女狐はできるメイドさま 3
コンコン!
だから、カロリーナは恋をしない。
だって男は道具だから。
笑え、ただただ笑っておけ。
………………そうすれば、救われる。
助けて、くれる。
「入って来てください。ギル、そして、………………ーーーーラウル・トリバー。」
「!!」
「ふふっ、どう?びっくりした?」
ピクリと方を揺らして『ラウル』という名前に反応したカロリーナに、メアリーは艶やかに、かつ、悪戯っぽく微笑んだ。悪戯成功!という看板を掲げそうなほどだ。
そう、メアリーはこの男のことを知っていたのだ。
カロリーナの………ーーー淡い初恋の男を。
焦茶の髪を綺麗に撫で付け、侍従服を着こなした男は恭しく頭を下げた。血のように赤い瞳がすぅっと細められ、次の瞬間見開かれた。
「ーーカロン?」
「らう、る………………。」
カロリーナは微笑みを浮かべることすら忘れて、男の顔を静かに見つめた。
「あら、お知り合いなのね。じゃあ2人で仲良くやってちょうだい。このサロンは自由にして構わないから、思う存分イチャイチャなさい!」
メアリーはピシッと指差して優雅に立ち去ろうとしたが、そうはいかなかった。
何故なら………、
「さぁ、私たちもイチャイチャしに行こうか。」
「!?」
「さぁさぁ、」
ギルバートに腰を抱かれてしまったからだ。
「ぎ、ギル!?ちょ、ま、」
「待たない。」
メアリーは結局、ギルバートに腰を抱かれて部屋を出ていくことになってしまった。綺麗に抱かれすぎて、うんともすんとも抜け出せなかったのだ。メアリーは元々部屋の外で扉を僅かに開けて中を覗く気満々だったのにも関わらず、自室に連れ出されてしまったのだ。
「いい子だねー、アリー。」
「う、」
「よし、お部屋でイチャイチャしよう!!」
「ふ、ふぎゃー!!か、カロンー!!」
「助けを求めても無駄だよ。さっさと諦めようね。」
メアリーは大きな悲鳴を上げながら誘拐、ごほん、連行………、………連れて行かれてしまったのだ。
「………奥様はいっつもああなのか?」
「うん、そうだよ。奥様は旦那様に溺愛されてるからね~。メイド達の中にはあの万年新婚お砂糖たくさん夫婦のせいで、糖尿病になっちゃった子もいるんだよ?」
「いや、それはただの不摂生だろう。」
「まあね。」
席についたラウルと紅茶を飲みながら、カロリーナは明るいところで初めて見る整った顔立ちのラウルと楽しく話した。
「ラウルってこんな顔だったのね。」
「それはこっちのセリフ。カロンって超美人じゃん。」
「ほ、褒めても何も出てこないわよ。というか、………み、見どころがあるじゃない。」
ラウルはくすりと笑った。艶やかなのに嫌にならない不思議な微笑みだ。
「そりゃ光栄だ。我がお姫様。」
「………本気なの?」
カロリーナは目を見開いて固まった。
ラウルは暗にカロリーナと結婚すると言っていたからだ。カロリーナには信じられなかった。ラウルはこのお見合いをすらりひょろりとかわしていくと思ったのだ。だって彼は自由を好んでいるから。
「俺はお前のこと、結構気に入っているんだぞ?」
「!!」
「俺はどんな手を使っても、お前のことを手に入れる。だから、」
ーーー逃げられるとは思うなよ?ーーー
カロリーナはラウルに耳元で話しかけられて、ゾクリと身をすくめた。低いテノールの声が耳に心地よく響く。逃げられないと分かっていても、抵抗しなければと直感が訴えてきた。
「わ、私は婚約破棄騒動を起こした問題児にして、傷物令嬢よ。トリバー伯爵家の人間には相応しくない。」
「関係ない。俺は本妻の子じゃない挙句、五男だからな。」
ラウルはさあ次は?と言わんばかりに、楽しそうに微笑んで肩をすくめた。
「………落ちこぼれの没落男爵令嬢を娶ったとなれば、あなたのお名前に傷がつくわ。」
「傷なんて生まれた頃から数えられない程につきまくってるよ。」
「っ、」
「それで?」
「………………私は沢山の男の恨みを買っているわ。」
そう、カロリーナは数えられないほど沢山の人間の恨みを買っている。男だけでなく、女からも、だ。
ぐぅっと唇を噛み締めたカロリーナは、微笑みの仮面を身につけた。
「………関係ない。
というか、光栄だね。そんなに沢山の人を惑わすような美しい人と結婚できるなんて。」
「っ、」
(ありえないっ!!何言ってんの!?)
カロリーナは微笑みを崩さず、心の中でラウルのことを大いに罵った。ラウルもあらかた気がついているはずだが、素知らぬふりをしている。
「カロン、いや、カロリーナ嬢、私と結婚してください。」
「………いや、と言ったら?」
「お前に拒否権なんてないよ。」
「………。」
「カロン、これは他の誰でもない俺の望みだ。」
「ーーーそ、それ………なら、その案に乗ってあげる。」
片膝をついて求婚したラウルに、カロリーナは顔を真っ赤にして答えた。言葉と表情が全くもって正反対だ。
「わ、私はあなたがどうしてもって言うから結婚してあげるだけなんだからねっ!!」
「あぁ、そうだな。」
優しく微笑んだラウルに、カロリーナはぎゅっと抱きついた。細身に見える身体は鍛え抜かれており、いきなり抱きついたカロリーナを難なく抱き止めることができた。
「ーーー大事にしてくれないと許さないんだからっ!」
「あぁ、大事にする。」
影を生きるメイドと従者は、薔薇の花が沢山生けられたサロンで、どちらからともなく口づけを交わし、額をこつりとくっつけた。
「墓まで一緒に行こう。」
「………ーー縁起でもないわね。」
くすりと笑い合った2人は、幸せそうに額を合わせたまま仲睦まじそうに目を閉じて微笑んだ。
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