第27話 人情
通り道の横幅は広い。場所によって差はあるが基本的に馬車が四、五台ぐらいは通れる幅がある。至るところにある家屋の残骸や遺物は障害ではあるが、逆に利用出来るシチュエーションも多い。
一番大きいのが魔枯石によって視界がある程度確保されている事だ。通り道から一歩でも横に抜ければ夜の森。
加えて俺は足元にも不安を抱える事、そして
「とは言ってもな」
家屋の壁を背に座りながら思わず呟いた。ホルダーから目当ての札を取り出し魔力を込め、壁の崩れた場所から背後を見る。
「〈裂空〉」
威力は最大。ヤツが横を向いた瞬間に不可視の風の刃を放つ。無防備な首へ、景色の歪みと異音と共に迫り──霧散した。
「クソッ、これもダメか!」
同時に俺の位置に気づいた竜から逃れる為に中腰で走り出す。
打撃、刺突、斬撃、炎、水、岩、風。こうして逃げ続けながら思いつく限りの手札をぶつけているが有効なダメージを与えられていない。ヤツの鱗が単純に硬いからというのもあるだろうが、今まで試した中で気になったのが霧散だ。
炎や風といった無形の産物は最大出力でヤツへと届く前に霧散している。恐らくヤツの鱗、もしくは身体全体に魔力を散らすような作用があるせいだ。魔力を伝う咆哮もそうだが、流石は生物という枠を超えているとまで言われてるだけはある。
「どうする」
ここら一帯はサイズの大きい形の残った残骸が多く、迷路のようになっている。だからこうして隠れながら魔術をぶつけられるが、札の行使時の魔力を感知しているのか魔術行使後にはこうして居場所がバレる。
今の所はその度に上手く移動しながら身を隠せているが、もうそれも出来なくなる、ここから先は残骸の少ないエリアが続く。
未だ、咆哮と共に破壊音が眼前で響いている。こっから先にはもう身を隠せそうな場所が無い。
「このエリアを抜けるにしても、俺の機動力を魔術でカバーするのも限界がある……! ありきたりな札じゃ傷一つ付かんのは分かった」
もう本格的に攻撃に転じるしかない。一応、ヤツの攻撃を通せそうな札は思いついている。
「こんな場所で使うハメになるとは」
札を大量に収納したホルダーの内、仕切りによって分けられた側から既に取り出していた
この二枚は二枚一組の一点物、つまりここで使えばもう同じ札は手持ちには無い。それにこの二枚を使って有効打を狙うにしても下準備が必要になる。
必要なのは──ヤツを特定の位置に誘導し、短時間動きを止める事。だが後者の確実な方法がまだ思いつかない。
「んなキレ散らかしてるヤツの動きを止める……いや、原因がアレなら……ちッ、もう時間がないか」
もうヤツは眼前。すぐにでもここを攻撃されてもおかしくない。策の見直しをする暇は無い。先手を打たれる前に、動く。
「〈炎塊〉」
そう呟くと同時に、俺が隠れている場所から少し離れた横の地面に設置された札がその声を拾い、魔術を行使する。
が、行使はしてもその後のコントロールをする持ち手は存在しない。生み出された円形の炎の塊は数秒間その場所を照らし不安定に漂った後、消失する。そして、魔術の行使を感知したヤツはその場所を向き、爪を振るう。誰も居ないその場所を。
今。
「〈誘い木〉」
俺は二枚の内の一枚を起動し、近場にあった崩れた壁の上に置くと間髪入れずに走り出した。出し惜しみ無しの全速力で
爪を振るった後のヤツが遅れて俺に気づく。反射で繰り出したのだろう左前腕の爪が俺を狙っているのが見えた。
「〈追い風〉!!」
俺の身体の内、
「ッ……! こんくらいは貰ってやるよ!!」
着地と同時に頬に感じる熱。爪が掠った。だが通り抜けには成功した。
──なぜ、俺は来た道を逆走しているのか。この札を使った攻撃を狙うだけなら前に進んでも良かった。
なぜヤツの横を通り過ぎるリスクを冒したのか。考えが落着する前に動き出した俺は改めて思考していた。
怒り。未だ衰えないヤツの怒り。それが気になっていた。
あの時何かが起こった。その原因は何なのか。転がっている材料は大して多くない。
『僕の荷物袋に、生き物が閉じ込められた檻がある。檻を壊してその生き物を外に出してやってほしい。出来ればここじゃない、もっと静かで安全な森の中で』
盗賊、檻、竜、遺言、感謝──親。そこからヤツがなぜ俺を怒り、そして憎んでいるのか想像は出来る。突くならそこしかない。
走る。ヤツを背に、最初にコイツが急成長した場所まで。
背後で破砕音。回避の動きが原因で体幹がブレる。両手を地面に着き、最短の動作で体勢を立て直してまた走り出す。
あの場所が見えた。背後ではヤツが飛び、滑空しながらこちらに向かっている。最初の場所、檻があった家屋はヤツの急成長が原因で崩れ去っていた。
二枚の内の一枚を使う。〈繁茂〉、地を這う根。その先端を目的地へ。
同じ頃、ヤツが滑空の勢いのまま俺を仕留めるべく降下しているのを後ろ目で確認。〈繁茂〉の操作はそのままに、再度〈追い風〉を行使し斜め前に回避する。
不細工な回避だった。〈繁茂〉の操作に気を取られた結果だ。地面を転がり這いつくばる。だが、隙を晒した俺にヤツは攻撃してこなかった。
──
竜の視線が怒りを忘れて、力無く舞う
「良かったよ! お前が人間らしくてなァ!」
四足のまま全身を使って横へ。死体に気を取られて硬直するヤツの前を横切る寸前、地面に最後の札を置く。その位置はさっき設置した〈誘い木〉との間に丁度竜を挟む位置だった。
それは二枚一組の魔札。一枚が誘導し、もう一枚がそこに向けて放つ。
それは持ち手を巻き込む攻撃だ。だからこうして札から手を離す必要があった。
それは、無慈悲な自然の象徴。竜すらも灼いたとされる破壊の光。
「〈切札・誘雷〉」
その瞬間、火花が散ったような音と共に二枚の札を繋ぐ雷光が発生し、薄暗い状況に慣れ切った眼に閃光が広がった。死体に気を取られ硬直し、その線上に居たヤツの身体はそれに貫かれ、次の瞬間には内側から破裂したように血と肉片を撒き散らす。
怒りを忘れた竜の顔が首ごと千切れ、俺の目の前に音を立てて落下した。
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