第15話 聖女エリスのパーティ加入、そして事件

「あくびをされるなんて、昨日はよく眠れなかったのですか?」


 翌朝、王都エフライムのギルドホールにて。

 すでに待ち合わせ場所にいた聖女エリスは、心配するように俺の顔を覗き込んだ。


 ──国王を説得してもらった報酬として、俺とリディアはエリスと冒険者パーティを組むことになっている。

 大変だが頑張ろう……そう思いながら、俺はエリスに返事した。


「まあ、ちょっとな」


 まさか、昨日はリディアを寝かしつけるために部屋で二人きりになっていた……なんて言えるわけがない。

 リディアもまた、表情を赤くしながら俺を見つめていた。


「あまり調子が良くないというのであれば、今日はゆっくりお休みになられても……」

「大丈夫だ」


 俺はそう答え、ギルドの掲示板に向かった。

 リディアやエリスもまた、「待ってよ~」「待ってくださ~い」と言いながらついていく。


「──そういえばついこの間、王都に魔王がやってきたらしいぞ」


 ふと、そんな冒険者の声が聞こえてきた。

 盗み聞きはあまりよろしくないが、一般市民たちがどのような認識でいるのかが気になるところだ。

 もちろん心臓が変にバクバクして脇が汗で湿ってくる、という意味で。


「はあ? 魔王がやってきただなんて、そんなのありえねえだろ。もしそれが本当ならなんでオレたち無事なんだよ」

「それが大聖堂にワープしてきたんだってよ。魔族と一緒にな。おととい大聖堂にいた連中が見たんだってよ」

「ふーん。で、その場に偶然居合わせた勇者サマがその場で倒したってか? 王都に被害が及ぶ前に」

「ま、そういうことになるかな」

「でもこっちは『勇者が聖剣に祟られた』なんて噂も聞いてるんだ。信じられねえ」

「聞いて驚け。聖剣を抜いて魔王を倒したのは《勇者》じゃなくて、男の回復術師……らしいんだ」

「ぷっ……ぎゃはははははっ! 誰かと一緒じゃなきゃ戦えねえチキンが、聖剣を抜けるわけがねえだろ! ありゃ勇者専用だよ! それに昨日大聖堂に行ったけどよ、聖剣が台座にぶっ刺さったまんまだったぜ? まだ誰も抜いてないってことなんじゃねえのか」

「まあとにかく、その回復術師くんが聖剣を抜いて魔王を倒したそうなんだよ」

「でもおかしくねえか? 本当に魔王が倒されたっていうんなら、普通パレードでもやるんじゃねえのか? こっちは何も聞いちゃいねえんだが」


「そうだな……彼は目立ちたくなかったのかもしれない」と、顎を押さえる理知的な男性冒険者。

 そのとおりだ。


「俺が魔王を倒した」という事実が明るみに出てしまうと、権力争いに巻き込まれるおそれがある。

 このアトラ王国の王や大司教は友好的に接してくれてはいるが、他国やその他権力者はどう思うかは分からない。

 だから俺は戦勝パレードを断ったし、大司教も「大々的にはやらないほうがいい」と判断し、国王アベルもそれを追認したのだ。


 それにしても、俺の噂がよくここまで広まってしまったものだ。

 箝口令かんこうれいはどうなってるんだと言いたい。


 人の口に戸は立てられない、ということだな。

 しかたのないことではあるが。


「聖……ううん、エリスさまっ……あ、ちがっ……エリスさんっ!」


「ふふ、焦らなくても大丈夫ですよ?」と、リディアに笑いかけるエリス。

 実はエリスは今「聖女」としての正体を隠しており、「光属性黒魔術と白魔術が『ちょっと』得意なごく普通の賢者」を演じている。


「リディアちゃん、何かよさそうな依頼がありましたか?」

「えっと、薬草集めがいいかなって。ほら、安全ですしっ」

「採取クエストですね。わたしとしてはダンジョンの討伐クエストのほうがおも──人々の役に立つ、やりがいのあるクエストだと思いました」


 ん? いま「面白そう」って言いかけたよな?

