第17話 実力を示すために

「ダンジョンのスタンピードを抑制しつつ、救助活動に尽力し、そして未踏破の最下層で眠るとされていた《古の魔竜》を討伐してくれたようだな」


 翌日。

 俺・リディア・エリスの三人はギルドに報告を済ませたあと、ギルド経由で国王アベルと謁見することとなった。


「エリス、真の勇者セイン、リディア……王都エフライムを、いやこの王国を救ってくれたお前たちには感謝しておる。お前たちがいなければ今ごろ、王都には魔物の軍勢が押し寄せていたことだろう」

「わたしたちは当然のことをしたまでです、国王陛下」


 聖女エリスは控えめに答えた。

 俺もエリスと同じ気持ちだし、リディアもこくこくとうなずいている。


「特にセインとリディア、お前たちには二度も助けられてしまったな。ぜひとも爵位を贈りたい」

「お気持ちはありがたいですが、お断りします。俺は冒険者として、自由で中立に近い立場にありたいのです」

「わたしも同じく……」


 俺とリディアの反応を見て、国王アベルは「残念だ」と一言だけ答えた。


「ではエリスも含めた三人には、一時金を支給することにしよう」

「ありがとうござ──」

「王様、騙されたらダメですよ!」


 突如、カーテンの奥から声が聞こえてきたかと思うと、一人の男が現れた。

 彼の名前はシン──勇者の聖痕を持ちながら、聖剣に拒絶された男である……


 っていうか、毎度まいどカーテンの奥に隠れすぎだろ。

 確かに国王を狙う暗殺者には有効かもしれないけど。


「聞いてくださいよ王様。王都ダンジョンの奥に出現する《古の魔竜》はとてつもなく強い。だからあいつらに倒せるわけがないんですよ!」

「なぜそう思うのだ?」

「《古の魔竜》には魔術が一切効かないんです。これは王様も知らないでしょうけど、攻撃が常時魔族特効のエリスですらお荷物なんだ。かと言って武器で攻撃しようとするとたいてい返り討ちにされる」


 ゲーム知識を国王相手にひけらかすシン。

 シンの表情からはどこか、愉悦ゆえつの色が浮かんでいた。


「だから聖女エリス・リディア、そして回復術師のザコ……この三人の魔術師パーティでは《古の魔竜》は絶対に倒せない! 王様、もう一度言いますけど騙されたらダメです!」

「俺が刀を使えることを忘れたか、シン」


「ぐっ……」とうめき、表情を歪ませるシン。

 しかしすぐに立ち直ってみせた。


「お前、せっかく抜いた聖剣を大聖堂に置きっぱなしにしてるらしいな?」

「いつもの刀ですらオーバースペックなんだ。聖剣なんていらない」

「お前みたいな最弱職が、聖剣なしで《古の魔竜》を倒せるわけねえだろうが!」

「俺が最弱だと言うんなら、何度も俺に勝負を挑んでは負けてきたシンはどうなるんだ?」

「ちっ、減らず口を……もういい、決闘だ!」


 シンは手袋を俺の胸元に投げつけてきた。

 国王アベルは、シンの突然の行動に驚きを隠せずにいる。


「シン、お前は確かに強かった。わしの知る限りでは、お前は間違いなく王国一の腕前を持っていた。だが、魔王や《古の魔竜》を倒したセインと、本気でやり合う気か?」

「王さまの言うとおりだよ!」


 リディアはシンに詰め寄り、続けた。


「さっきもセインくんが言ってたけど、シンくんは一度もセインくんに勝ったことないよね? それで決闘だなんて……わたしがシンくんだったら、そんな勝ち目のない戦いなんてしない!」

