女狐はできるメイドさま 1

 ドサリ………。


 とある可愛らしい容姿を持ったメイド服姿の少女が、血を吐いて倒れた男を冷たく見下ろした。

 空色のほんのりと闇を孕んだ瞳には、侮蔑の色が浮かんでいる。


「うちの奥様を傷つけようとするなんて、なんて馬鹿なのかしら。あなた死にたいの?あ、もう死んでたわね!!」


 きゃははっ!と楽しそうに笑いながら、メイド服の少女ことカロリーナは、ご機嫌に身体を揺らした。メアリーに拾われた彼女は、優秀なメイドとして自由気ままに行動していた。なんなら、ギルバートにメアリーに害さえ与えなければなんでもしていいというお墨付きまでもらっている。それどころか、メアリーの敵を全部排除しろと命じられている。


「メイドってやっぱり私の天職ねっ!!」


 ごろりと転がっている不届き者の男をハイヒールで勢いよく蹴飛ばすと、カロリーナは男に飲ませた毒入りのティーカップの片付けを始めた。この男は昼間にメアリーの手首を掴もうとしたのだ。隣国の人間ででメアリーのことを知らないとはいえ、即刻女をお茶に誘おうと手を伸ばす男は、この世にいらないのだ。


「ふんふふ~ん♪」

「ご機嫌なのはいいが、アリーには気づかれるなよ」

「ちっ、………言われなくても分かってるわよ。というか、五月蝿い男は嫌われるわよ?」

「!?」


 見物にやってきた見た目麗しい男に、メアリーはイライラしながら苛立ちを隠さずに言った。剣を持ってきているところから、死んでなおズタズタにする気らしい。


「あ、アリーはそんなこと………ないよ。」

「ふふっ、女はいつ心を入れ替えるか分からないのよ?」


 妻にべったりな主人の夫たるギルバートに、カロリーナはわざと意地悪なことを言い続ける。

 せいぜい狼狽して、日々メアリーが受けている恥ずかしさの倍くらい苦しめばいいのだ。

 カロリーナは静かにほくそ笑んだ。


「カロリーナ、あんまり言うと、減給するぞ?」

「あら、そんなことしたら奥様に告げ口するわよ?」

「うぐっ、」


 ギルバートはメアリーのことになると頭が上がらないのか、小さくなってしまっている。カロリーナはそのことを分かっていてメアリーを盾に取るのだから、婚約破棄騒動を終えてもカロリーナはとんだ悪女だろう。


「で?こいつどうするの?」

「ズタズタにする。手足を切り落として、殴り倒してやる」


 無表情でなんの躊躇いもなく恐ろしいことを口にするギルバートに、カロリーナはうわぁーと声を上げた。自分で殺してギルバートに引き渡しておきながら、殺した男のことを不憫に思うとはなんとも無責任なことだ。


「じゃ、私は奥様のところに戻るから」

「………ちゃんと風呂に入って念入りに洗ってから行けよ。アリーが汚れる」

「あら、お風呂に入れなんてえっちね。

 !?」


 カロリーナが悪戯でギルバートのことを馬鹿にしようとすると、カロリーナの顔のすぐ横にナイフが飛んできた。冷や汗が流れるが、カロリーナは悪戯を止めようとしない。何故なら、メアリーのお気に入りたる自分を彼は殺せないからだ。


「………まぁまぁ、大人気ないこと。こんなしょうもないことで暗器を取り出すなんて、なんて弱々しいのかしら。もっと忍耐力を鍛えた方がいいんじゃない?」

「余計なお世話だ。お前、アリーのお気に入りじゃなくなったら、即刻殺すからな」

「残念ながら、あなたは私を殺せないわ。だって私、使い勝手がいい駒でしょう?」

「………………」


 カロリーナの言う通り、メアリーの為ならばなんの躊躇いもなく手を汚す彼女をギルバートは重宝している。頭の回転が無駄に速いカロリーナを、ギルバートは睨みつけた。

「じゃ、さようなら」


 カロリーナはなんとなくメアリーのことが恋しくなって、ギルバートの向けてひらりと手を振って殺人現場から立ち去った。少しだけ血の匂いがするが、許容範囲ないだろう。


「奥様、今日はお疲れだろうからジャスミンティーでも出そうかしら」


 誰にも聞かれていないから口にできる独白は、ただ自分が飲みたいからという理由を感じさせないものだった。数年メイドとして働けば、そのノウハウが嫌でも身につくものだ。完璧メイド長たるカロリーナは、メイド服の下に隠された足に結ばれた沢山の毒薬を感じさせない軽い足取りで公爵邸の屋敷に向かって走る公爵家の暗部の人間専用の馬車に乗り込んだ。


