第25話 勇者の絶望、そして覚醒

「リディア、一人にしてごめん」

「セ、セインくん! 助けに来てくれたんだね! ああ、よかった……ありがとう、ほんとにありがとうっ……!」


 シンに脅されている様子のリディアを助けると、リディアは目に涙をにじませながらも安堵あんどの表情を浮かべた。

 俺はリディアを落ち着かせるために、優しく頭を撫でていた。


 ……それにしても、リディアを探しに繁華街まで来たが、これは明らかにマズイ。

 まさかシンがここまで暴走するとは……


「て、てめえ! なんで認識阻害を突破できたんだよ! それに、いくらなんでも到着が速すぎる!」

「俺が縮地もどきを使える《回復術師》だということを忘れたか」


 俺はリディアを、魔力探知を使って探していた。

 なぜならチンピラを倒して公園付近に戻ったときにはすでに、リディアがいなくなっていたからだ。

 とりあえず俺は《縮地》を再現した動きで王都を駆け回り、リディアの「残り香」を追った。


 だが捜索中、この周囲一帯で認識阻害特有の嫌な感覚を覚えた。

 変な「匂い」で大気が塗りつぶされているような感じがして、リディアの「残り香」すらも判別不可能となってしまったのだ。

 そこで認識阻害魔術 《ベール》を《ディスペル》で解除してみれば、この事態である。


 認識阻害が無効化された直後、通行人たちが「えっ、何が起こってるの!?」などと騒ぎ始めた。

 なので俺は「逃げろ、危ないぞ!」と呼びかけたあと、シンに向かって言った。


「それにしてもシン、魔術師ではないお前が認識阻害を突破されて狼狽うろたえるなんてな」

「くっ……」

「バックには誰がいるんだ? そして奴の認識阻害を利用して、リディアに何をする気だったんだ。何をそんなに血迷ってるんだ」


 自分でも冷静じゃないなと分かっている。

 それでもリディアが心配で、思わず感情的になってしまった。


「バックに誰がいるかはわからないけど、『あの人』に無理やりここまで連れてこられて、それで色々ヒドイこと言われて、それで……!」


 すがるように訴えるリディア。

 その言い方に、俺は違和感を覚えた。


 ……そうか。事情はどうあれ、シンと決別してしまったんだな。


 それにしても、この周辺にはラブホテルが乱立しているようだ。

 そんな場所にリディアを無理やり連れてくるなんて、絶対に許せない。


「でたらめ言うな! ──いいかセイン、よく聞け。リディアはオレと一緒にラブホ街に来ていた。この意味が分かるか?」

「リディアの言う通り、お前が無理やり連れてきたんだろう。《勇者》としての腕力と、『リディアの幼馴染』という属性、そして誰が張ったか分からない《ベール》を利用して、な」

「違うんだよなこれが! リディアは抵抗しようと思えばできたのに、ここまでノコノコついてきたんだぜ!」


 シンの弁解に、リディアの表情が明らかに曇った。


「リディアはいつでも魔術を使って、オレの手から逃れることができた。でもラブホに入る直前になって、急にチキって雷をまとわせてきやがった。これがどういうことか分かるかセイン! リディアは途中までオレとヤる気マンマンだったんだよ!」

「違う! わたしはそんなこと──」


 俺はリディアを静止するように、リディアの口元に手をやった。

 シンの言うことを真に受けるほど、俺は馬鹿じゃないんだ。


「リディアはただ、幼馴染であるお前に遠慮して攻撃しなかっただけじゃないのか? でも何らかの出来事がきっかけでお前のことが心底嫌いになって、正当防衛を始めた。ただそれだけのことだろう」

