第14話 堕ちた勇者と、真の勇者

「オ、オレとお前は運命レベルで結ばれている。なんせ世界に一人しかいない、勇者と聖女なんだからなっ」


 勇者の魔力を感じ取れなかったというエリスに対し、必死になって食い下がる勇者シン。

 だけど正直「運命レベルで結ばれているだなんて詭弁きべんだな」と俺は思った。


 少なくともゲームでは、主人公シンには複数のヒロインが存在する。

 リディアやエリスも、そのヒロインのうちの一人だ。


 だから決して、シンとエリスが運命レベルで結ばれているなどという事実は存在しない。

 たとえ「勇者と聖女はかれ合う」という一般論が存在したとしても。


 それにシン、お前はリディアのことが好きなんじゃなかったのか。

 節操せっそうがなさすぎる。


「だから、あんなクソザコモブ偽勇者野郎なんかと一緒にいてないで、オレと一緒に王様の近衛このえ騎士になろうぜ?」

「お断りいたします」


 笑みを崩さず、しかし確かな口調で、聖女エリスはシンを拒絶した。


「あなたは確かに勇者の聖痕をお持ちです。ですが人の悪口を平気で言ったり、初対面の女性をいきなり口説こうとしたりするのは、やめたほうがいいですね。『神に選ばれし者』なのであれば、それ相応の振る舞いを心がけるべき……でしょう?」

「おい……!」

「まあ、どういうわけか聖剣にたたられたようですし、神性も枯れ果てる寸前のようですし。たとえ聖痕が刻まれていたとしても、わたしはあなたを『勇者』だと認めるつもりはございません」

