第5話 ゲームヒロインの天職判定、そして仲間入り

「天職判定、楽しみだなあ……えへへ」


 10歳となったリディアは、目を輝かせながら笑った。

 ずいぶんと嬉しそうなのが見てよく分かる。


 ……異世界に転生した俺が意識を取り戻してから早2年。

 リディアも立派に成長……はしていない。

 他の女の子と比べて身体が小さく、小動物めいた可愛さに磨きがかかっていた。


 まあ、だからといってリディアとどうこうなりたいわけじゃないが。


 一方、俺もまた2年が経過して一皮むけた……そう思っている。


「上級アンデッドがはびこる隠しダンジョンを、《ヒール》を一切使わず刀一本で完全攻略する」という小目標。

 俺は転生して1年後くらいに、ようやく達成することができたのだ。


 そして時が経ち、今に至る。


「今日からやっとセインくんとパーティを組めるって思うとなんだかうれしくって……ねえセインくん、聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。今でも俺とパーティを組みたいって思ってくれてありがとう。ところで、どんな天職だったら嬉しい?」

「《賢者》だね」


《賢者》とは、白魔術も黒魔術も使えるクラスだ。

 下級職ヒーラーの《回復術師》と、下級職アタッカーの《呪術師》からクラスチェンジできる。


「セインくんは白魔術も剣術も使いこなせてるけど、黒魔術だけはどうしても使えないでしょ? だからわたしがセインくんの右腕になるの」

「ありがとう。リディアは優しいな」

「えへへ。で、どうかな。わたし、《賢者》に選ばれると思う?」


 実はゲームキャラとしてのリディアは、初期クラスが下級職 《呪術師》である。

 ゲームの序章から主人公軍に参加するキャラなので、下級職加入なのは当然だ。

 ただし後で《賢者》などにクラスチェンジできるので、そういう意味では《賢者》の素質は十分にあると言える。


 しかしゲームと違い、この異世界ではクラスチェンジの概念がない。

 だからこそリディアがゲーム通り《呪術師》を授かるのか、あるいは最初から上級職なのか、非常に気になるところだ。


 さて、リディアにどう返事するか……


「リディアなら《賢者》になれるかもしれないな」

「そう言ってもらえてうれしいな」

「でも俺は、もしリディアが《賢者》じゃなかったとしても、一緒に冒険者稼業をやっていきたいと思ってる。というか、《回復術師》の俺と組んでくれるなんて、こっちが申し訳なくなるというか」

「そんなことないよ。でも……ありがとう」


 リディアは嬉しそうに微笑んだあと、なぜか手を繋いできた。


「ということでセインくん、一緒に教会に行こ? わたしが天職授かるところ、見ててほしいな」

「親同伴すら珍しいらしいのに、単なる幼馴染がついていくっていうのもどうかと思うが……」

「わたしがいいって言ってるからいいの」


 とりあえず俺は、リディアと一緒に教会へ向かった。

 なんとなく手を解くのが申し訳なかったので、手は繋いだままだった。


 教会に入ると、街中の10歳児たちがひしめき合っていた。

 その中にはリディアの友達も当然いて、「おはよう!」「昨日眠れた?」などと楽しそうに会話していた。


「あら~、今日はセインさんと同伴なんですね~」

「彼氏同伴なんて、リディアは相変わらずかわいいわね~」

「え、ち、違うよお! セインくんはただの幼馴染だってば!」


 友達にからかわれて必死に否定するリディア。

 しかし……


「でもリディアってあたしらにセインさんの話するじゃん。たまにだけどさ。あたしらセインさんとはあんまし絡みがないけど、リディアが色々教えてくれるから『ただの知り合い』って感じしないんだよね」

