第7話 ネットに浸かっている人間ほど、ネットが嫌いなことあるよね


 決意を胸にロフトベッドに上がるための梯子はしごに手をかける。アリスは枕から顔を上げて仰向けになり、ちょっと不思議そうにしてから……微笑んで歓迎するように手を広げた。でっかい胸との合わせ技で包容力が爆発している。


「ウッ……」


「う?」


 勢い任せに登ったはいいけど、これ入ったら流石にやばくない? なんかアリスの空気が、こう、いいよ? って言ってるえっちなお姉さんみたいな……いやいやいや、親友でなんて妄想をしているんだ。あくまでも親友と同じベッドに入るだけ……同じベッドに入るだけ……?


「…………よし、下で話そうね。アリス」


 結局私はベッドに上がるような陽キャムーブは出来なかった。冷静になってみれば、親友と一緒には寝ないだろう。私は何も間違っていない。


 なんだかアリスの目が少し冷たくなったような気がするが、アリスはそんな子ではないのだから気のせいだ。


 私は下に降りて茜の椅子を借り、自分の椅子と併せて話し合いの場を用意するが、私のベッドが気に入った(なんかえっちだな)のか降りてくる気配がないので、茜の椅子はしまって先程までと同じ状態で会話することになった。この時間びっくりする程無駄な時間だったな……。


「……へたれユウ」


「なんか言った?」


「うん〜? な〜にも」


 何も言ってないなら良し。私も何も聞いてないからね。


 ……マジで“そういうこと”をしてもいいみたいに解釈できることを言うのは良くないよ。私たちただの親友でしょ。


「えっと……それにしても良くVtuverが魔法研究として認められたわね」


「うん、桔梗先生がいたからね〜」


「あぁ……」


 空気を変えるために別口の話題にシフトさせたら、あまり聞きたくない名前が出てきた。


 桔梗先生。桔梗という名が名前なのか苗字なのか、偽名なのかもわからない。学年主任であり、私たちの担任であり、我ら敬虔なる学徒の警戒対象。それが桔梗先生だ。


 だが同時に納得もする。桔梗先生がいたのであれば、Vtuverで魔法研究なんてトンチキな話も通ってしまうだろう。


 魔法使いに悪人はいない。聖約があるから悪人にはなれない。けどそれは目の前の親友が示すように、常識的であることを保証しない。


 桔梗先生は、趣味が悪く、タチが悪く、人が悪い人間だ。己が享楽のために人を巻き込むこと躊躇しない。だからあの人が出張ってくるとろくな事にならない。その上元軍属のエリートでこの上なく優秀なのだから、どうしようもないのだ。


「……?」


 そういえば、この親友も似たようなものだったな、とアリスの顔を眺める。


「なぁに〜? そんな目で見つめられると照れるよ、えへへ〜」


 ちくしょう、笑われた瞬間に可愛いくらいしか印象が残らなくなる。これは魔法か? 異型の魔法か? 干型の魔法? いや最早アリスの可愛さそのものが魔法の領域に踏み込んでいる可能性すらあるな。


「ねね。それでね、ユウ。さっき言ってたことなんだけど……」


「ん? あぁ、コラボのこと?」


 美智のことがあり頭から抜けていたが、そう言えば一緒にゲーム配信がしたいと言っていた。


「うん。最初は二人で配信するのは良くないんだよね? ならそれっていつからならやっていいの? 二回目とか?」


 それは気が早すぎるのでなかろうか。


「二人で配信が良くないって言うか、ソロのVtuverが最初から身内ノリ全開のコラボするのが良くないって話しね。だから二回目は無理。ある程度リスナーと配信の空気を作ってからだね」


「え、私ソロなの!?」


「そこから!? 嘘でしょう!?」


 話を聞いていくと、そもそものすれ違いがあった事が判明した。アリスは元々私と一緒に配信する気満々だったらしい。……なるほど、依頼の時に提示された収益の一部を渡すというのは、一緒に活動する前提だったからか。なら最初からそう言え〜!?


