第6話 ゲームヒロインの仲間入りと、主人公との対立

「こんにちはセインさん。いつもお世話になっております」


 リディアの天職判定が行われた、その日の昼下がり。

 リディアを伴って冒険者ギルドに入った俺は、女性職員に「こんにちは」と挨拶を返す。


「本日もギルドマスターにお取次しましょうか?」


 実は俺、ギルドとはとある契約を結んでいる。

 それは隠しダンジョンで産出される素材の売買と、その秘密保持契約だ。


 異世界で意識を取り戻したばかりの俺は、隠しダンジョンで素材を集めることができなかった。

 その理由は、アンデッドたちを《ヒール》で跡形もなく消し飛ばしてしまうからだ。

 隠しダンジョンにはアンデッドや死霊しか生息しておらず、素材を入手して金稼ぎすることができなかった。


 しかしSランクの刀 《残心》を使いこなせるようになってからは、アンデッドの素材を損壊させることなく入手できるようになった。


 だが隠しダンジョンの存在を公にしないまま、ギルドに売りさばくわけにもいかなかった。

 ギルドは転売や盗品売買などには厳しく、素材の「素性」を知りたがる。


 そこで俺は、上級魔物から手に入れた素材をちらつかせながら、「隠しダンジョンの存在を冒険者に漏らさない」という契約をギルドに結ばせたのだ。


 その日から俺は、ギルドマスターと密室で裏取引をするようになった。

 まあそのせいで冒険者たちから「やべー奴」「クレーマー」「モンスターアドベンチャラー」と勘違いされ噂されているのだが。

 これは嬉しい誤算だ。


 だが今日は売却のためにギルドを訪れたわけじゃない。


「いえ、実はこの子の冒険者登録をお願いしたいんです。今日はその付き添いでやってきました」


 俺はリディアの肩を軽く叩きながら、女性職員に言った。


 実は先ほど──泣いているリディアを説得した後「一緒にギルドまでついてきてほしい」と頼まれ、同行することにしたのだ。


 リディアは《魔女》として頑張ると言った。

 それでも《魔女》が被差別階級にあることに変わりなく、「ギルドに嫌な顔をされるのが怖い」とリディアが思うのも無理はない。


 女性職員は訳知り顔で「こんな可愛らしい子とお付き合いをするなんて隅に置けませんね」と言い放ったが、もちろん「幼馴染です」と返しておいた。

 一方のリディアは、色々と緊張しているのか背中が丸まっており、耳を赤くしていた。


「え、えっと……冒険者登録しに来ましたっ」

「はい。ではこちらの用紙に記入をお願いします。分からないところがあればなんでも聞いてくださいね」


 女性職員から恐る恐る申請書を受け取ったリディア。

「ありがとうございますっ」と頭を下げ、記入を始めた。


「それにしても、《回復術師》セインさんの彼女さん、か……スーパールーキー候補ですね」

「はい。ギルドに貢献できると思います……ただ、リディアは俺の彼女じゃなくて幼馴染ですけどね」


 女性職員のさりげない一言に、一言返さずにはいられない。


 一方、天職を含む個人情報をすべて書き終えたリディアは、「か、書けましたっ……」と言って女性職員に用紙を提出した。

 リディアは少し前までとはうって変わり、青い顔をしていた。


 最初、女性職員はリディアの表情の変化に疑問をいだいていたようだった。

 しかし申請書を受け取るやいなや「ふむ」とつぶやいた。


「なるほど、『こういう事情』があったのですね」


 女性職員は、リディアが書いた「天職:魔女」という可愛らしい文字列を指差す。

 リディアが《魔女》であることを周りに悟られないように、気遣っているのだろう。


「だからそんなに緊張していたんですね」という女性職員の言葉に、リディアは首を大きく縦に振った。


「あの……やっぱり、だめなんですか……? わたし、冒険者になれないんですか……?」

「いえ、大丈夫ですよ。冒険者ギルドは、犯罪者でなければ誰でも歓迎いたします」


 思えば俺がギルドに登録したときもそうだった。

 この女性職員は「男のくせに《回復術師》」と差別されてきた俺を笑ったりせず、仕事相手として普通に接してくれたのだ。

 他のギルド職員も同じだ。


 まあ職員たちも人間だ。

 遠回しに俺を皮肉ってきたり嫌悪感をにじませたりしてきた職員が、ゼロだったといえば嘘になる。

 それでも一応、国内すべてのギルドは「ストップ天職差別!」というスローガンを掲げている。


「ですがリディアさん、これだけは覚悟してください。ギルドで成功したいのなら、パーティメンバーが見つからなくても周りから何を言われても、決してめげないことです」

「は、はいっ……」

「といっても、リディアさんにはセインさんという頼りがいのある男性がいらっしゃるようなので、パーティメンバーが少なかろうが大した問題にはならないと思いますよ」

「え、えへへ……」


 妙に血色が良くなったリディアは、照れくさそうにはにかんでいた。

 今の会話で、恥ずかしがる要素がどこかにあったのだろうか。


 女性職員は「ギルドカードをお作りしますので少々お待ちください」と言って席を離れる。

 しばらくして、「お待たせしました」と言って戻ってきた。


「これでリディアさんは正式に冒険者登録されました。これからよろしくお願いいたします」

「あ、ありがとうございますっ。こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 リディアは両手でギルドカードを受け取り、ペコペコと頭を下げる。

 それを見た他の冒険者たちが「初々しいな」「私もあんなだったっけ」「お持ち帰りしたい」などとつぶやいていた。


 ……いや、お持ち帰りはさせないぞ?

