女狐はできるメイドさま 2

▫︎◇▫︎


「ん、」


 カロリーナは陽光の眩しさに目を覚ました。

 あれからどうやって部屋に戻ったのかの記憶がない。状況から判断するに、お見合いをするように勧められ、そして、呆然としたままぼーっとして部屋に戻ったのだろう。ベッドに入っているのにも関わらず、服がメイド服のままだ。足に武器も仕込まれている。


「………………。」

(結婚する相手が選べないなんて当然でしょう?何を戸惑っているの。シャキッとなさい!!)


 メイド長を任されていることもあり、カロリーナの部屋は1人部屋だ。そこそこ広めで家具も揃っている。貴族の娘として過ごした頃に比べれば、質素なものだが、生活が困窮しているわけでもないし、美味しいご飯と綺麗なお洋服にありつけている。


「………そうよ。私は恵まれているの。だから、奥様を困らせちゃだめ。………これ以上わがままで人に迷惑をかけちゃだめ。ちゃんとしなきゃ、ちゃんと………。」


 大きく溜め息をついたカロリーナは、しわくちゃになってしまったメイド服を脱ぎ捨て、ピシッと皺一つなく整えられたメイド服を身につけた。化粧も1度落としてし直し、短い髪をハーフアップにし、髪にひらひらのついたカチューシャをつける。最後に胸元のリボンをキュッと結べば、完成だ。


「………今日も完璧!頑張れ、私、がんば、れ………。」

(どうして、ここでラウルの顔が思い浮かぶのよ………!!)


 鏡の前に立ったカロリーナの目から、ぽろぽろと涙が溢れた。

 幼子のようにぽろぽろと泣く姿は、幼き頃に泣けなかった分も泣いているかのようだった。


「ひぅ、うぅ、………、」

(だめ、お化粧が崩れちゃうっ、だめったらだめなのっ!!………泣いちゃだめ、笑わなきゃ、ちゃんと、………ちゃんと笑わなきゃ。)


 泣き方を知らないカロリーナは泣き止み方も知らなかった。

 ひとしきり泣いてスッキリすると、時間が1時間も流れてしまっていた。


(遅刻!!)


 化粧をぱぱっと手直ししようとして、目が真っ赤に充血してしまっているのを見つけたカロリーナは本気で困ってしまった。化粧で隠そうにも、これだけ真っ赤だと難しいのだ。

 仕方がないので、カロリーナは今日は非番の日のはずの隣の部屋のメイクが大得意なメイドを頼ることにした。


 コンコン!


「キャス、起きてる?」

「んー?起きとるよー。ちょっと待ってなー。」


 ガチャリという音を立てて扉を開いたのほほんとした雰囲気のキャスは、目の前のカロリーナの姿に、目を見開いた。


「どないしたの!?カロン、その酷いお顔!!」

「泣いた。なんで泣いたかはよく分かんない。」


 キャスはカロリーナを自分の部屋に招き入れた。キャスのお部屋には自腹で買ったであろう可愛らしい家具が、センス良く並べられていた。キャスらしいほんわかアットホームな雰囲気だ。


「そいでー、カロンのうちへのご用事は、そのひどこいお顔隠して欲しいっていうことかいな?」

「うん、できる?キャス。」

「まかしとき。ちゃんと可愛くしてあげるさかい、覚悟しといてな。」

「………ありがとう。」


 キャスは言うや否やたくさんのメイク道具を取り出して、手際よく泣き腫らした顔を隠していった。

 丁寧な作業は、ほんわかした雰囲気のキャスとは反して手早いものだった。


「うん、上出来!やっぱりうち、メイク上手やな~。ま、元がいい輩やけれど。」


 カロリーナは鏡を前にして絶句した。

 何故ならそこには、泣き腫らす前よりも圧倒的に愛らしい少女が存在したからだ。


(これ誰?)

「カロンやよ?」

「………キャスは読心術でも使えるの?」

「カロンがわかりやすいだけやよ。奥様のことは分からへんからな~。」


 キャスはぽんっとカロリーナの背中を叩いた。


「今日はお見合いなんやろ?」

「………………。」

「だいじょーぶ。奥様はカロンのこと気に入っとるさかい、悪い人は紹介されへんよ。」


 キャスはのほほんと笑った。彼女のラブラブな婚約者は、メアリーの紹介だ。お見合いで上手くいった彼女には、カロリーナの不安も分からないだろう。


「………大丈夫。笑っとき。カロンは笑顔が1番や。」


 自分のほっぺたに人差し指を当ててにこっと微笑んだキャスに、カロリーナは笑い返した。


「………そうね、笑っていないとダメね。」

「………………なぁカロン、最近男の人の顔が思い浮かぶってことあらへん?」

「!!」


 キャスは一瞬考えるそぶりをした後ににんまりと笑った。


「奥様に伝えとき。そしたらちゃんと分かってくれる。」

「?」

「カロン、その人のこと好きなんやろ?」

(好き?私があいつを?ありえない。私が誰かを好きになることなんてないっ。未来永劫ありえないっ、)


 カロリーナはふるふると首を振り、微笑みの仮面を身につけた。


「何をお馬鹿なことを言っているの?キャス。ーーお仕事、行ってくるわ。このお礼は今度ケーキ屋さんで。」

「『ラッキークローバー』がええなー。じゃ、奢ってなー。」


 胸に大きな疑問を抱えたカロリーナは、ひらりと手を振ってキャスの自室から立ち去った。


「遅くなって申し訳ございません。奥様。」

「気にしなくていいわ。もう少しでお見合いの相手が来るから、服を………。整えなくても良さそうね。少しそこに座っていなさい。」


 カロリーナが深々と頭を下げると、メアリーは朗らかに微笑んだ。

 早足で公爵夫人の部屋の隣にあるサロンに到着したにも関わらず、汗1つかいていないカロリーナは言われるがまま美しい洗練された所作で席についた。

 だが、心の中は不安で仕方がなかった。恋などという感情をカロリーナは知らない。男はお金を手に入れるための道具。貢がせるための道具。可愛く笑って、搾り取れるだけ搾り取る、貢がせるための道具。

 そう、カロリーナにとって男は道具なのだ。

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