第26話 新魔王の策略と、ソロ回復術師

「うわっ……殺す気満々だな」


 シンは「ダンジョンに一人で来い」と言った。

 だから一人でここまで来てやったのだ。


 しかし王都から数キロ離れた場所に位置する、ダンジョンの入口付近。

 そこには大量の魔物が配置されていた。

 まるで軍隊のように……


「だが読みどおりだ」


 俺は茂みから出て、真正面から堂々と進み出る。

 すると……


「──貴様が聖剣に選ばれし勇者セインだな! ……者共、かかれ。魔王シン陛下に仇なす敵を討ち滅ぼすのだ!」

「グオオオオオオオオッ!」

「ガロロロロロッ!」


 隊長格と思われる魔族が号令を下す。

 それと同時に、《騎兵》のスケルトンやゴブリンたちが槍を構えながら、こちらに向かって疾走してきた。

 ランスチャージだ。


 しかし当然、俺は対策を取っている。


「一人でノコノコと現れおって! 我ら魔族を、そして魔王陛下を愚弄ぐろうした罪は重い──な、なんだあれは!」

「ギャオオオオオオオオッ!」

「グラアアアアアッ!」


 夕空から大量の隕石が降り注ぐ。

 それらはダンジョン前の大地に落下し、魔族の大軍を焼き払った。

 俺に接近していた騎兵たちも例外ではない。


 これは、リディアが放った火属性遠距離魔術 《メテオレイン》だ。

 俺が指定した時間ちょうどに発動してくれて、本当に助かった。


「《メテオレイン》が貴様の策か、人間!」


 魔術障壁を粉々にしながらも、一人生きながらえていた隊長格の魔族。

 奴はしかし、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「しかし見よ、貴様のほうにも流星群が降り注いでおるぞ!」


《メテオレイン》はもともと、命中率の低い遠距離魔術だ。

 そのうえ軍隊を無差別攻撃するために、リディアには攻撃範囲を増幅してもらっている。


 当然、1発あたりの命中精度はかなり落ちてしまう。

 こちらに流れ弾がやってきても不思議ではないのだ。


「愚かな人間は、愚かな仲間に殺されるのがお似合い──な、なんだと!」

「ん? 『愚かな仲間』がどうかしたか?」

「なぜ人間ごときが《メテオレイン》を何度も食らって、無傷でいられるのだ!」


 俺の周囲には、ドーム状の魔術障壁が展開されている。

 当然、魔術障壁には一切ヒビが入っていない。

 まあ「あの」リディアの攻撃を受けてしまったせいで、ヒビが入る寸前まで損耗してしまったが。


「私のような上級魔族ですら、魔術障壁をことごとく破壊されてしまったのだぞ……この化け物め!」

「魔族にだけは言われたくないな」

「く、来るな来るな来るな……ぐああああああああああっ!」


 俺は死屍しし累々るいるいを乗り越え、隊長格の男を聖剣で斬った。

 そのあと俺はダンジョンに突入し、魔物の殲滅せんめつなどまったく考えず一気に駆け抜けた。


 それにしても、どうしてシンは魔王になったばかりなのにこれほどの軍隊を動かせたのだろうか。

 やはり《勇者》がベースだから、前回倒したラスボス・魔王アルルガルトよりも「魔王」としての格が高いのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は行く手を阻む魔物を聖剣でほふる。

 この前のスタンピードのときに「乱獲」したせいか、ダンジョン内の魔物は思ったよりも少なかった。


 加えて、ダンジョンは壁に囲まれた、いわば閉所に近い条件。

 猛スピードでダッシュしつつ、回り込まれないように立ち回れば、俺一人でも攻略は十分可能だ。


 スタンピード発生時は、数日かけて慎重にダンジョンを探索していた。

 しかし今日は、以前を大幅に上回るペースで攻略できている。


 結果、1日も経たぬうちにダンジョン最下層にたどり着くことができた。


「──セインくん、生きてたんだね!」


 ふと、聞き馴染みのある声が聞こえてきたので振り向く。

 するとそこには、リディアがいた。


 リディアには王都防衛を任せていたのだが、魔族の対処はどうにかできたんだろうか。


「よかった……わたし、セインくんが死んじゃったらどうしようって思ってて」


 そう言って俺に抱きついてくるリディア。

 女の子特有の甘い香りが思考を鈍らせにかかってくるが、ここは戦場なので気を引き締める。


「──リディア、王都の状況は?」

「えっと、エリスさんが結界を使って魔族を弱体化させて、わたしたち冒険者や王国騎士・神殿騎士たちが、魔族たちをある程度追い払ったの」

「なるほど、よくやったな」

「えへへ……それでエリスさんが『ここはわたしたちに任せて、セインさんに加勢してあげてください』って言ってくれて、それでここに来たの。だから一緒に魔王シンを倒そう?」

