第5話 お邪魔します


 移動時間はそこそこ。行きの電車では人が多くて座れなかったけど、今はありがたいことに空いていた。アリスと横並びに電車で揺られる時間は悪くないと思う。というか、横で座られるとムズムズするんですよ。なんなの? フェロモン出てるの?


 そんな理性を擽る時間を乗り越えて(別に理性が壊れたところで私がアリスをどうこうするようなことは決してありません)購入したヘッドホンを手にそのままアリスの家に向かう。駅から十分ほど歩いて見えてくる駅前の喧騒が薄れたマンション街の一角がアリス家の住む場所らしい。


 腐すような感想になるけど、お金持ちが住んでいる場所って駅からして違うんだなって思う。学寮に入る前の環境から比べると、道路一つとっても舗装のされ方というか、整え方というか……住む世界が違うって言葉がピッタリだ。


 ポイ捨てされたゴミとかも見当たらないし、建物の並び方とか色合いとか含めて品があるって感じで、さっきから薄い敗北感が喉奥にチラチラしてる。違うか、劣等感か。本当に同じ国なの? って気持ちの悪い泥が肌を伝う感覚が湧く。


「ふーん。予想はしていたけれど、良いとこ住んでるわね」


 ちょっぴり皮肉が混ざりそうな気分ではあったけど、直接的な言葉にはしなかったからまあ許して欲しい。


「えっと……そうだね〜。こういう時ってなんて返せばいいんだろ?」


 珍しいことに気を使う、というか迷っている? っぽい。いや、態度でバレたかな。私のミスだ。


 まあ、実家が太いなんてわざわざ自慢するなんて褒められた話では無いだろうし、かといってお金持ちであることは消えないのだから謙遜も難しいだろう。


「そうだよ、っていつも通り能天気に返せばいいんじゃないの。もしくは悪役令嬢みたいにこの程度珍しくもありませんわ、とか言ってみるとか」


「ひどくない!? ユウの中の私ってどんなイメージなの!?」


 私の言葉に、アリスはがびーん! という文字が見えてきそうな分かりやすいショックの受け方をする。そのアホみたいな口の開け方可愛いな? 餌付けしたくなってきた。


 ……どうせ親なんて選べないんだから、親ガチャ成功しましたって胸張るしかないでしょ。いや、これ言われたら普通にムカつくな?


「いいのよ。アリスがお嬢様ってことは前から分かってるし、やりたくないって言ったのに札束で殴られて依頼をせこせこ進めてる身だしね。せいぜい胸張ってなよ」


「うえーん、依頼主になったせいでユウが冷たいよ〜!」


 えーん、ええーん、と泣く仕草をするアリスは何ともまあ可愛いもので。


「……ふふ。ごめんって。冗談だよ」


 ついつい笑ってしまった。いやこれ、私めちゃくちゃ性格悪いな???



   §



 白を基調としつつ、木製(実際にそうなのか、そう見せてるのかはわかんない)の壁やらでオシャレかつ落ち着いたエントランスを抜けて、かなりの速度が出てるくせにめっちゃ静かだったエレベーターから出ると、そこはアリスの家だった。


「ただいま〜! そして、いらっしゃい!」


「お邪魔します」


 私の気の所為じゃなきゃかなり高い階層じゃなかったかな……? 確かネットって高層だと入れられ無かったはずだけど……いや、気にしても仕方ないか。金持ちパワーで何とかしてるんでしょ、多分。


「入って入って! えへへ……ユウが来てくれた! わーい!」


 なにその喜びよう。跳ねるな、跳ねるな。たわわ様がお暴れになっておられるぞ。なに? 私が支えればいいの? なんなの? 揉むの?


 いや流石に揉むのは不味いか。そのまま止まらずに最後までやっちゃう可能性がある。いや、最後までってなんだよ。私は何もしない。何もしないぞ。


「ねね、さっそくだけど……私の部屋、いこ?」


「スゥ――」


 ――誘ってますねこれは。


 小首を傾げつつ、私の袖をつまみながら弱い力……それでも決して抗えない何かを伴う力で部屋へといざなうアリス。いや、えっちすぎませんか?