 貴族の狩りと同じような感覚でいられても困るのだが……

 出自が関係しているのかもしれないが……うーん。


 エリスのことはゲームである程度知っているが、どの程度戦えるか一応確認しておこう。


「エリスは戦闘経験があるのか?」

「はい。ヒーラーとしてですけど、昔ここに住んでいたときに少し」


 これは「聖女の聖痕を授かる前に」ということを婉曲えんきょく的に表現しているのだろう。

 かつて王都エフライムに住んでいたエリスは、聖女に選ばれた後エレスガルド教国に移住している。


「ちなみに、ここのダンジョンに潜ったこともありますよ?」


「さすがに最下層までは無理でしたが」と、バツが悪そうに笑うエリス。


 しかし聞くところによると、現地人たちは未だに最下層まで到達できていないという。

 エリスにはなんら、恥ずべきところなどない。


 ちなみに「王都ダンジョン」と呼称される場所は、王都城壁の外を隔てて数キロ先に位置する。

 中途半端に「ダンジョン都市」に馴染みのある冒険者は、「王都ダンジョンだなんて詐欺だろ!」などと叫ぶそうな。


「セインさん、それにリディアちゃん。しばらくの間よろしくお願いしますね」

「ああ──」


「た、大変だっ! スタンピードが発生したぞ!」


 突如、一組の冒険者パーティが慌ただしくギルドホールに入館し、叫んだ。

 彼らはみな一様に、息を切らしている。


「落ち着いて、状況を詳しく教えてください!」


 その場にいたギルド職員に問われる冒険者パーティ。

 そのリーダー格の男が説明したことによると、こういう事情だったらしい。


 そのパーティはダンジョンの中層──高難易度地点を探索していた。

 すると下層の方から魔物の咆哮が聞こえ、それと同時に周囲の魔物が凶暴化したという。


「──大量の魔物に通せんぼされて、身動きが取れなくなってるパーティもたくさんいた。俺たちはなんとか逃げられたんだけど、ダンジョンは今ヤバいことになってるんだ!」


 男の報告に、ギルドの職員は「ご報告、ありがとうございます!」と一礼し、バックオフィスに引っ込む。

 ホールにいた冒険者たちは「おいおいどうなってるんだ?」と騒ぐばかり。


 しかしギルド職員が時間を置かずに戻ってくるやいなや、冒険者たちが引き締まったような表情を見せた。


「これより、緊急クエストを発注いたします!」


 ギルド職員が説明した緊急クエストの内容は、次のとおりだ。


 白魔術を使える魔術師と、Bランク以上の冒険者。

 彼らはできるだけダンジョンの下層に潜って、逃げ遅れた人々を救助する。

 ギルド職員はこれを「救助クエスト」と呼んだ。


 それ以外の冒険者は中層・上層にて、救助クエストを請け負った冒険者の援護を行う。

 要はバケツリレーをして要救助者を地上まで運んだり、必要な物資を最前線に届ける役割だ。

 ギルド職員によれば、この依頼名は「援護クエスト」である。


 ちなみに、万が一に備えた王都防衛については、王国騎士や神殿騎士などに要請するとのことだ。


「みなさま。この緊急クエストは、よほどの事情がない限り受けていただきます。ほぼ強制だとお考えください」

「おいおいマジかよ……!」


 ギルド職員の言葉に、冒険者たちの大半が表情を青くした。


「ダンジョンでスタンピードが発生したんだろ? まだ死にたくねえよ!」

「な、ななな、なに言ってんのよ! 冒険者登録のときに説明されたじゃないっ!」

「け、けどよお! まさかスタンピードが起きるなんて思わなかったんだよ!」


 冒険者たちはギャーギャーと騒いでいる。

 だが俺の答えはもう決まっている。


「──俺は救助クエストを受ける」


 いの一番に手を挙げると、冒険者たちが静まり返った。

 それはギルド職員も同じだったようで……


「あの……失礼ですが、当ギルドのご利用は初めて……ですよね? 自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか」