「リディア、一つ忘れてないか? 今のオレには『これ』があるんだよ」


 シンは不敵な笑みを浮かべながら、右手の聖痕を高らかに掲げる。


「オレは《剣士》から《勇者》に生まれ変わってから、かつてないほどに強くなった。近衛騎士団全員を相手にして、余裕でボコれるくらいにな」

「それでもセインくんのほうが絶対に強いよ!」

「いや、そんなのやってみなくちゃ分からないぜ?」


 確かにシンの言う通りだ。

 シンが勇者の聖痕を授かって以来……いや6年前にリディアを賭けて決闘して以来、俺は一度もシンの戦いを見たことがない。


《勇者》は、ゲームでは名実ともに最強の武器系クラスだった。

 なぜなら単純にステータスが万能型だからだ。


《狂戦士》並のHPと力を持ち、《剣聖》並の技と速さを持っている。

 それに加え、《将軍》並の守備力と魔術耐性を誇っていたのだ。

 これだけでも十分人外レベルだが、そこにダメ押しするように専用スキルも多数揃っている。


 そしてこのゲームに似た異世界には、クラスの代わりに「天職」がある。

 ゲームのクラスは単に過去を含めた「生き様」を示す場合が多いのだが、この世界における天職は「才能」であり「力」でもある。

《勇者》の天職を得たシンは、今までの《剣士》時代とはまったく違った実力を有していることだろう。

 苦戦はまぬがれないはずだ。


「シンさん……とおっしゃいましたね?」


 聖女エリスが笑みを貼り付けながら、シンに問うた。


「あなたの言う『決闘』とは要するに、自分の力を誇示こじすることでしょう? 神から授かった力をそのような生産性のないことに使うのは、問題なのでは?」

「オレは神に選ばれし人間、つまり神そのものだ。オレの有り方はオレが決める」


 エリスは「これは重症ですね」と言いながら、やれやれと肩をすくめてみせた。

 しかしシンは一切臆することなく、今度は俺をニヤニヤと見つめてきた。


「まっ、いきなり決闘っつってもアレだな。聖痕の持ち主であり近衛騎士でもあるオレと、男のくせに《回復術師》なモブ野郎とは、あまりにも立場が違いすぎる。剣士時代みたいに、なんの条件もつけずに今すぐバトルってわけにはいかねえな」


 心外だな。

「決闘だ!」って言ってきたのはシンのほうじゃないか。


「ということでセイン、『コロシアム』の決勝戦で待ってるぜ」


 おそらくシンの言う「コロシアム」とは、ゲームにも登場する施設のことで間違いない。


 ゲームのコロシアムでは、プレイヤーは一定の掛け金を用意することで、自分が育てたキャラをCPUと戦わせることができる。

 要するに、軍資金(と経験値)を稼ぐためのギャンブル場だな。


 コロシアムでの戦闘は、どちらかが降参するかHPがゼロになるまで行われる。

 大切に育ててきたキャラが死んで、二度と使えなくなる危険性もある……ハイリスクハイリターンなギャンブルだ。


 ここまではいい。

 だが問題なのは、参加資格である。


 そのことにいち早く気づいた様子のエリスは、口元に孤を描いた。

 ……目は全く笑っていなかったが。


「《回復術師》には参加資格がありませんが?」


 そう……エリスの言うとおりだ。


 少なくともゲームでは、《回復術師》は闘技場にエントリーすることすらできなかった。

 その理由は単純で、武器も黒魔術も使えない「戦えないクラス」だからだ。


 ゲームのシステムがこの世界にも、機械的に反映されているようでなによりだ。


「これは不文律ふぶんりつではなく、ギルドによって明文化された規則です。あなたはそのことをご存じなかったのですか?」

「知らなかったぜ。教えてくれてサンキュな、エリス」


 シンのやつ、まったくもって白々しいな。

 リディアも「なんで嘘つくのかな?」と、首を傾げている。


「まあ《剣士》あたりで天職詐称すればいけるだろ」

「いけません。コロシアムには《鑑定士》が配置されているので、賄賂わいろでもしない限り詐称できません。あるいは特別な事情がない限りは……」

「ってことはオレの不戦勝が決定したわけだ」


 エリスに向かって勝ち誇るように言ったシンは、したり顔のまま国王アベルに向き合う。


「王様、やっぱりこの三人が《古の魔竜》を討伐したのは嘘なんですよ。セインのモブ野郎はケツの穴が小せえ男だ。そしてリディアとエリスでは絶対に魔竜を倒せないし、そもそも救助クエストに参加したってのも嘘──」