「あううっ……」


 なんだか居心地が悪いので、リディアの友達に捕まる前に逃げよう。

 そう思って聖堂の隅に移動すると、一人の男児が俺を指さしてきた。


「あ、お前! 男のくせに《回復術師》なセインだな!?」

「そうだが」

「お前知らねえのかよ、一度授かった天職は二度と変えられないんだぜ? それとも10歳のガキに若返ったってか?」


「ギャハハッ!」と笑って同調する、2歳年下の悪ガキたち。

 とりあえず「幼馴染の晴れ舞台を見にきただけだ」と適当にあしらっていると、さっそくリディアが現れた。


「セインくんをバカにするなんて──」

「放っておこう、リディア」

「で、でも……」

「言いたいやつには言わせておけばいい。あいつらだって『噂』を知らないわけじゃないだろうし」


 この2年間で色々あったなあと思う俺だった。


「わ、わかった……セインくんがそういうなら」

「みなさんお静かに、今から天職判定を始めますよ」


 女性司祭の一言で、会場がシンと静まり返……ることはなかった。

 10歳児の集まりだからな、仕方ない。

 まあリディアを始めとした真面目な者や、おとなしめの者はちゃんと静かにしていたが。


 女性司祭も慣れっこなのか、「名前を呼ばれたら前に来てくださいね」とそのまま司会進行を続けた。


「おっしゃ《剣士》だ!」

「はうう、よかったですっ……! お嫁さんにしたい天職ランキング1位の《回復術師》になれて、ほんとによかった……」

「なんだ《騎兵》かよ、馬飼う金なんてねえぞ。こりゃ店継ぐの確定だな。はーおもんな」

「《軽戦士》か……しょっぼ」


 天職を明らかにされて喜ぶもの、落胆するもの、落ち込むもの……

 様々なドラマがここにある。


 そりゃ自分の才能を突きつけられたらそうなるだろうよ。

 ただ……


「上級職、全然出ないな」

「うん? こんなものじゃないかな。この辺じゃあひとり上級職が出ただけで『当たり年』って言われるくらいだし」


 この異世界で10年間過ごしてきたリディア。

 転生3年目の俺なんかよりも、現実というものをよく理解しているようだ。


「──リディアさん。前に来てください」


 女性司祭に呼ばれたリディアは、瞬く間に表情をこわばらせた。


「ううっ……次はわたしかあ……」

「頑張れ」


 リディアは壇上に上がる。

 祭壇に向かうリディアは、とても神々しく見えた。

 覇気はないけどな。


 リディアの友達は「《賢者》になれるといいね!」などと声を上げていた。


「では、天職を見ていきますね……鑑定」


 女性司祭はリディアの身体に触れる。

 実はこの女性司祭、ゲームには存在しなかった《鑑定士》──天職を看破する天職──を持っているとのことだ。


「ひ、ひいっ!?」


 突如、女性司祭は尻餅をついた。

 そしてリディアの方を指差して、まるでおぞましいものでも見るような目で睨みつけた。


「ま、まさか私が魔女を《鑑定》してしまうとは思いませんでしたよ!」

「ま、魔女……? うそ、わたしが……」


 ゲームヒロインの《呪術師》リディアは、2つのクラスチェンジ分岐を持っている。


 その一つは、あらゆる魔術を使いこなすジェネラリスト《賢者》。

 ゲームではゆったりとした白ドレスと白帽子を身に着けており、ファンの間では「リディアちゃんこそ真の聖女!」ともっぱらの評判だった。


 そしてもう一つが、黒魔術のスペシャリスト《魔女》である。

 紙耐久という弱点を抱えるものの、魔力・素早さ・必殺率が《賢者》を上回るという、最高の魔術アタッカーである。

 ゲームでの衣装は、足元に軽くスリットが入った黒ドレスで、低身長かつ貧乳ながらもボディラインがやや強調されていた。


 ゲーマーの中では「リディア賢者魔女論争」なるものが常に湧き上がっていた。

「賢者リディアは清楚可愛い」「魔女リディアは微エロ」など騒がれていたのだ。

 ちなみに俺は賢者派だったわけだが。


 まあもちろん、使える使えないの話も真面目に議論されてはいた。

 しかしリディアはステータス成長率が非常に高いし、運用方法が異なる《賢者》と《魔女》の両方をこなせる。

 結局どちらも高評価なのは変わらない。


 だが問題は、ゲームには存在しなかった「この世界における《魔女》の扱い」である。


「みなさんもご存知のように、かつて《魔女》は教会による粛清しゅくせいの対象でした! その理由は、人でありながら『魔王の尖兵せんぺい』として人を裏切った過去があるからなんですね!」


