第16話 スタンピードと救助クエスト

「ね。セインさんのおっしゃるとおり、わたし強いでしょう?」


 王都エフライムのダンジョン上層にて、リディアに向かって微笑む聖女エリス。

 エリスの傍らには、斥候せっこうや盗賊行為を得意とする《密偵》タイプのゴブリンたちが横たわっていた。


《密偵》とは《暗殺者》のクラスチェンジ前。

 つまり下級職で、要するに「速いだけのザコ」だ。


 しかし大量に現れれば対処が難しくなる。

 今はスタンピード中なので魔物が一斉蜂起ほうきしている状況だ。


 加えて、これはゲームではなく「現実」だ。

 SRPGみたいにマップを俯瞰ふかんすることはできないし、戦闘は常に「1対1」というわけではなく「1対多」の戦闘も頻繁に行われる。


 それでもエリスは、《密偵》ゴブリンの集団不意打ちを見切って反撃して見せたのだ。

 そんなエリスに、リディアは困惑気味に苦笑いしていた。


「す、すごい……なんでエリスさんは、そんなに強いんですか?」

「ふふ、《聖女》だから……ですかね?」


 嘘だ、とゲーマーの俺は思った。

『SB』の裏設定によると、エリスはそれなりに苦労していたからだ。


 だがエリスはそんな重たい話をしたくなかったのだろう。

 あえておどけて見せることで、リディアを納得させてしまった。


「これでパーティメンバーとして認めてくださいますよね、リディアちゃん?」

「は、はい! これからもよろしくお願いしますっ!」


「任されました~」と言って、リディアの手を包み込むように握手するエリス。

 そしてエリスの笑顔と握手に「えへへ……」と照れるリディア。


 ……ふむ、こういう平和なやり取りはゲームでは見たことなかったな。

 まあ、今はそれどころじゃないんだが。


「まだまだダンジョンはこれからだ。油断せずに行こう」


 俺たちは奥へ進んでいく。


 まず前衛の俺が愛刀 《残心ざんしん》で魔物の群れを蹴散らし、道を切り開く。

 だがスタンピードの真っ只中なので、どうしても刀のリーチだけでは処理が追いつかない。


 そこで、後衛のリディアとエリスの出番だ。

 リディアは周囲の敵のみを一瞬で凍らせ、氷の彫像を大量生産する。

 一方のエリスは光球を敵陣地に着弾させ、まるで榴弾りゅうだんのように光の矢を飛び散らせていた。


 リディアもエリスも、周囲の敵を一度に処理するための術式制御力を持っている。

 本来戦闘に向いていない《回復術師》の俺としては、ちょっとけてしまった。


 まあうらやんでいても仕方ないな。

 俺は、俺ができることを精一杯やるだけだ。


 前衛として、各部屋や各通路の安全を確認する。

 これは、これまでいくつもの修羅場を一人でくぐり抜けてきた俺が適任だった。


 そして──


「た、助けに来てくれたのか! ありがとう!」


 魔物の群れに通せんぼされていた冒険者たちを、安全な場所に誘導していく。

 怪我をしている冒険者がいれば《ヒール》で癒やしてやった。

 彼らを後続の冒険者たちに引き渡して、俺たちは新たな救助活動に取り掛かる。


 そうして魔物を蹴散らしつつ冒険者をレスキューし、上層から中層へ突入する。

 すると──


「──ギャオオオオオオオオッ……!」


 下層の方から咆哮ほうこうが聞こえると同時に、床が激しく揺れた。


「な、なに今の!?」

「ダンジョンボスだろうな」


 驚きの声を上げるリディアをなだめるように、俺はすまし顔を作って淡々と答えて見せた。

 するとエリスがすかさず挙手した。


「わたし、昔はこのダンジョンに潜っていましたが、このようなことは初めてです。おそらくスタンピードと何か関係があるのでしょう」

「場合によっては、俺たちでボスを倒さなければならなくなるかもしれない。気をつけて進もう」


 ということで、俺たちは中層の通路を進む。


 道中、大量のガーゴイルがまるでコウモリのように襲いかかってきた。

 しかしその動きはあまりにも遅く、俺に傷一つ与えることすらできず刀のさびになった。

 当然、俺が討ち漏らしてしまった少数のガーゴイルは、すべてリディアとエリスの魔術によって撃ち落とされていった。


 ガーゴイルの処理が適切に行われたおかげで、ゴブリンやエルフなどによる「亜人小隊」も楽に突破できた。


 しばらく進むと、俺たちは一人の少女が床に倒れているのを見つけた。