「じゃあわたしがセインくんの代わりに戦うよ!」


 そう名乗りを上げたのは、リディアだった。

 俺の代わりに戦ってくれるというのは、嬉しさ以上にとても悲しいことだ。


「オレはリディアに怪我なんてさせたくないんだ、女は引っ込んでろ!」

「女かどうかなんてこの際関係ないよ!」

「それにお前、王都の奴ら全員に天職がバレてもいいのか!」

「──っ!? ……そ、そんなのわかってるよっ! それでもわたしは──」

「待て」


 俺がわざわざ低い声を作って言うと、シンもリディアも黙り込んだ。

 シンの額からは、冷や汗が滴り落ちている。


「コロシアムはギルドが管理している……そうだな、エリス」

「はい」

「俺がギルドと交渉してみる──そしてシン、コロシアムでお前を降参させる。お前は殺す気でかかってこい。俺は生きたまま屈服させる」

「なっ……なに言ってんだよお前! 分かってんのか、《回復術師》はコロシアムに出場できないんだぞ! それにお前は知らないだろうけどな、コロシアムにはアホみたいに強いNPCモブがうじゃうじゃいるんだぞ! このオレですら一回死にかけて、それでやっと一位になったんだぜ!」


 シンの言うとおりだ。


 ゲームシステム上、レベルカンストの勇者シンですら頻繁に事故を起こす……それがコロシアムだ。

 シンが殺されてゲームオーバーになるたび、対戦相手に向かって「もうお前が世界救ってこいよ」と何度ぼやいたことか。


 でもここはゲームとは違うんだ。


「それでも俺はコロシアムの頂点に立つ。勇者を押しのけてでもだ。もし俺が勝ったら、リディアとエリスの頑張りも含めて全部認めてもらうぞ」

「くうううううううっ、このイキリモブ野郎が! ──ああいいぜやってみろよ! コロシアムで門前払いされて、後で『なかったことにしてくれ』って土下座してきてももう遅いからな!」


 俺は国王アベルに「失礼します」と一礼したあと、ギャーギャーと喚き立てるシンを尻目に謁見の間を去る。

 リディアやエリスも慌てて、俺の後をついてきた。



◇ ◇ ◇



 結局のところ、コロシアム出場の件に関しては特例で認められることとなった。

 むしろ「スタンピードを解決させたSランクの《回復術師》が参戦……興行収入が増えそうですね」と、王都のコロシアムを管理するギルドマスターが笑っていたのだ。


 その後、俺とリディアはエリスと別れ、連泊中のホテルに戻った。


「助けてくれてありがとう……そしてごめんなさい、セインくん」


 いきなりホテルの一室に呼び出されたかと思ったら、開口一番リディアに謝られてしまった。

 リディアの表情はとても暗く、辛気臭かった。


「なんのことだ? むしろ俺のほうが、リディアに感謝すべきなんだ」

「え……?」

「俺の代わりにシンと戦おうとしてくれてありがとう。とても勇気がっただろう」


 コロシアムとは要するに殺し合いだ。


 人を殺したことがないリディアには荷が重すぎる。

 それに、対戦相手の一人であるシンは一応幼馴染だしな。

 まあ俺もリディアと同じく殺人経験はないし、シンとあまり戦いたくないのも同じなのだが。


 しかしリディアはそれらに加え、「天職が《魔女》であることが民衆にバレて迫害されるかもしれない」というリスクを受け入れてまで俺のために戦おうとしてくれたのだ。

 リディアには感謝の気持ちしかなかった。


「で、でもわたしが名乗り出ちゃったせいでセインくんは──」

「俺はただ、俺のすごさをシンに見せつけたかっただけだよ」


 そして、俺が不甲斐ふがいないせいで、リディアやエリスの功績すらも否定されるのも嫌だった。

 だからこそシンには、俺の実力をハッキリと分からせる必要があったのだ。


「別にリディアのために戦おうっていうんじゃない。俺は俺のためにシンを叩きのめす──それだけなんだ」

「そんな悪者ぶらなくても……」

「だから謝罪よりも、もっと他の言葉が欲しい」

「わかった……がんばってねセインくん。わたし応援してるから」


 俺はリディアに「おやすみ」と言って、部屋を出た。

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