやすいっていうしね……」


 過去に殺人衝動を持っている人から心力マナを多く奪った亡霊ゴーストが大量殺人を行った例もあった。


「俺がもし天馬西基地の死神に恨みがある者であれば、同じ方法をとるなと思ったんです」


「相変わらず面白い考え方をするね」


「火村さんは銀崎さんの推測が正しいと思ってるんですか?」


「さっきも言ったけどゼロではないね。仁君の推測に付け加えるなら、死神協会を恨んでる人かもね」


「それもありますね。たまたま天馬西地区を選んだのか、それとも土地勘があるからか……」


「仁君、この話はここだけにしておかない?」


「そのつもりですよ。元は話すつもりはなかったんですから」


「樹里も誰にも言わないでね」


「…………はい。というか言えないです」


「だよね。仁君も時間を取らせて悪かったね。私も探ってみるよ。少し心当たりもあるし」


「……あまり危険なことに首を突っ込まないでくださいね」


「おっ、珍しく心配してくれるんだー」


「…………ええ。これ以上「色付き」が減るのはマズいですし」


「確かにねー。私にも死神協会のお偉いさんから回ってくる仕事も増えちゃったし」


 最近「色付き」が2人戦闘中に行方不明になる事故が起きた。その影響で死神協会は大変なことになっている。どうやら「色付き」の一角を担う茜さんも忙しくなってきているらしい。


「仁君が「色付き」になってくれればいいんだけどね」


「確かに……「色付き」が2人いなくなったので増やしてもいいですよね。銀崎さんの強さは十分に見えましたが……」


 「色付き」の定員は決まっているわけではない。実績が認められたものが死神協会から任命されるという仕組みだ。欠員が出たからといって即補充されるわけではない。かといって亡霊ゴーストが増加している現在の状況が良い状態とは言えない。篁さんのいうように増やされるということも十分考えられる。


「……俺は無理ですよ。上が認めてくれないでしょうし。別になりたいわけでもないですしね……」


「何かあったんですか……?」


 俺と茜さんは一瞬目を合わせる。


「……少しね。仁君は昔、協会の上層部と揉めちゃってね……」


「………………」


 俺はこの件に関しては話すつもりはなかった。


「…………えっと……そうなんですね……」


 篁さんも何となく踏み込んではいけない問題ということを察したらしい。


「じゃあ……俺、帰ります」


「……うん。またね」


「ありがとうございました」


 俺は2人に見送られて部屋を後にした。

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