第28話 弔い

「死体が残らないのはこういう理由だったか」


 俺はその場に座り込み、急速に崩れていく竜の死体を眺めていた。


 千切れた頭。流れた血。倒れ伏した胴体。それぞれが風に飛ばされる砂のように細やかに、光を伴って消えていく。


「死んだ竜の身体は即座に魔力へ分解される……クソ、惜しいな。一級品の研究材料が消えるのをただ眺めるしか出来ないとは」


 口ではそう言っても諦めは付いていた。殺さなければ俺が死んでいたし、本当に殺せるかどうかも直前まで曖昧だった相手。どのみちこうなった以上捕獲は不可能だった。


 〈切札・誘雷〉。基本、ありきたりな魔術を放つ際にはそのコントロールの為に生成物の周囲を自らの魔力で覆う事がほとんどだが、この札は違う。発生させた雷をもう一枚の札〈誘い木〉を使う事で誘導している。


 扱いづらい札だ。だが魔力を霧散させるヤツに対して魔力によるコントロールを始点と終点を繋げる以外でしないこの札は、元々持っている馬鹿げた威力も含めてヤツに良く効いた。


 かつて竜をも殺したと言われる自然災害、雷。与太話の類なんだろうが、それを思い出して札を選択したのは間違いじゃなかったようだ。


「……疲れたな」


 結果的には大した傷も無く殺せたが、紙一重だった。目論見通り上手く死体に気を逸らしてくれたから良かったものの相手は人間ではない、竜だ。情に付け込む前提の作戦が半分バクチだったのは言うまでもない。こんな化け物と戦うのはもうゴメンだ。


 加えて、昼間の移動とゴミネズミとの戦いで溜まった疲労も持ち越している。札の連続使用もあって身体が重たい。もう寝たい。


「……いや、休むにはまだ早い。事後処理を、しなければ」


 休息の誘惑を断ち切って立ち上がった。やるべき事がまだある。


盗賊共コイツらの死体と荷物を適当に森で処理……竜の件は話す必要は無いな……ぶっ壊れた家屋も距離があるしそのままで良いだろ……アイツらに盗賊共コイツらの事を話すかどうかは微妙だな……いや、まずはアイツへの対応だな」


 立ち上がった頃には既に竜の死体は大半が消えかかっていた。幻想的とも言える光景だが、疲労した状態では苛つき以外の何の感慨も浮かばない。


 魔力の隙間を通り抜け、手始めにそこに落下していた死体の処理を始めた。





 ☆





「──という訳だ」


 竜との戦いがあった場所から少し離れた家屋の中。そこで俺は寝ぼけた顔のヘレンに事態の説明を済ませていた。


「え、えーっとぉ……見張りの途中であの人達が来て、その時ウィンザーさんは用を足す為にそこから離れてて、実はあの人達は盗賊で、私は捕まって人質にされて、その後にウィンザーさんが助けてくれた、ですか……」


 復唱しながら疑問に思っている表情だった。コイツの記憶は記憶消去によってアイツらが俺達を襲おうとする寸前で途切れている筈だ。


「俺が席を外したのは覚えているな?」


「は、はい」


「そこを突かれた。お前はその隙に近づいたあの二人に薬を嗅がされて眠らされたんだ」


 今回のカバーストーリーに求められる要件は多い。まず一つ、何故コイツは気を失ったか。


「薬……だから途中までしか覚えてない……」


「これは俺の失態だ。すまなかった」


「え、いや、ウィンザーさんが悪い訳じゃ……私が油断していたんでしょうし……」


「それでもだ」


 頭を下げ、誠心誠意の謝罪を見せる。これで事態は本当にあったのだという現実感リアリティが増す。


「……話を戻す。それからヤツらはお前を自分達の拠点に運ぼうとした」


「拠点、に?」


「恐らくヤツらの想定はこうだ。お前が居なくなって戻った俺は慌てるが、すぐに怪しいのは二人組の旅人自分達だという疑いを持ち、休息している他の面々を起こして自分達の拠点へと詰め寄る。そこで拘束されたお前を見せ、殺されたくなければ有り金と荷物を置いていけと脅すつもりだったのだろう」


「そんな、事を」


「だが奴らには誤算があった。奴らが知っている俺達は偽りの身分。だから警戒すべきは傭兵であるリスティアのみであり、他は素人。傭兵を起こした後も意見の統率や判断に時間を取られ、追いかけて来るのが遅れる想定だったんだろうな。その隙に交渉に有利な場へさっさと逃げ込む手筈だった」


 その二、ヘレンと俺がここに居る理由だ。ここは拠点から五分ほど歩いた場所。なぜそんな場所で気絶していたのか、そこも納得させる必要がある。


「だが俺はすぐさま動き始めた。別の場所で休息していたトゥエンティに事情を話し見張りを任せ、単身で奴らを追跡した。そしてここで奴らを見つけ、急襲した。相手にとって予想外だったんだろうな。すぐにお前を奪い返せたよ」


