第7話 序盤で死ぬモブ、ヒロインを賭けて主人公と決闘する

 シンの案内でたどり着いたのは、ギルドホール内にある訓練場。


 訓練場では主に、冒険者同士の実戦形式での戦闘訓練、あるいは決闘が行われる。

 ギルドに申請すれば誰でも使用可能だ。


 これから決闘するのはゲーム主人公のシンと、そして「序盤で死ぬモブ」こと俺。

 賭けの対象は、上級職 《魔女》を授かったゲームヒロイン・リディアである。


「ほらよ」

「ありがとう」


 シンから投げ渡された木剣を、危なげなくキャッチする。

 この木剣は訓練場の備品であり、冒険者なら誰でも使っていい。


 俺とシンは、広々としたフィールドの位置につく。


「くははっ……セイン! リディアとパーティを組んでイチャイチャしたかったようだが、残念だったな! 修行を積んで強くなったこのオレ・シンV2が、今からお前に引導を渡してやるぜ!」


 別にイチャイチャするつもりはなかったんだが、まあいいか。

 審判を務める男性職員の「始め!」という合図とともに、シンの姿はかき消えた。


「このウスノロ、死ね!」


 背後に気配があった。

 それを感じた瞬間、剣を振り下ろす音が聞こえてきた


 俺は一旦剣を上に掲げ、シンの剣を受け流す。

 そしてその場で回れ右をし、バックステップで距離を取った。


「へっ、驚いて声も出ねえか。これが《縮地》スキルだ」


 SRPG『セイクリッド・ブレイド』における《縮地》は、スピード特化型クラスのみが習得できる、非常に便利で強力なスキルだ。


 マップ上で使用すれば、敵の包囲網をすり抜けることができる。

 また戦技として発動した際は、敵の反撃を受けずに一方的に攻撃することができる。


 敵を翻弄するためのスキル──それが《縮地》だ。

 しかし《縮地》は本来、《剣聖》や《暗殺者》といった上級職でしか習得不可能のはず。


 なのになぜ下級職 《剣士》であるシンが、上級職専用の《縮地》を使いこなせているのか。

 それは恐らく、奴が転生者だからだろう。


「オレこそが真の勇者で、真の剣聖なんだよ!」


 ずいぶんと大きく出たな。

 さすがは主人公だ。


「オラ、まだまだ行くぜ! さっきは手加減してやったが今度こそ叩き潰してやる!」


 シンは再び姿を消し、俺の背後に現れて剣を振るう。


「どうだ、オレの猛攻になすすべもないだろう! さっさと降参しろ!」


「オラオラオラオラ!」と叫びながら、シンは縮地&斬撃を繰り返す。

 しかし──


「ぜえっ、ぜえっ……! な、なんでだ! なんでオレの攻撃が全部見切られてるんだっ!」

「強い魔物とさんざん戦ったからだ」


 アレスの街はいわゆる「はじまりの街」。

 しかしながらダンジョンの「下層」は、ゲーム終盤になってようやく訪れることが可能な隠しエリアだ。


 隠しダンジョンたる「下層」では当然のように、《剣聖》や《暗殺者》などの上級職を与えられたアンデッドが、我が物顔で暴れまわっている。

 そのような環境では、《縮地》スキル持ちも決して珍しい存在ではないのだ。


 まあ審判や見物客──つまり現地人がいる前では、こんなこと口にできないがな。


「バカ言うなよ、この辺はザコばっかだぞ!」

「じゃあ君はその『ザコ』以下、ということになるな」


 シンには「俺が隠しダンジョンで鍛えまくった」ということを悟られたくない。

 なので適当にはぐらかしておく。


「くうううううううううっ、イキリモブ野郎が! だったらこの一撃を受けてみろ!」


 シンは一瞬で俺との間合いを詰めた後、真正面から袈裟斬りを仕掛けてきた。

 俺がとっさにそれを受け止めると──


 バキィッ!