「セインくん……!」

「シン。俺のことはいくらでも馬鹿にしていい。だけどリディアのことは馬鹿にするな」


 みんなが俺を嘲笑った、あの天職判定の日。

 まだ8歳だったリディアは「どんなセインくんでも大切な友だちだから。なにかあったらわたしが守ってあげるね?」と言って、受け入れてくれた。


 その後もリディアは、俺に変わらぬ友情を貫いてくれた。

 俺はそれがたまらなく嬉しかったし、リディアのお陰で救われたのだ。


 そんなリディアを馬鹿にするやつは、たとえ誰であろうと許せない。


「く、くそがあああああああああああああっ! こうなったのも全部モブ野郎のせいだ! それにあの無能女が!」


 シンは石畳にうずくまり、何度も地面を拳で叩きつけた。


「てめえさえいなければ、オレはいまごろこの世界の主人公になれたんだ! リディアもエリスもNTRなんてされなかったんだ!」

「俺がいなかったとしても、今のお前をリディアたちが選ぶことはないだろう」

「今のお前……? てめえ今、なんつった……?」


 もしかして、俺が日本人だったのがバレたか?

 いや、多分そうじゃないだろう。


 元日本人である俺の意識と統合された「セイン少年」の記憶によれば、シンは8歳頃まではちゃんと「いい奴」だった。

 それこそ「ゲーム主人公」と呼ぶにふさわしいくらい、穏やかで正義感が強かったのだ。

 だから「8歳頃までのシン」と今のシンが対比されている……という風にシンは解釈してくれるはずだ。


 しかし、俺の心配は杞憂きゆうだったようだ。

 なぜなら──


「うわっ!? な、なんだこの魔力は!」


 俺が「逃げろ」と言っても逃げなかった野次馬やじうまが、突如として騒ぎ出す。

 そして勢いよく地に伏した。


 それは、シンの身体から発せられたドス黒いオーラの仕業だ。

 そしてその強大なオーラは、どこからどう見ても魔族が持つ魔力そのものだった……


「ぎっ……がああああああああアアアアアアッ!」


 シンは闇のオーラによって苦痛を感じているのか、今まで聞いたことのないようなおぞましい声で慟哭どうこくした。

 だがしばらくすると叫ぶのをやめ、そして不敵な笑みを浮かべながらこう言った。


「ああ……魔王になるってこういうことだったんだな。不思議と怒りが収まったし、どんどん自信があふれてきやがる」


「今の自分」を否定されたシンは、ついに魔王として生まれ変わったようだ。


 ……それにしても、これはどういうことだ?