「はぁ……私、自分のアバターなんて用意してないし、配信者になんてなる気ないから」


「え〜! 楽しいよ? 一緒にゲームしようよ!」


「アリスと一緒にゲームしたら介護になるじゃない」


 この子は壊滅的にゲームセンスがない子なのである。魔法も勉強も出来たとしても、ゲームはまた別のセンスが必要なのだとよく分かるね。


「パ、パズルゲームなら大丈夫だから……!」


「それだと私いらないわね。あといい機会だから言わせてもらうけど、私、ネット嫌いなのよ」


「……へ? いつもスマホ触ってるのに?」


 うるさい、陰キャはリアルから逃げるために気まずさ誤魔化すためにスマホが必要なのよ。


「いい? ネットってね、闇鍋なの。善人も悪人もごちゃ混ぜになった、腐敗臭のする泥で出来た海。先なんて見えないし、どんな言葉にも信頼性がない。差別と嫉妬と侮蔑と嫌悪で傷つけあう世界なのよ」


「そ、そんなに……!?」


「承認欲求に脳を焼かれた有象無象が肌を出し、金を出し、アホを晒して恥を刻む。金の為にバズった呟きにクソリプが群がり、人を騙す事に快楽を覚えた馬鹿がその果てにお縄につく」


「え、え、え」


 私の口からどんどんと漏れ出していく怨嗟の言葉。一度思い出してしまうとまるで糸で繋がっていたかのように出てくる人の闇。そうだ、ネットというものはそういうもので出来ている。


「性欲に駆られた猿どもが言葉巧みに無垢な人間を喰らって、それを売り捌いて他人の苦痛を金にするクソどもが潤うし、それをなんの疑問もなく消費する豚どもが笑っている」


「…………」


「自分に関わりもない顔を名前も知らない人間を平然と攻撃して自殺に追い込む人間すらいる。――それがネットよ」


 吐き捨てるように言い終えると、アリスは涙目でプルプル震えていた……うん、ちょっと脅かしすぎたかな。


 でも、ネットにそういう側面があるのは間違いない。それだけじゃない、ということは簡単だけどそういう事実があることは消せない。私だって被害者になった……なり掛けた事があるんだから、油断なんてさせるべきじゃない。


「私は中学生の時にラブホに連れ込まれた事があるわ」


 ネットへの怒りを吐き出していたからか、口が滑っているのかもしれない。


「ラブホ……?」


「ラブホテル。主にセックスする為に使われる場所」


「……? ……??? ……!!?!!?」


 当時の私には居場所が無かった。家にも学校にも私が居ていいと許された場所がないと思い込んでいた。だからネットで高校生だと身分を偽って媚びを売って生きていた。


 相手は女性だったから、油断していたのもある。女子会だからと言われてノコノコ着いて行った私は本当に愚かだった。


 幸い相手は私が中学生だと知ると手を引いた(高校生でもアウトでしょ)から、私の身体は清いままだけど……でもそうなってしまった可能性はいつも頭に過ぎる。あんな思いをアリスにさせたくはない。


 でも、ここらへんでそろそろ辞めなきゃ。言わなくてもいいこと言ってしまいそうだ。


「だからね、アリス――」


「まままままままままって!? え!? え!?!?」


「なに」


「なにじゃなくて!!!」


 涙目になりながらベッドの上で身体を起こすアリス。何でそんなに必死に……あ。


「別に最後までやってないわよ。未遂で終わったわ」


 説明不足、というか言葉足らずだった。アリスの中の私が、既に大変な目にあっていたのかもしれない。知らないおじさんに組み伏せられてるとか、美智が喜びそうなこと想像してないことを祈らねば。


「さ、最後まで……み、未遂……? だ、大丈夫だったの……?」


「ええ。貴方の親友が汚れてたって事実はないわ。安心して」


「よ、汚れた……」


 何でそこで顔赤くするの? え? アリスってやっぱりムッツリ?


「とりあえず、ネットってアリスが思っているような場所じゃないの。あと、魔法学園なんて特殊な環境にいたらわからないかもしれないけど、魔法使いってマイノリティなのよ? チヤホヤは……まぁされるかもしれないけれど、ドロップアウトした元魔法使いとか、魔法使いに恨みを持ってる人だっているんだから用心に越したことはないわ」


 ネット環境を整えるときにSNSはやらないように忠告しておいたけど、MagiTubeで活動していくのならば遅かれ早かれそういう輩は寄ってくるのは目に見えてるし。ただでさえ現役女子高生なんて垂涎すいぜんの的なんだから。


「じゃあ……私が初めてなんだよね。よかったぁ……」


 あの、話聞いてます?



※作者による読まなくてもいい設定語り

 ユウをホテルに連れ込んだ女性は結構大事な話をしていたりしたのだが、一応ラブコメを中心にしている(と作者は考えている)この作品で魔法使いの襲い方を深堀りするのもどうかな、とカットしていたりする。

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