「……その二人は」


「逃げた。魔術を見せたからな。盗賊としては妥当な判断だろう。俺もお前の保護を優先してたから見逃した」


「……やっぱり、ウィンザーさんが謝る必要なんてないじゃないですか。むしろ私が謝るべきです。その傷も」


「ん、ああ。これは奴らが苦し紛れに放った投石か何かが掠っただけだ。気にするな。だからこの件はまあ……お互い様だったという事にしておこう」


 謝罪と感謝をしようとしたヘレンを手で制し、笑みを浮かべる。ヘレンは申し訳なさそうな表情だった。


 その三、ヘレンの好感度を上げ助けられたという負い目を抱かせる。なんせコイツを完璧な傀儡にするという目論見は崩れたからな。人殺しの共犯という過去で縛れない以上、成長を妨げ飼い殺しにするというプランをスムーズに行う為に、俺に対する信頼は今後も出来るだけ高めておきたい。


 つーかコイツを呼び出してアイツらを殺させようとしたのが原因でなぜか竜に襲われた上に目的も失敗してるからな。このまま何も起きなかったで終わらすのは徒労すぎる。転んでもタダでは起きんぞ俺は。


「それで、奴らが逃げたといっても引き返してまた襲いに来る可能性はあった。だからお前をここに運んで薬の効果が切れて起きるまで見張っていた」


 その四、時間。最初にアイツらが俺達を襲おうとしてから既に小一時間は経っている。ヘレン誘拐後にすぐに俺が追いかけて奪い返したのならそこまで時間はかからない。そこを誤魔化すのも必要だ。


「という訳だ。流石にもう奴らも来ないだろう。お前も起きたし、拠点に戻るぞ」


「あ、はい……」


 俺達は家屋を出て拠点へと向かう。さっきまで付近で竜が暴れていたとは思えない、静かな道だった。少し歩いた後、俺は切り出す。


「今回の件、リスティアとミカエル……特にリスティアには黙ってて貰えないか」


「え……」


「アイツは騎士だ。それなりの騎士道精神や正義感もあるだろう。逃げた盗賊を追って捕まえる、もしくは殺すなんて言い出されたら説得するのが面倒だ。俺達にそんな余裕は無いからな」


「……」


「トゥエンティにも俺から伝えておく。この件は無かった事にするんだ。奴らは素性の怪しい旅人で、俺達が知らぬ間に何故かこの場を去ったと」


 今、ヘレンにした話を仮にリスティアとミカエルにもしたとする。だがそれが嘘であると知っているヤツが居る。トゥエンティだ。可能性は低いが、もしヤツがその話は嘘だとあの二人にバラしたら面倒な事になる。


 だから無かった事にする! その上でヘレンとトゥエンティ、それぞれに理由ありきで口を閉じろと要請する。


 これなら、盗賊にヘレンが誘拐されたというのは嘘であり、本当は苦も無く盗賊は捕まえていた、というバレれば確実に不信感が発生し、ヘレンに対してはどう足掻いても誤魔化せない状況そのものが発生しない! 故に無かった事にする! 


 その場合でもトゥエンティがあの夜本当は盗賊に襲われていた、とバラす可能性自体はあるが、それくらいなら適当に誤魔化せる。


 要は誤魔化しきれない嘘をついた、というのがバレる状況がマズイ訳だ。それを防ぐ。


「……分かりました。内緒にします」


 ヘレンは少し考え込んだ後、承諾した。そうだよな、お前はするよな。


「リスティアが苦手か」


「えっ?」


「アイツなら本当に盗賊を追いかけると言い出しかねない、そう思ってるように見えてな」


「……」


「それにお前はあの二人をんだろう。今回の件はお前が気を失っている間に終わった。だからお前はあの二人の盗賊としての一面を見ていないし、肌で感じてもいない。たまたま出会った旅人として、それが作り物だとしても笑顔で会話をした認識のままだ。だから死んでほしいとも捕まってほしいとも思えない。まあ、お前は何かをされた認識があったとしてもそうは思わなさそうだが」


「……私の事なんてお見通しなんですね。ウィンザーさんは」


 少し恥ずかしそうに笑った後、自嘲するようにヘレンは俯いた。そりゃそれを見越したからこそわざわざ盗賊は逃げた、って結末にしたんだからな。俺が殺したなんて話にすれば好感度が下がる。


 歩く速度がやや遅くなり、ヘレンは話を切り出す。


「今日、ウィンザーさんと別れた後に子供の魔獣と遭遇したんです。その魔獣はリスティアさんが殺しました。けど、その子は親の死体を守ろうとしていただけだった」


「親の死体、か」


「はい。それを知った上でリスティアさんは殺しました。私は……それに納得がいかなくて、聞いたんです。なんで殺したのか。その時の答えを思い出すと、盗賊を追いかけたりもしそうだなって」


「それがリスティアを苦手に思った理由か」


「あ、いや、そ、それはまた別の理由なんです。……だって私は、あの人の答えを否定出来なかった。その子は弱くて、可哀想だから殺すのはやめましょう。そんなあやふやな事しか言えそうになかったんです。あの人の方が正しいって、分かるんです」


「そうか」


「……ウィンザーさんなら、どうしましたか」


「殺しただろうな。少なくとも魔獣に関する意識は俺もリスティアとそう変わらないだろう。子供だろうと見逃して、その後にまた襲われるなんて事も有り得る」


「……やっぱりそうですよね」


「だが」


「?」


 疑問符を浮かべこちらを向いたヘレンに対し、俺は印象の良さそうな微笑で答えた。


「その死体を親と一緒に埋葬して、弔うくらいは──してやるかもな?」

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