 新たな魔王が生まれる展開なんて、ゲームでも見たことないぞ。


 いや……「魔王」という概念はもともと、人間に絶望した「人間の魔術師」がたどる末路だ。

 強い感情を抱いた魔術師が、魔神に力を与えられることによって魔王として覚醒する。

 ゲームの裏設定でもそう書いてあった。


 だが、シンは《勇者》であって魔術師ではない。

 それに魔王はついこの間、俺が倒したばかりだ。

 どういうことだろうか。


 ……いや、まさか。


 今朝エリスが言っていた犯行声明──その中で綴られていたという「魔王再臨のための器」とは、シンのことだったとでもいうのか。

 エリスの感知能力をかいくぐるなんてさすがは魔王──いや、魔神だと言わざるを得ない。


 さて、シンは両手の甲を眺めてほくそ笑んだあと、俺たちに見せびらかした。

 右手には今まで通り《勇者の聖痕》が刻まれている。


 しかし左手には、これまで存在しなかった紋章が浮かんでいた。

「黒炎を吐く邪竜」としか言い表せない禍々しい形状のあざ……《魔王の烙印らくいん》だ。


「フッ……勇者と魔王のハイブリッド、か。こんなのチートすぎんだろ、どんな中二病だよ」


「いや、ここまでくると男子小学生の妄想だな」と、一人でクククと笑うシン。


 確かにシンは、世界最強の存在なのだろう。

 魔力を見ただけでわかる。

 少なくとも、この前大聖堂で倒した魔王アルルガルト──『SB』のラスボスよりも遥かに強い。


 まあアルルガルトを倒したときはまだ「ゲーム開始前」の時系列であり、魔王として覚醒したばかりで弱かった……という事情もあるのだが。

 それでもシンは《勇者》の天職がベースであるためか、覚醒したばかりなのにも関わらず魔王アルルガルトよりも圧倒的な魔力をまとわせていた。


 おそらく今のシンには、たった一人で軍隊を全滅させられるだけの力が備わっている。

 再び俺の死亡フラグが立ってしまったというわけだ……冗談でもなんでもなく。


 シンは闇のオーラを放つ魔剣を虚空から召喚し、切っ先を俺のほうに向けて言った。


「聖剣に選ばれし男セイン。オレは今からスキル《魔王の器》を使って、魔族どもに王都を襲わせる。奴らを止めたければ、王都ダンジョンの最下層まで一人で来い。今度こそお前を殺してリディアとエリスを奪い返し、この世界の主人公として返り咲いてやる」

「待て!」


 シンとやり合う前に、色々と聞きたいことがあった。


 だが俺に質問の機会を与えないまま、シンは姿を消した。

 おそらく、俺にはどうしても使えなかった《ワープ》の白魔術を使ったのだろう。


 シン……本当にお前、魔王になってしまったのか。


「ね、ねえセインくん! 今のってどういうこと!?」

「分からない……でもシンは本気だ。あれは間違いなく《魔王》だ」

「う、嘘だよね! だってシンくんが……あの人が魔王になるなんて、わたし信じられない! こんなのただの夢だよね!」

「俺だって信じたくないけど、実際そうなっているんだ」


 すがりついてきたリディアを、そっと遠ざける。


「とりあえず、急いで大聖堂に行くぞ」

「エリスさまに報告するんだね。わかった!」


 ということで俺とリディアは街を全速力で駆け回り、大聖堂に到着した。

 大聖堂はすでに大混乱に陥っており、俺とリディアはあっけにとられていた。


 そこにエリスが俺たちに気づいてやってきたので、俺は間髪を入れず報告することにした。


「エリス、シンが魔王になった」

「どうやらそのようですね。わたしも先ほど神託を授かったばかりなのです……不覚です」

「シンは神に選ばれし《勇者》だから、神託で動きを予言するのは難しいと思う」


 加えて、シンはおそらく俺と同じ転生者だ。

 転生者であれば何かしらのチートを持っていてもおかしくない。

 実際、シンには《勇者》というチート天職があるわけだしな。


「だからエリスは自分を責めなくてもいい。重要なのは、これからどう動くかだ」

「気遣っていただきありがとうございます」


 バレバレの作り笑いをしながら、頭を下げるエリス。

 俺はエリスのメンタルに不安を覚えつつも、本題に入ることにした。


「それより、俺は今からダンジョンに行ってシンを討伐してくる。二人は王都で待っていてくれ」


 俺がそう言うと、案の定というべきか、リディアが真っ先に反応した。


「わたしもついてく──」

「ダメだ。シンは『一人で来い』と言っていた。みんなで行ったら約束を反故ほごにされる可能性が高い。それに……」

「それに?」

「リディアとエリスには別に頼みたいことがある。これは俺にはどうあがいても不可能なことで、二人が大得意なことなんだ」


 俺の言葉に、リディアとエリスが首を傾げた。


「セインくんにできないことって、そんなのあったかなあ……?」

「セインさんは《回復術師》なのに聖剣を扱える、まさに半神のようなお方ですからね」

「そうですよねエリスさん……うーん……あっ、そっか!」

「……なるほど。確かにこれはわたしたちが適任ですね」


 どうやらリディアも、そしてエリスも俺の真意に気がついたようだ。

 俺はさらに、具体的な作戦を伝えておいた。


「二人とも、俺の代わりに王都エフライムを守ってほしい。俺はその間にシンを叩く」

「絶対に生きて帰ってきてね……約束だよ!」

「あなたに神のご加護があらんことを」


 手を振って見送ってくれるリディアとエリスに、「武運を」と言って別れを告げる。

 俺は王都で少し準備をしたあと、城門を出て聖剣を抜きダンジョンに向かう。


 血のように赤い夕日に照らされ、聖剣の刃は赤く染まっていた。

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