癇癪持ちの女は変わる

 王妃という肩書きや権力、お金が大好きな王妃たる女は、とあるお店で教育係として働いていた。下っ端で肩書きも権力もなく、お給金も少ないが、そこそこ楽しく過ごしていた。


「このお茶とっても美味しいです!!どこのですか?」

「それは東の国の『緑茶』よ。外交の場で覚えておいたら便利だから、覚えておきなさい」


 そう、彼女は遠い異国の地で貴族の娘の教育を担う組織に所属していたのだ。

 メアリーの兄に引き渡されたこの女は、高飛車で傲慢な態度をメアリーの兄に叩きのめされ、その後兄が新しく始めた事業たる『淑女塾』の教師として働くことになったのだ。

 ここの塾の生徒は実に素直で真っ直ぐだ。実直に女の教えを飲み込み、次々に満面な笑みで質問をしてくるのだ。本当に調子が狂う。


「ユリアーナ先生!これは?」


 ユリアーナと呼ばれた王妃は、面倒臭そうに生徒たる少女が指差した先にあるお菓子の方を向いた。繊細な花の形をしたおやつはとても美しい。


「練り切りよ。これも東の国のもので、おやつよ」

「これは!!」

「牡丹餅」

「これは!これは!!」

「………………桜餅。」

「ねぇ、先生!!」


 ユリアーナの片眉がピクピクと動いた。


「ねぇ、ねぇ!!」

「いい加減になさいましー!!淑女はそのように元気いっぱいに質問したおす者ではございませんわ!!質問はお淑やかに、丁寧になさいまし!!」


 今日もユリアーナはお淑やかさだけは学ばない生徒を、元気に叱りつける。

 生まれ育ち、王妃として長年過ごした国よりも、何故か圧倒的に幸せな空間で、ユリアーナは誰にも知られずひっそりと死んでしまっている息子のことも、自分の事を嫌っていた残酷な元夫のことも忘れて、馬車馬のごとくこき使われていることに気づかず、楽しく過ごしている。

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