第6話 相手の部屋にお邪魔したら、自分の部屋にも連れ込むよね


 時は過ぎ、季節は梅雨へと突入する。


 湿気が高くて気温も高い。どうにも好きになれない季節ではあるけれど、雨自体は嫌いじゃない。幸い私の髪質は湿気で爆発したりしないし、かなり短く切っているから重くもない。髪型だけ見たらボーイッシュとすら思われるかもしれないけど、クール系天使JKなので間違われたことは一度もないのだ。


 まあそんなわけで、先日無事に納品を終えました。生みの苦しみとか、魔法契約云々とかは省略。でも我ながら親友によく馴染む可愛い姿に出来たと思う。


 コンセプトはズバリ――いやそれはあとのお楽しみで。


 心配なことはもちろん色々あるけど、私のイラストが動いて喋るってことに不覚にもワクワクとしているのは誤魔化せない。


 あの後、もう一つのアリスの家にもお邪魔して、PC初心者で配信初心者な親友の為に色々とセッティングもしてあげた。もう一つの部屋も当然のようにとても広かったし、金持ちパワーを肌でひしひし感じました。あと報告が遅れましたが、部屋はアリスの匂いがしました(匂いを嗅ぐことは不可抗力なので、決して別の意図はありません)。


 アリスはアリスで学園に今回の活動を通してどのような研究が出来るのかを提示して納得させているらしいし、活動開始のため準備は着々と進んでいる、という感じだろうか。そういうところは天才として信頼されている利点というか、Vtuberが魔法研究に役立つってなんだろうね……?


 そういうわけで、納品を済ませた以上は私にやれることはもうないのかもしれない。でも、だからと言って何もしないなんて選択は取れないんだ。だって放置してたら絶対やらかすし。なので――。


   §


「きたよ~。急に部屋に来てだなんて、どしたのユウ?」


「いらっしゃいアリス。魔画イラストを渡す時にコンセプトは説明したけれど、一応どんな風にVtuberをやっていくのか聞いておこうと思ったからね」


「そっか〜!」


 放課後、家に帰る前のアリスを寮に連れ込んだ。連れ込んだって言うとなんだかよろしくないな。お招きしたのです。下心など全くございません。


 あっ、ちょっとベッドに近づくのはいけませんよ! 登らない! ダイブしてはいけません! ロフトベッドは煩くなるんですよ! こら! 枕に顔を擦り付けない!


「えへへ~、ユウの匂いがする~。やっぱりユウっていい匂いだよね~」


 は? えっちか?


 私の枕に顔をうずめてから、頬を緩めたアリスがこちらをちらっと見てくる。私と目線が合うと、またえへへ~とだらしない顔をして――いやいや、単に友達の部屋でリラックスしてるだけだから……誘ってるわけではないから……落ち着けよ私の脳みそ君。


 いや、誘ってるってなんだ!? 私はそういう目ではアリスを見ていないからね!?


「私もね~、それについてユウに話しておかなきゃって思ってたんだ~」


 ふにゃけた声でアリスが言うから、何のことを言ってるのか理解が出来ない。えっとたしか、アリスが可愛すぎてとりあえず私のベッドなわけだし、覆いかぶさって一緒に寝ようって話だよね。いやぁ、このベッド一人用としてはかなり広いし、おかしいと思ってたんだよね。つまり、同衾専用ということでしょ。


「ぁ、いや違うわ……うぅん! こほん。……そうなの? じゃあ丁度いいタイミングだったのね(努めて冷静な声)」


 若干トリップ気味だった思考を再起動して、話題ウィンドウを立ち上げる。議題はVtuberの活動に関してだったはずだ(曖昧)。


「うん! 私配信者になったらずっとやりたかった事があったんだ〜。ねね、ユウ! 一緒にゲーム配信しよ〜!」


「一緒に?」


「一緒に!」


「ゲーム配信?」


「ゲーム配信〜!」


 ふ〜む。それはつまり、初手からコラボ配信したいという事でござろうか。


 ……なるほど。


「ダメ」


「へっ、なんで?」


「寒いから」


 寒い。これに尽きる。


 初手から身内ノリ全開の生配信なんて寒い以外言い表す言葉がないでしょうに。このふわふわは……Vtuverを舐めているにも程があるな。


「……? もうすぐ夏だよ?」


「…………そうね」


 びっくりするほど、伝わってないのがわかる。どうすんだこれ、マジで何も考えてないぞこのふわふわ。


「あのね――」


 前提として、生放送が面白いのは反応があるからだ。配信そのものが面白いというのは稀で……というか配信そのものが面白いなら切り抜きが流行ることも無いのだから、つまらないのが普通なんだ。


 そのつまらない配信にコメントをして、配信者が反応することでコミュニケーションが成立する。リスナーは配信に動きを与える立場になったことで自尊心が満たされるし、コミュニケーションを取ればその場から居なくなりづらくなる。


 そして特別なリスナーに俺もなりたい、という人達がわらわらと群がって出来上がるのが生配信というやつだ。他人の作業を見る退屈さをコミュニケーションで誤魔化すのがVtuverという訳である。


 リアクションも雑談もつまらない人は伸びない世界。シンプルで残酷で……リアルでもネットでもコミュ強だけが生き残る、という事実だけが横たわるのであった。あわれ! これこそこの世の掟ナリ!