「おう、カロン、久方ぶりだな。今日もか?」

「そうなの!ラウルも?」

「そ、別件でな」


 ラウルは焦茶の髪をくしゃみっとして血色の赤い瞳を疲れたように細めた。確かに、彼からも自分と同じような血の匂いがする。怪我はしていなさそうだが、それでも心配になる。


「ラウル、大丈夫?」

「あぁ、お前は?」

「だいじょーぶ。私は毒を守るだけだからねー。今は旦那様が大暴れしてる」

「あぁ、奥様に手を出したバカだっけ?」

「そ、死体まで弄ばれちゃってて、殺しておきながらなんだか不憫だよー」

「ははっ、」


 ラウルの笑顔に、カロリーナは暗闇が隠してくれるのをいいことに、軽く頬を染めた。この男と一緒にいると、いっつも胸がぎゅうっとするのだ。そして、他の女性と話しているのを見るとズキズキして女性を殺したくなってしまう。奥様に手を出したわけでもないのに………。

 本当に、彼が関わると自分は変になってしまう。

 ラウルと会話していたら、あっという間に馬車が屋敷に到着してしまった。楽しい時間はすぐに終わりを迎えてしまうのだ。


「またな」

「っ、………うん。またね」


 いつもこの瞬間、泣きそうになってしまう。不可思議な気分は気持ちが悪いはずなのにとても心地がいい。

 カロリーナはメアリーとお茶をするために、前準備としてお風呂に向かった。純粋無垢ではないが、最大限守ってあげたいメアリーに血の匂いがするまま近づきたくないのだ。

 カロリーナは屋敷にある暗部を兼任している使用人用の通路を使ってお風呂に向かった。ここのお風呂は血を洗い流すための場所だから、血だらけだったり、血の匂いがしたりしても、誰も不思議に思わないし、何も聞かないのが基本のルールだ。今日はちょっと時間が早めだからか人がいない。気楽に入れるラッキーデイだ。


ラララララドミソミドー♪」


 1人でのお風呂なら、小さい頃から大好きな歌の練習だってし放題だ。

 ひとしきり満足するまで歌の練習をしたカロリーナは、メアリーとお茶をするべく名残惜しい気持ちを我慢してお風呂から出た。


「さて、働きますかー!!」

「そうね。あれだけ歌ったんだから満足いくまで働きなさいよね」

「!?」


 隣から先輩の声がしてカロリーナはバシャっと飛び上がった。1人だと思って楽しく歌っていたのにも関わらず、先輩がいたとは想定外だ。


「ご、ごめんなさい」

「歌姫は歌ってなんぼよ。また披露してちょうだい」


 悪戯っぽく笑った先輩に、安心してカロリーナは足早にお風呂から上がった。

 メイドになってから身につけたちゃちゃっと着替える技術で、ささっと新しいメイド服に着替えたカロリーナはぱぱっと化粧を施して食堂に向かった。もちろん足にはたくさんの暗器が仕込まれている。初めは落ち着かなかったが、今はない方が落ち着かないのだ。


「お、カロリーナちゃん、奥様とお茶するのかい?」

「うん。奥様疲れてそうだったからジャスミンを淹れようと思って!」

「おぉ、そりゃいいアイデアだ。今日の奥様は慣れないことをしてばかりで憔悴しちまってたからな」


 そう、今日はいつものメンバーではないメンバーとお茶会をしたのだ。だからクズ虫が混ざってしまっていて、カロリーナが駆除しに行くことになったのだ。いつもはギルバートが厳選した蝶よ花よと育てられた優雅なご令嬢の集まりのお茶会にしか参加していないカロリーナには、今日のお茶会はさぞ苦痛だったことだろう。商談も上手くいかなかったみたいだし。


「奥様、カロンです」

「………どうぞ」


 お茶道具と甘いお菓子を持ったカロリーナがメアリーの室内に入ると、メアリーは1時間前にカロリーナが一時外出した時と寸分狂わぬ位置に座っていた。


「お疲れ様です。ジャスミンはいかがですか?」

「いただくわ」


 これぞ至福!!

 メアリーが口にするからという理由で選択される高級茶葉で淹れる紅茶は、最高に美味しいのだ。


「そうだ。昨日ギルから教えられたのだけれど、あなたに結婚して欲しいそうよ。1度お見合いがあると思うから、嫌だと思ったら即刻私に言ってね?」


 カロリーナは目を見開いて固まった。

 メアリーはこう言っているが、カロリーナは雇われの身だ。断るなど実質のところはあり得ない。


「…………わかり、ました………」

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