「……え、えぇ。行きましょう、か(震え声)」


 待て待て待て。ビークール。ビークール。私はいたって冷静だ。わかるね? そう、とても冷静なんだ。友達の部屋に誘われただけじゃあないか? 誘惑なんてものに負けてはいけない。いやそもそも、決して誘惑なんてされてないし、誘惑されたと思ってすらいないわけだが? だがまあしかしこんなにもあざとい仕草をアリスの家という特殊な状況でされてしまっては私にも少々考えねばならないことがあるということをこの世界に住まう人々であれば納得と共に首を縦に振らざるを得ないわけでございまして、ああいけませんお客様お客様ー! わかりませんかこの私の心の臓が奏でる四つ打ちミュージックが発汗を促し瞳孔を開かせアリスの家の眩さに失明寸前であることがわかりませんかお客様ー! いやそれだけでは収まらず魔法科学の結晶の一つとして考えられるロボットすら私のこの感情を自立思考ルーチンを通して正常に判断して賛同の意を示すことは間違いないだろう。それほどまでにアリスが見せる蠱惑的な守りたくなるような身を委ねたくなるような微笑みの破壊力といったらもう単純な言葉に直すことが浅ましく思えるほどの可愛さであってほらもっと思考を回すんだよ最適化するんだよ自立思考ルーチンのレベルを十年先まで引き上げねばアリスのこの魅力を確かな現実として認識することなんてできやしないだろう。ならば私が次世代の自立思考ルーチンを組み上げて見せようじゃないか、待っていろ世界待っていろロボット待っていろアリス! 私がアリスの微笑みが人を狂わせる魔の領域に足を踏み入れていることを証明してみせ――あ、部屋に着きましたかそうですか。


 なんだか一瞬私の回路がショートしてものすごい勢いで良くわからないことを考えまくってしまった気がするけれど、私が別にアリスに狂ってるわけじゃないし、気のせいかな。気のせいだな。


 アリスの部屋は、オシャレではあるけれど女子高生らしいオシャレさで特別気取ったものでは無かった。少しくたびれたテディベアと、ちょっと目つきの悪い黒猫のぬいぐるみが枕の傍に座っているのが大変可愛いと思うけれど、PCを置くようなスペースが見当たらない。いや、広さはあるのでスペース自体はあるけれど、配線や機材でごちゃついてこの空間を壊してしまうような気がするんだ。


「ここで配信するの? あんまり向かなさそうだけど」


「あ、ママがね、配信するなら他の部屋用意するから大丈夫だよって言ってたから後で手伝って欲しいかも」


「わかっ……部屋を用意するってなに?」


 流石に聞き流せなくない?


「この階に別に借りてる部屋があるんだよ。昔はこの家でお仕事してたんだけど、ママが仕事をこの空間から切り離したいって部屋を借りたの。ここは家族の空間なんだ〜って」


「……そう。うん、まあお金持ちね」


「あ、あはは〜……」


 兄から昔教えてもらった話だけど、仕事をする場とプライベートの場は物理的にキチンと分けた方が良いらしい。それと仕事の話などは家庭に持ち込まない方が良好な関係を築けるそうな。そう考えればやってることは納得出来るけど、それにしたって高層階の部屋をいくつも借りるってどうなのよ。金持ちが考えることわかんね〜!


「それで何しようか? なんかすることあるの? 別にすぐにPCのセッティング始めたっていいけれど」


「うーん……それは後ででもいいかな。とりあえずゆっくりしたい、気もするから~……一緒にベッドに転がる、とか?」


 心臓四つ打ちミュージックスタート! (ドンドン!)


 こいつ私の心臓破壊する気か!?




※作者による読まなくてもいい設定語り

 確かネットって高層だと入れられ無かったはずだけど……。

 ユウの考え通り、現実での光回線のように、魔素ケーブルも高層階では入れることが出来ない(事前に解決手段を用意している新しい建物の場合別だったりするらしいが)

 それが可能になっているのは、アリスの母が仕切っている会社の技術――疑似どこでもドアのようなもの。

 開発者はアリスの父親。彼はまぎれもない天才だった。彼の偉業はこれだけではなく、学園でも利用されている。

 秘匿技術とされているので、作中でちゃんと説明が出てくるかは不明瞭。

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