 女性司祭の説明は、転生して3年目の俺でも陰謀論だと知っている。

 転生してからしばらくして、母に教えてもらったからだ。


「かつて教会が魔女狩りをしていた」という歴史的事実は存在するらしい。

 しかし魔女狩りの動機については不明瞭な部分が多く、本当に《魔女》が魔王の尖兵であったかどうかは定かではないのだ。


 ただし、《魔女》の潔白を証明するのは不可能だ。

 なぜなら本当に人間を裏切った《魔女》が、いないとは限らないからである。

 実際、ゲームでも敵の《魔女》は非常に多く、厄介な存在だった。


 とはいえ、まともな人間なら「《魔女》のみんながみんな悪い人ばかりじゃない」と分かるはずだ。

 だが……


「うそ、リディアちゃんが《魔女》だなんて……」

「げ、元気出しなさいってば……あたし、ぜんっぜん、これっぽっちも気にしてないから……」

「ごめんなさい。私、《魔女》とは仲良くしちゃダメって親に言われてるから……」


 先程、あれだけ楽しそうに話をしていたリディアの友達が、みな冷ややかな視線を浴びせている。

 中には気遣いを見せるものもいたが、完全に腫れ物扱いだ。

 これから先、疎遠になっていくであろうことは想像に難くない。


 でも、なんでそんな簡単に友達を見捨てられるんだよ。

 別に《魔女》と付き合いがあるからって罰せられるわけじゃないんだし、《魔女》を蛇蝎だかつのごとく嫌っているのは一部の狂信者くらいだ。


 なのにリディアが求めているであろう言葉をかけられないばかりか見捨てようとするなんて、そんな友達いないほうがマシだ。

 でもこんなことを思えるのは、俺が魔女差別に馴染みが薄い「よそ者」だからなのかもしれない。


 一方のリディアは……


「う、ううううううっ……! わ、わたし《魔女》じゃないもん! 魔王の尖兵じゃないもん! みんなヒドいよ!」


 俺が一声掛ける前に、聖堂を飛び出してしまった。

「泣きわめきながら逃げるだなんて、やっぱり図星だったんですね!」と、女司祭は吐き捨てた。


 なんでそんなにリディアをバカにされなければならないんだ。

 女司祭の勝ち誇った顔を見ているとイライラする。


 そもそもこの女は、2年前の天職判定で《回復術師》である俺を笑った女司祭その人だ。

「忘れよう」「関わらないようにしよう」と思ってあえて気にしないようにしてきたが、やはり許せない。


 とはいえ今俺がすべきことは、女司祭をぶん殴って説教することではない。

 ましてや復讐を成し遂げてスカッとすることでもない。


 俺は駆け足で、リディアの後を追った。

 道行く人々からリディアの足取りを聞いて、俺は川辺にたどり着いた。


 リディアは河原にうずくまっていた。


「リディア」

「こ、来ないで……わたしなんかと、一緒にいたら、セインくんまで悪く、言われちゃう……」


 リディアの声は震えていた。

 今も泣いているのは明らかだった。


 リディアの声を聞いていると、なんだか切なくなってしまう。

 だがそれ以上に、リディアをなんとか元気づけてやりたいと思った。

 リディアの笑顔をずっと見ていたいと思った。


 だから俺は、リディアから離れない。


「リディア。俺が《回復術師》になったときのこと、覚えてるか?」

「え……う、うん。もちろん、覚えてるよ」

「俺はみんなからバカにされてきた。でもリディアだけは俺をバカにしなかった」

「そんなの、当たり前だよ……だって、セインくんは、セインくんだし……《回復術師》は、人のためになる天職だって、思ってたから……」

「俺がリディアに対して思ってるのは、それと同じことだ」

「え……?」

「俺はリディアの、思いやりのあるところが好きだ。それは、リディアが《魔女》になろうが関係のない話だ」


 リディアには本当に助けられた。


 リディアはありのままの俺を認めてくれた。

 そしてゲーム主人公のシンに絡まれたときも「いじめちゃダメ!」とかばってくれた。


 もしリディアがいなかったら、俺は死亡フラグ回避を諦めて底辺ヒーラーとして野をさまよっていたところだろう。


「そして《魔女》は、俺はいい天職だと思っている。《回復術師》も確かに人のためになるけど《魔女》も立派な天職じゃないのか?」

「うそ、つかないで……」

「《魔女》の黒魔術は火力が強い。つまり多くの魔物を効率よく倒せるんだ。だから、もしリディアに戦う気があるのなら《魔女》の天職はリディアの力になってくれる……と俺は思っている」


「戦う気があるのなら……」とリディアは弱々しくつぶやく。

 しかし……


「でも、そうだね。《魔女》みたいな、アタッカーにしかなれないような、天職だったら、セインくんの力になれる、かも。《賢者》なんかよりも、よっぽど」


 リディアはすっくと立ち上がる。

 そして拳で涙を豪快に拭って、深呼吸した。


「──決めた。わたし、世界最強の《魔女》になる。そしてセインくんと一緒に魔物と戦うんだ」

「説得した俺が言うのもなんだが、無理はしなくていい」

「ううん、無理なんてしてない──セインくんだってみんなからバカにされてたけど、へこたれずに努力してきた。そして本当に強くなった」


 実はリディアには「他の人には秘密にする」という条件で隠しダンジョンの存在を教えていて、そこでの出来事をたまに報告したりしている。

 いずれリディアにも潜ってもらうつもりだからだ。


「わたし、『セインくんのように強くなりたい』ってずっと思ってたの」

「そうか……」

「……自分が《魔女》であることを受け入れちゃったら、みんなとはもう友達ではいられなくなる。わたしだって、いざ自分が《魔女》になるまでは『《魔女》ってなんかちょっとヤダな、怖いな』って思ってたもん。しょうがないよ」


 リディアは再び、浮かない表情に戻った。

 決意が揺らぐのも仕方のないことだ。


「けどセインくんは……セインくんだけは、一緒にいてくれるん、だよね?」

「リディアがそれを望むなら、もちろんいくらでも一緒にいる」


 まあ、リディアがいい相手を見つけるまでは、一緒にいてもいいんじゃないか。

 そんな風には思っている。


 リディアは潤んだ目で俺を見つめた後、なぜか抱きついてきた。

 優しい抱擁ほうようではあったが、抜け出すことはできなかった。


「リ、リディア……」

「お願い、しばらくこのままがいい……」


 しょうがないなと思いつつ、俺はリディアの背中を撫でてやった。

 俺の胸には暖かな感触と濡れた感触があり、そして俺の耳には静かにすすり泣く声が響いていた。

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