 少女は見たところ丸腰で、かなりの軽装備だった。

 ソロの魔術師か、あるいは仲間とはぐれたのだろうか……


「大丈夫か?」


 安全を確保したあと、俺は少女の肩を叩く。

 少女は息をしていたが顔は真っ青で、魔力欠乏症の疑いがあった。


 とりあえず魔力補充をしておこう。


「あのー、セインさん? なんで女性のお胸を触っているんですかね?」

「あっ、これはセインくんが得意な施術ですから大丈夫です……あんまり大丈夫じゃないけど」


 エリスもリディアも苦笑いしていたが、気にせず施術を進めた。

 心臓に魔力を送り込むことで少女の魔力が補充され、顔色がよくなってきた。


「魔力補充ですか……魔力欠乏症の状態から一瞬でここまで回復させられるなんて、聞いたことがありませんね。すばらしいです」


 どうやらエリスには魔力の流れが見えているようで、俺の施術内容を一目見ただけで理解できたようだ。

 これで俺がやったことがセクハラではないと証明できただろう。

 まあそんなことはどうでもいいか。


「う、ん……」


 身体をゆっくりと起こす少女。

 俺は少女を怯えさせないように、笑顔と穏やかな口調を心がけて呼びかけた。


「君、ここがどこか分かるか?」

「えーっと……ごめんなさい。分からないわ」

「ここはダンジョンの中層だ。とりあえず、これからやってくる冒険者の指示に従って地上に上がってくれ」

「分かったわ。遅れてしまったけど、助けてくれてありがとう」

「冒険者をしている以上はお互い様だからな。気にしなくていい」

「あ、ところで疲れてない? ヒール、安くしておいてあげるけど」

「あいにく俺は《回復術師》だからな。間に合ってる」


「冗談よ」と余裕そうに笑う少女を軽くあしらった後、俺は後続のSランクパーティに少女を引き渡す。

 地上までの脅威は排除したし、無事に上層まで脱出できるはずだ。


「──ギャオオオオオオオオオオオオッ!」

「きゃあっ!」


 また下層の方から咆哮が聞こえてきた。

 その声は先ほどのものよりもかなり大きく、そして近い。

 俺たちもダンジョンを下ってきたからな。


 突然の咆哮に驚いたのか、リディアが目を潤ませながら俺の腕に抱きついてきた。

 一応リディアは隠しダンジョンの敵を難なく倒せるくらいにはかなり強いのだが、怖いものは怖いのだろう。


「えっと、これはわたしもセインさんの腕に抱きついたほうがいいパターンでしょうか?」

「できればやめてほしい……」


 心臓に悪いからな。


 それにしても、皮肉の一つや二つ言えるあたり、エリスは肝がわっているな。

 リディアも見習ってほしいところだ。


 ……と思ったけど「リディアにはそのままでいてほしい」という気持ちもある。


「っと、冗談を言っている場合じゃないぞ」


 咆哮から間を置かず、魔物や亜人の群れが押し寄せてきた。

 今回のスタンピードの原因はやはり、先ほど雄叫びを上げていたダンジョンボスなのだろう。


 やはりダンジョンの最下層まで行って、ボスを倒しておくべきか。

 一応俺にはゲーム知識があるし、しかも終盤で攻略するようなダンジョンですら子供のころにソロ攻略できている。

 スタンピード中という事情が少し引っかかるが、それでも攻略自体は不可能ではない。

 リディアの実力は完全に把握しているし、エリスも期待以上の働きを見せてくれている。

 この三人で大元を叩いておいたほうが、今後の平和にもつながるだろう。


 ……ということを、リディアやエリスと一緒に敵を倒したり、冒険者を救出したりしながら考えていた。


「ふう、とりあえずこれで静かになったね」


 敵をあらかた倒し終えたリディアは、大きく息を吐いた。

 俺の考えを提案するのは、今が好機だ。


「俺はダンジョンの最下層に行って、ボスを倒しに行くべきだと思う。みんなはどう思う?」

「たぶんボスがスタンピードの原因だもんね。次の階層から未踏破エリアになるのがちょっと気になるけど……わたしは行くよ」

「王都エフライムを守るためにも、自分を守るためにも、攻めることは大事だと思います」


 リディアもエリスも、反対はしなかった。

 ということで俺たち三人は階段を降りて下層に向かい、魔物を蹴散らして要救助者の捜索をしつつ、ダンジョンの探索を続ける。


 結局、未踏破エリアというだけあって、生きている冒険者は一人もいなかった。