「俺の名前はセイン。冒険者ランクSの《回復術師》で、いちおう戦いの心得はあります」


 王国共通のギルドカードを提示しながら、よどみなく答える俺。

 すると突如、ガタイのいいスキンヘッドの冒険者に胸ぐらを掴まれた。


「おいてめえ! 田舎者のくせに、ふざけんじゃねえ!」

「……ふざける、とは?」

「《回復術師》のザコが、Sランクになれるわけねえだろうが! もっとマシな嘘をつきやがれ!」


 ああ、そういうことか。

 確かにごく一般的な《回復術師》は、SどころかAにすら昇格できない仕組みになっている。


 そもそもAランクに上がるには当然、高度な戦闘技術も求められる。

 要は、武器も黒魔術も使えない《回復術師》は、どれだけパーティに貢献したとしてもせいぜいBランク止まりということだ。

 Aよりも格の高いSランク昇格は、もはや言うまでもない。


 つまり一般論で言えば、Sランクの《回復術師》は明らかに矛盾している、ということである。

 ゲームで言うところの「チート」「改造データ」だな。


 だが、俺は普通の《回復術師》とは違って「実績」がある。

 ただその「実績」というのはあくまで、故郷の隠しダンジョンで得た実績だ。

 危険極まりない隠しダンジョンの存在は、ギルド以外には絶対に教えたくない。


 さて、俺が正統な手段でSランクを取得したことを、一般の冒険者に向けてどうやって説明するか──


「あっ、あの人! 確か大聖堂で聖剣を抜いて魔王を倒した、あの《回復術師》ですよ! わたし、覚えてます!」


 一人の女性冒険者が、声高に叫ぶ。

 すると一部の冒険者が「ほんとだ。確かこんな、一晩寝たら忘れそうな顔だった!」と興奮気味に騒ぎ始めた。


 これじゃあ箝口令が台無しだ。

 こうなることを恐れて、魔王討伐直後に大司教から通達してもらっていたのに。


「なんで《回復術師》のヒモ野郎が、聖剣を抜いて魔王を倒せるんだよ! 信じられるわけねえだろうが!」


 俺の胸ぐらをつかんできたスキンヘッドの男は、つばを飛ばす勢いでまくし立てる。


 マズイことになったな。

 目立たないようにしようと思っていたのに、いきなりこれでは先が思いやられる。


 それもこの前、衆人環視の中で聖剣を抜いて魔王を倒してしまったせいだ。

 そして今日、わざわざ手を挙げてクエスト受注をしたせいだ。


 だが、俺は今までの行動が間違っていたとは思わない。


 もし俺が聖剣を抜かなかったら、今ごろ聖剣は魔王によって破壊されていただろう。

 そして、もし俺がクエスト受注を高らかに宣言しなければ、冒険者の大半は逃げ出していたに違いない。


 だからといって俺が不正していると思われたり、俺と勇者を結び付けられたりしても困る。

 なので──


「《回復術師》がザコだとか、誰々が魔王を倒したとか、そんな話をしている場合じゃないだろ。人の命がかかっているんだぞ」


 低く大きな声で言ったあと、胸ぐらをつかんだままのスキンヘッド男の手を剥がす。

 スキンヘッド男は「《軽戦士》よりも力が強え《回復術師》ってナニモンだよ……」と驚きの声を発していたが、気にしないことにする。


「あの、セインさんとおっしゃいましたね」


 ギルド職員は机から紙束を取り出した。


「こちら、ダンジョンのマップです。特別に無償提供いたします。冒険者の方々がマッピングされたものですので、もちろん未踏破地域については何の情報もありません。もし先に進まれるようなことがあればご注意ください」


「ありがとうございます」と言って地図を受け取る。


 地図には各階層の構造だけではなく、魔物の分布も書かれていた。

 マッピングされている範囲内では、ゲームとまったく同じだった。


 これならスタンピード中のダンジョンでも安心して攻略できるだろう。


「リディア、頼みがある」

「なにかな?」

「スタンピード中のダンジョンは危険だ。それに俺たちは一度もこのダンジョンに行ったことがない……それでも俺は、リディアの力が欲しい。できればついてきてほしい」

「セインくん」


 リディアは微笑みながら言った。


「そういう風にお願いされなくても、わたしはセインくんについていくよ。だってみんなを助けたいのはわたしだって同じだし。それにわたし、セインくんのことも守りたいから」

「ありがとう──やることは普段と同じだ。お互いを守りつつ、みんなを助けるぞ」

「うん!」


 リディアは真剣な面持ちでうなずいたあと、エリスと向き合った。


「エリスさんはここで待っていてください。スタンピード発生中のダンジョンは、ほんとに危ないですから」

「いいえ、ついていきますよ? わたしも白魔術師のはしくれですし、救助クエストに参加すべき冒険者に該当します」

「で、でもっ! もしエリスさんに何かあっても守れるかどうか──」

「『助けて』と言われたのに見殺しにして、後味の悪い思いをするようなことはしたくありませんから」


 頑ななエリスに、リディアは困ったような表情を浮かべて俺を見つめてきた。

 リディアはどうやら、俺に助け舟を出してほしいようだが……


「エリス、よろしく頼む」

「セ、セインくんっ?」

「エリスは、リディアが思っている以上に強い。自分の身くらいは自分で守れるだろう。魔王が現れたりしない限り、な」


 もちろんそれには根拠がある。

 しかし俺の考えを今ここでリディアに話すことはできない。

 なぜなら、元ゲーマーの俺だからこそ知る「聖女エリス」について、人前で説明しなければならないからだ。


 俺が転生者であること。

 目の前にいる「白魔術師の端くれ」が聖女エリスであること。

 そしてエリスが聖女となる前、どのような立場だったのか。


 俺たちが抱える秘密を、みんなの前で暴露するようなことはしたくない。


「セインくんがそう言い切るってことは、なにか根拠があるってこと……だよね? でもそれは、ここでは言えないことなんだよね?」

「そうだな」

「だったらわたし、信じるよ」


「ありがとう」と俺が返事すると、リディアは「えへへ」と表情をほころばせた。

 その後、俺はリディアとエリスを引き連れて、ギルドホールを出てダンジョンに向かう。


 すると……


「──俺らもいっちょやってみっか!」

「──よそ者がやるって言ってんだ、俺たち地元民がやらなくてどうする!」

「──あんなかわい子ちゃんとヒモ男に任せておけねえ! 男の意地を見せてやろうじゃねえか!」

「──うおおおおおおおおおおおっ!」

「──ちょっと、勝手にあたしたちを男にしないでくれる!? まあやってやるけどね!」


 ギルドホールから、まるでお祭り騒ぎのような叫び声が聞こえてくる。

 それと同時に、冒険者たちがエントランスから続々と現れた。

 俺は安心感を覚え、自然と頬が緩んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る