 まぁ、世の無常を嘆くのは置いといて。


 配信者とリスナーのやり取りから生まれる空気感、お約束、特別な意味を持つ言葉……これらはまさしく身内ノリというやつなので、身内ノリが悪い訳では無い。むしろ最終着地点だ。


 でもあくまでそれは“配信者”と“リスナー”が築き上げるものであって、最初から用意された身内ノリなんて寒いとしか言いようがないのである。


「――ということなの」


「ほえ〜」


 色々噛み砕きながら説明すると、アホの子みたいなリアクションをされた。この子、この学園きっての天才と言われているんですよ? 世も末かな?


「あのねぇ……せめてVtuverがどんな風に活動しているのかくらいは知っておかないとダメでしょ。これからそこで頑張るんなら、なおさら……」


 ……って、どうにかVtuverをやめて欲しいって思っているのに何を語っているんだ私は。


「ウッ……ごめんなさい。みっちゃんの言ってたことでわかった気になってました」


 アリスも落ち込んでしまうし、何一つ良いことがない。私のバカ。こういうのは適当に褒めて理想を上げに上げてから実演させて、実際には予想していたよりもはるかに人が来なくて思ってるのと違ったからやめるって感じに誘導すれば……いやでもこんなに頑張って来たのに失敗で終わるのも(ぐるぐる)。


 というかですね?


「美智? ……そう、貴方にいらん事吹き込んだのは美智なのね?」


「え? う、うん。みっちゃんに恋愛相談……じゃなくて! なんか簡単にお金稼げる方法ないかなって聞いたら教えてくれたよ〜」


 ――何故考えが至らなかったのだろう。


 私たちの共通の友人であり、このお嬢様だらけの学園では珍しいネットかぶれの人間。それがあの変態だ。


 アリスに余計な知識を与えると言えばアイツが筆頭であるのは間違いない。よし、殺そう。


 何かアリスが重要なことをポロッと漏らした気もするが、そんなことは頭を通り過ぎていた。私は怒りの感情を抑えもせず、スマホで美智の連絡先に電話をかける。


『はいはい、エロと言えばこのワタクシ、エロみち改め江口えぐち美智みちでございまーす! ユウさんどうなされました? 新しいオモチャでも欲しくなりました?』


「お前を殺す」


『デデッ! テケテンテケテン!』


 馬鹿女郎バカヤロウ。ネットのノリでBGMを歌うな。こっちのそのノリでやらなきゃいけない気分になるだろうが。


 こっちの気分なんてお構いなしに、自分のテンポに巻き込んで空間を作っていく、お調子者の下ネタ大好き女。私はたったこれだけのやり取りで直前までの感情を迷子にさせてしまった。これだからネットかぶれの女は面倒くさいのだ。


『それでそれで正当防衛で魔法行使出来ちゃう暴言をこちらの心の準備が出来ていない状態で無理やり「げへへ……お嬢ちゃん、こうなることがわかってたんだろ? とんだスキモノだぜ」と教え込むように突然私の耳の中に入れ込んでくるなんて、どうされたんですか?』


「私そんな路地裏で構えているならず者のような感情をあなたに持ってないわよ。というかそんなことはどうでもいい。美智、アリスに配信者で稼げるって吹き込んだでしょ」


 こいつの下ネタにいちいち反応していると埒が明かない(でも反応しちゃう)ので、言いたいことをストレートに伝える。


『へ? ……あぁ、なるほど。そうですね、小生がヤリ申した』


 間の抜けた声を出してから、少し遅れて呆れたように美智は言った。あれ、なんか予想してた反応と違うな?


「何その煮え切らない回答……ん?」


「…………む〜」


 相も変わらず癖の強い友人との通話していると、視線を感じてベッドを見る。


 そこにはリスがいた。


 それはもう人間の手で永遠とヒマワリの種を手渡されたリスである。自分の頬にはもう入りきらないほど種が詰まっているのに、まだまだ入れなければと努力してしまったような……そんな膨れに膨れた風船の如くぷっくりと頬を膨らませたリスっ子アリスがこちらを可愛く睨んでいる。


 その姿は少々心臓に悪いくらい可愛い。心臓を抑えて病院に連れていかれるネットミームの感情だ。


「む〜。親友がお部屋で一緒にいるのに、他の人に電話するの? ユウ〜?」


 そうだね、失礼だね。済まない、悪いやつを見つけてたらお仕置を考えないといけない性分なんだ。


『えっ、今アリスさんの声が。というか部屋!?』


「よし、今度頭割るからスイカ割りの準備しておいて」


『――!? ユウさん! 待って! お慈悲を――!』


 通話を切る。アリスに構わなきゃならぬ使命が私には出来たので、これ以上変態に時間を割く訳にはいかない。


 さて。とりあえず――抱くか。私のベッドだし、可愛すぎるアリスには現実を教えてやらねばならん。



※作者による読まなくてもいい設定語り

 ネットのミームなどはおおよそ西暦2023年の頃と同じ扱い。魔法の世界ではあるが、忍者の漫画は存在するし、イヤー! が女性の悲鳴に聞こえなくなったりもする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る