「そうか……分かった」


 俺は聖剣で、少女の肉体を貫いた。


「な、なんで……ひどいよ、どうしてこんなことするの……?」

「お前はリディアじゃない。リディアの『闇』を実体化させた、ダークトライアドだ」


 ダークトライアドとは転生したばかりのときに一度戦ったことがある。

 あくまで俺自身のダークトライアドだが。

 あのときの俺は雑魚だったから倒すのも簡単だったな、懐かしい。


 しかし……ダークトライアドは「その場にいる人間」の闇をもとに作り出される。

 この場にいないはずのリディアが、どうして再現されているのだろうか。

 そもそもダークトライアドは、ゲームでは故郷の隠しダンジョンにしか現れなかったのだが。


「いたい……いたいよ」


 まあいい、俺が奴に言うべき言葉はこれだけだ。


「リディアを、そして俺たち人間を馬鹿にするな」

「く……くくく、あはは。よくわかったね」


 ダークリディアは風魔術を使いながらバックステップして、一気に間合いを取る。

 それと同時に、なぜかダークリディアの傷が一瞬にして癒えた。


 突如、闇から二人の人影が現れた。

 それはまさしく、《聖女》エリスの闇を切り取ったダークエリス。

 そしてこの俺、《回復術師》セインの闇を写し取った、ダークセインだった。


 ダークリディアの傷が癒えたのは、おそらく奴らヒーラーの仕業だろう。


「じゃあ、わたしの正体をみやぶったご褒美に……痛くて気持ちいいこと、しよっか?」


 そう言って魔力を編み上げるダークリディアたち。


 だが、奴らなどものの数にも入らない。

 なぜなら……


「く……ち、力が入ら……な、なんで」

「《ディスペル》と《エリア・フルヒール》だ」


《魔女》リディア、《聖女》エリス、そして《回復術師》セイン。

 この三人は全員魔術師で、魔力の流れに敏感だ。


 そしてそれは三人の力を再現したダークトライアドも同じ。

《ディスペル》で魔術を封じればあっという間に弱体化できる。

 特にダークリディアとダークエリスは無力化に成功、お人形同然だ。


 プラス、ダークトライアドは死霊に近い性質を持つので、《ヒール》である程度ダメージを与えられる。

 もっとも先程の動きを見ている限りでは、魔族の《ヒール》はそのまま受け付けるようだが。


「でもそれはおかしいです……」


 悲痛の声を漏らすダークエリス。


「わたしはまがりなりにも《聖女》……こう言ってはなんですが、下級職である《回復術師》程度の魔力で魔術を封じられるなどありえません」

「魔物が《聖女》を再現しようとしたら当然ほころびが出る、ただそれだけだ。お前は《聖女》じゃないんだよ」

「くっ……」


 まあ、ゲームでは完全にエリスの能力をコピーしていたんだがな。

《聖女の光》みたいな専用スキルも含めて。


 でもここはゲームじゃない、現実だ。

 ゲームバランスなんてものは存在しない。


「俺はシンを倒さなければならない。お前ら魔族に足止めを食らっている場合じゃないんだよ」


 俺はまず、ダークセインを狙う。

 なぜなら奴は《回復術師》のくせに剣を持っており、完全に無力化できているわけじゃないからだ。


 ダークセインは黒い塊のような剣を構える。

 どうやらさすがに聖剣は再現できなかったらしい。


「ぐはっ……」


 ダークセインをすれ違いざまに斬りつける。

 ダークセインはどうやら、《縮地》を再現した俺の動きについてこられなかったらしい。


 まあ、ダークエリスですら無力化できるほどの魔術を食らって、弱体化したのだ。

 俺の剣を避けられなくても無理はない。


「これが聖剣の力、か……」


 ダークセインはそう言い残し、光のちりを発しながら闇に消えた。


 それにしても、ゲームではダークトライアドとの戦いを「自分との戦い」と形容していたが……

 その「自分」とやらが、これほど弱いなんて思いもしなかったな。


 これではFランク冒険者時代と何も変わらない。

 俺もまだまだ修行不足だ。


「さ、最期に聞きたいんだけど……」


 これから俺に殺されようというダークリディアが、恐る恐る言葉を発した。


「なんでセインくんは、わたしがダークトライアドだってわかったのかな……?」

「魔力の『匂い』が違ったからな。紙一重だったが。それに、王都で戦っていたはずのリディアが、ハイペースでダンジョンを進んだ俺に追いつけるわけがない」

「そっか、そりゃそうだよね……じゃあ最後に言っておくけど、リディアちゃんを悲しませるようなことしたら許さないから。たぶん大丈夫だと思うけど、念のためにね……」


 その後、無抵抗なダークリディアとダークエリスを消し飛ばして胸糞悪い気分を味わいつつ、俺はダンジョン最下層のボス部屋へ急ぐ。

 俺に仲間割れみたいなことをさせた元凶・シンを倒すために。


 ここから先は魔族が一体も現れず、不気味なまでの静寂を保っていた。

 ただ、俺の足音だけが響き渡っていた。


 そしてついに、俺はボス部屋に到達した。


「約束通り一人で来たぞ。王都侵攻を今すぐやめさせろ──魔王シン」


 ボス部屋にしつらえられた玉座にふんぞり返る男。

 ──魔王シンは、不敵な笑みを俺に見せつけていた。


「その様子だと、オレが特別に召喚したダークトライアドどもは死んだようだな。で、『リディア』たちを殺した感想は?」

「ずいぶんといい趣味を持っているようで感心したよ。反吐へどが出る──で、いつになったら王都侵攻をやめてくれるんだ?」

「ククク……それはお前を殺して、リディアとエリスを奪い返してからだ」


 やはりそういうことか。

 虚空から魔剣を取り出すシンを見て、俺もまた聖剣を構える。


「お前、この前ラスボス──魔王アルルガルトを倒したんだよな。大聖堂で」

「それがどうした」


 俺の返事に気を良くしたのか、シンは前髪をかきあげながら得意げに言った。


「魔王を一度倒した程度でイキってるところ悪いが、今のオレをあんな『ザコ』と一緒にするなよ? モブ野郎」

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