「なっ──!? なんなんだよてめえ! いやてめえら! エリスもリディアもモブ野郎も、みんなゲームと性格変わりすぎだろ!」


 一番変わってるのはお前だよ、と言いたくなるのをグッとこらえる。

 俺が転生者だと知られても、良いことなんて一つもないからな。


「てめえこそ偽聖女だろ、この性格ブス!」

「シン、今の発言はどういう意味だ!」


 突然怒鳴りだす国王アベル。

 怒りで顔を真っ赤にしていたシンは、一気に表情を青ざめさせた。


「い、いえ! なんでもありません! ──とにかくオレは本物の勇者だ! そしてセインは偽勇者で、本当は魔王なんてここには来ちゃいない! それで──」

「もうよい、シン」


 国王アベルは怒りを静めたのか、落ち着いた声音でシンを呼び止めた。


「エリスの言うことはすべて真だ。聖女が嘘をつく理由はない」

「お、おいおいおいおいっ! じゃあ本当にセインの野郎を『勇者』と認めるんですか!? そんなことされたらオレは──」

「安心せよ、お前との雇用は継続する。曲がりなりにもお前には勇者の聖痕があるし、なにより実力は本物だ」


 なるほど、やはりシンは国王アベルに実力を示していたんだな。

 しかもド短期で。

 どうやってやったのかは知らないが、実力で勝ち取った「近衛騎士」の座であれば特に問題ないだろう。


 しかしシンは、どうしても俺を偽勇者扱いしたいようで……


「そ、それでもオレは納得でき──」

「それともお前は、アトラ王国国王アベルの決定に異を唱えるとでも言うのか? であれば近衛騎士を解任し、王宮から追放することになるが──」

「わ、分かりました! これからも誠心誠意、務めさせていただきますうっ!」


 シンは絶叫しながら、国王アベルに土下座をした。


「では……聖剣を引き抜き、魔王を倒した真の勇者セインよ。そしてセインを支え、人々を守ったリディアよ。お前たちにはそれ相応の報奨を与えるとしよう」


 国王アベルは高らかに宣言した。


「勇者セインには侯爵、リディアには伯爵の地位を与えることにする」

「ありがとうございます、陛下。でも俺は冒険者として自由にやっていきたいので、爵位は受け取れません」

「わ、わたしもセインくんと同じ考えですっ」


 俺とリディアの言葉を受け、国王アベルは渋い表情をする。

 しかし大司教が「権力争い等で命や尊厳を失った勇者様は数多くいらっしゃいます。どうか……」とフォローしてくれたおかげで、国王アベルは納得してくれた。


「爵位はいらぬか。ではお前たちには魔王討伐の一時金を支払おう。爵位を断ったぶん、報酬に色はつけさせてもらうので期待するがよい」



◇ ◇ ◇



「よかったねセインくん」


 国王アベルから一時金をもらい、協力してくれたエリスや大司教にも礼を言ったあと。

 俺とリディアは、ホテルにあるリディアの部屋で談笑していた。


 ホテルといってもやましいことは断じてしていないが、な。

 あくまで密談するためのスペースが欲しかっただけだ。


 リディアは、ほくほく顔で続けた。


「セインくんのがんばりがこうして認められて、わたしも自分のことのようにうれしいよ」

「ありがとう。俺も、リディアが大司教だけじゃなくて陛下にも認められて、よかったって思う」


 俺は国王アベルと王都大司教の連名で、平民が一生遊んで暮らせる額の一時金をもらった。

 一方のリディアもまた、魔王を倒した俺よりは少ないものの、教会と王国からそれなりの額の支払いを受けていた。


「ねえセインくん」


 リディアはほくほく顔から一転、ほんの少し辛気臭そうな顔をして言った。


「これからエリスさまと一緒にパーティを組むじゃない?」

「ああ」

「エリスさまが満足して王都を出ていったあと、セインくんはどうするの? 王都に残る? それともアレスの街に、お家に帰りたい……?」

「リディアはどうしたいんだ?」


「あう……」と言って黙り込むリディア。


 リディアは昔から俺にべったりだ。

 それにはもちろん理由がある。

「魔女だから」というだけで裏切り者扱いされ友達を失ったなか、俺(+シン)だけが兄貴分として面倒を見てきたからだ。


 だが、何をするにも俺の後ろをついてきたリディアには。

「セインくんはどうするの?」「じゃあわたしも!」が口癖のリディアには。

 今一度「自分の意志」というものを取り戻してほしいと思っている。


「今すぐ答えを出さなくても、じっくり考えればいいと思う」

「うん……で、でもわたし! まだセインくんの答えを聞けてないよっ?」

「俺は、世界を見て回ろうかなって思ってる」


 せっかく大好きなゲーム……と似た世界に転生したんだ。

 そして死亡フラグからようやく解放され、十分すぎるほどの資産も得たんだ。

 日本では絶対にできなかったことを楽しみたい。


 ファンタジーの世界を、雰囲気を感じたい。

 好きなキャラや嫌いだったキャラにも会って、話をしたり模擬戦をしたりしてみたい。

 ほどほどに冒険して、俺の白魔術と剣術がどこまで通用するのか、どこまで人の役に立つのかを試してみたい。

 そして自由気ままにスローライフしたい。


 そのかたわらにリディアがいれば文句なしなんだが……まあリディアには黙っておこう。


「王都で色々やったら別の街に行く。そして行った先で区切りがついたら、また別の街に行く。俺はそうするつもりだよ」

「じ、じゃあわたしも──」

「考える時間はたっぷりあるから、一度落ち着いて考えてみたらいいと思う。俺もリディアとはできれば一緒にいたいけど、俺にはそれを強制することはできないし、してはいけないんだ。自分がどうしたいのか、リディアにはよく考えてほしい」

「……………………うん、わかった」


 リディアの笑顔には辛気臭さが残っているが、仕方のないことだ。

 リディアの今後の人生がかかっているんだからな。


「じゃあリディア。そろそろ部屋に戻る。おやすみ──」

「待って」


 リディアに服の裾を引っ張られ、引き止められた俺。


「あの……わたしが寝つくまででいいから、一緒にいて……?」

「そ、それはマズイだろ……」

「今日はちょっと不安で心臓がドキドキして眠れなさそうなの……」


 まあリディアにも色々と思うところもあるだろうし、不安になるのも仕方ないだろう。

 でも……


「別に一緒のベッドに寝てって言ってるわけじゃない。わたしが眠るまで頭を撫でてくれたらそれでいいの、お母さんが昔そうしてくれたように……ねえ、お願い」


 切なそうに、寂しそうに見つめてくるリディアに、思わず溜息が出てしまった。

 色んな意味で、な。


 リディアはホームシックで寂しい思いをしているんだ。

 だったらそれに応えてやるのが、兄貴分というものなんだろう。


「分かった」

「ありがとう……えへへ」


 ベッドに入るリディア。

 俺は床にひざまずき、ベッドの上で横たわるリディアの髪を撫でた。


「うっわ……サラッサラで気持ちいい……」と一瞬邪念がこもってしまったが、頭を振る。

 そして一心不乱にリディアを撫で続けた。


 リディアはしばらく「んっ……」と気持ちよさそうな声を上げ、頬を緩ませていた。

 俺も思わず表情筋が緩むほど、可愛らしかった。


 そして2時間後になってようやく「すう……すう」と寝息を立て始めた。


「これは……キツイな」


 リディアの犯罪的な寝顔を見届けた俺は部屋を出て、リディアから預かった鍵を使って戸締まりした。

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