 10歳児をつかまえて何を言ってるんだ。ロリコンか?


 まあ今のところはリディアの天職が市民たちに浸透していないようで、少し安心したが。


 とりあえず俺は、リディアを連れて一緒に帰ることにした。

 もうすぐ夕方なのに今からダンジョンに潜っても、リディアの親御さんが心配するだろうしな。


「一緒にギルドまでついてきてくれてありがとう。ちょっと緊張したけど、セインくんのおかげで無事に冒険者登録ができたよ」

「いや、俺は何もしてない。リディアも職員もいい人だからこそ上手くいったんだ」

「そっか……でも、わたしがセインくんに感謝してるってことは分かってほしいな」

「──こんなところにいたのか。探したぜ」


 男の声が聞こえたので振り向く。

 するとそこには御年12歳のシンの姿があり、なぜかほくそ笑んでいた。


「聞いたぜリディア。お前のクラス、《魔女》なんだってな。ゲームと違って最初から上級職だなんてやるじゃねえか」

「っ……!」


 リディアの表情が明らかに曇った。

 まあ無理もない、《魔女》は差別の対象となりうる天職だからだ。


 リディアには笑っていてほしい。

 転生ゲーマーと思しきシンがどういう意図で発言したのか、リディアのためにも明らかにしてあげよう。


「シン。まさか俺と同じように、リディアまでバカにするつもりじゃないだろうな?」

「はあ? お前みたいな序盤で死ぬクソザコモブ野郎と、美少女幼馴染ヒロインかつ高成長率のリディアを一緒にするなよ。オレは超有能なリディアを『勇者パーティ』に迎え入れてやろうって言ってるんだ」


 まあ、今のシンは下級職 《剣士》なんだがな。

 そんなシンは、不敵な笑みを浮かべながらリディアに手を差し伸べた。


「リディア、オレと一緒に来い。いずれ勇者になるオレのパーティメンバーになれば将来は約束されたも同然だ」

「ごめんなさい。わたしセインくんと組むから」


 シンは笑顔を保ったまま、数瞬の間沈黙を保つ。

 そして「はあああああああああっ!?」と叫びだした。


「なんでだよ、オレは勇者だぞ! いずれ最強になる男だぞ!」

「もし仮にシンくんが《勇者》になって世界最強になったとしても、わたしはセインくんと一緒に冒険したい。でもシンくんはセインくんと仲良くする気はないんでしょ? だからわたしはシンくんとは組めないよ」

「くっ……セインのモブ野郎が、どこまでもオレをコケにしやがって!」

「俺は何も言ってないんだが……」


 シン、そういう態度がリディアに嫌がられてるんじゃないのか。

 まあ別に説教したいわけじゃないんだが。


「おいモブ野郎、リディアのパーティ入りを賭けてオレと決闘しろ!」

「リディアはモノじゃない。それにリディアの意志はどうなるんだ? そんな賭け事には乗れないな」

「逃げんのかザコ!」

「俺をザコといくら呼んでくれても構わないが、2年前に一方的に負かされたのを忘れたのか」

「へっ、あれは天職を授かったばかりで《剣士》のモーションについてこれなかっただけだ。今のオレなら《回復術師》の一人や二人、ひねりつぶしてやるぜ!」

「最弱職をひねりつぶすことがそんなに楽しいか」


 話にならないなと思い、踵を返す俺。

 しかし俺の服の裾を引っ張る感触があった。

 他ならぬリディアだった。


「セインくん、わたしのことをちゃんと考えてくれてありがとう。でもわたしはシンくんと戦って、白黒ハッキリつけてほしいって思ってる」

「リディア……」

「わたしは、セインくんをバカにしてくるシンくんが許せないし、やめてほしいって思ってる。でもわたしの言葉はシンくんには響かない。だからお願いセインくん、シンくんに勝ってくれないかな?」


 リディアに頼まれたら、なぜか断れないんだよな。


 別に「好きな子の前ではカッコつけたい」とか、そういうことではない。

「男らしくない」と言われればそれまでだな。


 ただ、妹や姪っ子のようなリディアがしょぼくれたり、嫌な気持ちになったりするのが嫌なだけだ。


「分かった、決闘には応じる」

「じゃあついてこい。『シンV2』にバージョンアップしたオレの力で、どっちが『上』か分からせてやる!」


 シンの案内に従って、俺とリディアはギルドホールの訓練場──つまりデュエルスペースに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る