 なんとか逃げ切ったか、あるいは死んだかのどちらかだろう。


 感傷に浸りつつ歩を進める。

 そして俺たちはついに最下層の、ボス部屋の前に到着した。

 このとき、スタンピード発生の報告から数日が経過していた。


 俺は「防御態勢の準備はいいか?」とパーティメンバーに確認したあと、重厚な扉を開け放つ。


「ギャオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ダンジョンのボス。

 それは《古の魔竜》と呼ばれるドラゴンだ。


 四足の体躯たいくを覆う黒いうろこが、刺々しく禍々まがまがしい。

 長いダンジョン生活のせいか翼が退化してしまっているが、それでもとても強そうな見た目をしている。


 そしてこの《古の魔竜》は決して見掛け倒しなどではなく、ゲームでは本当に強かった。

 自分に影響を及ぼす魔術は、すべて無効化するからである。

 黒魔術による攻撃や、白魔術によるデバフが一切効かないということだ。


 極めつけには、魔竜のブレスは魔術扱いのため、魔術耐性の多寡たかでダメージが決まってしまう。

 魔竜を傷つけることのできる武器職の大半が、たった一度ブレスを浴びただけでHPのほとんどを持っていかれてしまうということだ。


 そのくせ竜族らしく守備力・HPが高いため、恐ろしく倒しづらい。

 複数のユニットで1ターンキルを狙わないと、ほぼ必ず死者が出るくらいだ。


「ギャオオオオオオオオオッ!」

「セ、セインくん! ほんとに一人で大丈夫なの!?」

「大丈夫だ」


 俺はリディアの頭を撫でたあと、Sランクの刀 《残心》を抜いて《古の魔竜》に近づく。

 そして──


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ほら、何の問題もない」


 魔竜の硬い鱗を、俺の刀はやすやすと斬り裂いてみせた。

 刃からは、魔竜のどす黒い血液が滴っている。


「ギシャアアアアアアアッ!」


 怒り狂った魔竜が闇の炎──《魔竜のブレス》を部屋全体に撒き散らす。

 漆黒の炎は石像を焼き尽くし、ドロドロに溶解させる。


 ……が、《魔女》リディアと《聖女》エリスはまったくの無傷だった。

 俺がかけた《バリア》の魔術と、そしてリディアたち自身が備える高い魔術耐性のおかげだ。

 もちろん《回復術師》である俺も無傷だ。


「どうせ魔術を無効化するんなら、部屋全体の魔術も対象にしておくんだったな」


 俺は身体強化の魔術を使って魔竜に飛び乗り、刀で首を切りつける。

 薄くもろい刀身は一切折れることなく、《古の魔竜》というダンジョンボスを一刀両断してみせた。


「やっぱりセインくんはすごいよ!」


 魔竜の死を確認し終えた直後。

 俺は突如、リディアに抱きつかれた。


「だって、あんなおっきくて怖いドラゴンをソロであっさり倒せたんだもの。間違いなく世界最強の《回復術師》……ううん、世界最強の存在だよ!」


 世界最強の存在、か……

 大きく出たなリディア。


「リディアちゃん。セインさんが世界最強の存在であることは、魔王を討伐された時点で決まったも同然ですよ?」

「あっ……そっか、そうだね。ありがとうございます、エリスさん!」


 ぺこぺこと頭を下げるリディア。

 エリスはにこりと微笑み、リディアの頭や髪を「よしよし」と優しく撫でていた。

 ああ、平和だ……


 ゲームでは、リディアとエリスは堅苦しい会話くらいしかしていなかった。

 たとえば「世界を救うために共闘しましょう」だとか、「あまり根を詰めすぎないでくださいね?」といった感じだ。

 会話の内容は暗いわけではなかったが、どちらかというと冒険活劇や成長物語といったシリアス要素が強かったのだ。


 しかし、こうしてリディアとエリスによる、ゆるーい会話を聞いていると「この世界に転生してよかったな」と心から思えてくる。


「セインくん、どうしたの?」

「ああ……えっと、《古の魔竜》を倒せて良かったなって思ってたんだ。これでスタンピードも収まるだろう。ということで、一旦引き上げよう」


 魔竜の素材を剥いで、宝を回収した後。

 俺はリディアとエリスを引き連れ、最下層にのみ用意されている転移門を使って地上に戻った。

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