 試合前にシンから受け取った木剣が、大きな音とともに真っ二つに折れる。

 木のささくれが辺りに飛び散った。


 シンが妙に親切だったのは「これ」を狙っていたからなのか。


「ギャハハッ、これで終わりだ!」

「セインくん……!」


 勝ち誇りながら剣を横になぐシン。

 そして、手を組んで神にすがるようにつぶやくリディア。


 だが──


「ぐ、あ……!」


 俺はシンの背後に回り込み、『木剣』で一突きする。

 前につんのめったシンはそのまま床に倒れ、突っ伏した。


 審判役の男性職員は「し……勝者、セイン!」と宣言した。


「な、なんでだ……木剣はさっき折ったはずだぞ!」


 シンはよろよろと立ち上がり、俺に詰め寄ってきた。


「《リペア》で直したんだよ。2年前もやってみせただろ」

「そ、それにだ! 《回復術師》のくせになんで《縮地》が使えるんだよ!」

「俺がやったのは《縮地》そのものじゃなくて、ただの再現だけどな。魔物の動きを真似て、白魔術を駆使しながら練習したんだ」

「そんなわけあるか!」


 シンは、わなわなと体を震わせる。


「なんで、なんで《回復術師》のザコに俺が負けなければならないんだ。こんなのおかしいだろ……」

「これで、リディアのことを諦めてくれるな?」

「っ! そうだ、リディア! オレとパーティを組んでくれないか!?」

「わたしは約束通り、正々堂々と決闘に勝ったセインくんと組むよ」


「うぐっ……!」と言って、シンはうずくまる。

 そして「くそくそくそくそっ」とうめきながら、訓練場の床を拳で何度も叩いていた。


 だがしばらくして冷静になったのか、吹っ切れたような表情をして立ち上がった。


「序盤で死ぬクソザコモブ野郎でさえ、どういうわけかここまで強くなれたんだ。いずれ勇者になる主人公のオレがちょっと本気を出せば、すぐに強くなれるはず──そうか。今までチキン現地人どもと一緒になって、『上』でチマチマやってたからダメだったんだ!」


 現地人を「チキン」と罵る資格は、シンにはない。

 ゲーマーとは違って、現地人にリセットボタンはないからな。


 もっとも、今の俺やシンにもリセットボタンはないのだが、知識面では現地人よりも多少アドバンテージがある。

 いずれ勇者になる男シンなら、隠しダンジョンも難なくクリアできるだろう。


「ついにザコどもをパーティから全員追放して、ソロで『下』に潜るときがやってきたようだな……金も装備も十分揃ったし」


 どうやらシンは未だに「下」──おそらく隠しダンジョンだ──に行ったことがない様子。

 それなら確かに弱……強くないのもうなずける。


「絶対に強くなって、地べたに這いつくばらせてやる。覚えてやがれクソ野郎!」


 そう言って、シンは去っていった。

 まったく……叫んだり笑顔になったり、忙しいやつだ。


「すごいねセインくん!」


 リディアは俺のもとに駆け寄り、手を握ってきた。


「しゅくち……だったっけ、速すぎて全然見えなかったよ!」

「ありがとう」

「あの、わたしでもセインくんみたいに強くなれる、かな……?」

「そうだな……」


 リディアはおそらく現地人だし、チート持ちではないだろう。

 だから、天職の枠を超えた存在にはなれないと思う。

《剣士》でありながら剣聖スキルを手に入れたシンや、剣使いの《回復術師》である俺のような、異常な存在に。


 だがリディアの天職は、黒魔術のスペシャリストたる上級職 《魔女》だ。

 俺みたいにわざわざ苦手を克服しなくても、十分すぎるほど強くなれる。


 だから俺は、こう答えた。


「リディア、よく聞いてくれ」

「うん……」

「俺を目指すのはやめてほしい。ここまで来るのに何度も死にかけたからな。俺は、リディアには生きていてほしい」

「……や、やっぱりそうだよね」


 俺の言葉を受けて、うなだれるリディア。

 やはりリディアは、俺と同じベクトルで強くなろうとしていたようだった。


 だがリディアのその考え方は間違っている。

 俺の鍛錬方法はゲームの序盤で死ぬモブ──いや、死が近い人間にのみ許されるやり方だ。

 ゲームヒロインの一人であるリディアは、そうじゃない。


「でもリディアには黒魔術の才能がある。得意分野を十分に磨いて応用すれば、俺とは違った意味で強い魔術師になれる。俺はそう確信している」

「うん……」

「だからリディアがすべきなのは、俺をベンチマークにして真似することじゃなくて、配られたカードを駆使することなんだ」

「そっか……ありがとう……やっぱりセインくんは、考え方がしっかりしててすごいよ」


 リディアは涙を拭い、ファイティングポーズを取る。


「よーし! これからの冒険者生活、かんばるよ!」

「ああ、その意気だ」

「パーティメンバーとしてよろしくね。わたしも、早く強くなってセインくんの役に立つから!」


 俺とリディアは、これから戦場を駆ける仲間として握手を交わした。

 リディアの手は華奢きゃしゃで柔らかかったが、それでも今後の意気込みが伝わってきて嬉しくなった。

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