第26話 孤軍
「クッソがぁっ!!」
背後からの衝撃音。少し間を置いて飛んでくる家屋の破片。ヤツの前腕によって生じたそれらを背中で感じながら、俺は点在する家屋の残骸を避けながらひたすらに前を走っていた。
「ふざけるな!! 竜だと!? んなもん勝てる筈が──」
足が止まる。密集した残骸が前を塞いでいた。脆そうな場所を蹴り壊してギリギリ通れるだけの幅を確保する。
「くっ!」
同時に後ろを向いてヤツの様子を確認した結果、前に逃げるだけの時間が無い事を悟る。ヤツは残骸の一つに足を置き、俺を見下ろす位置からまたもや大口を開けていた。
「〈
右手に持った数枚の札の内、一枚を行使する。俺の周辺を纏うように発生したのは風による防護壁。
回る風と炎がせめぎ合う。
「おおおおおおおお!!!」
込めた魔力は大量。出力は最大。継続的に発生され続ける音を伴った風は確実に炎を防いでいる。が、余裕が無い。風越しに伝ってくる熱がそれを示している。
数秒程その時間が続く。手に握った札は既に刻まれた魔術式に支障をきたす程に焼き切れていた。しかし
「長すぎだろうが!!」
悪態をつきつつも回る風の一部を俺に正面からぶつかるように向きを変え、タイミングを合わせてその場から跳んだ。後方かつ上空へ掬うように吹き上げる強い風によって俺は宙を舞い、残骸を超えて
「がっ、くっ!!」
ここら一帯は残骸のせいで足場が悪い。加えて無理矢理の回避のせいで着地をミスり、腹を打った俺は無様に地面を這いつくばっていた。
「はあっ、はあっ、……く、そ」
またあの咆哮だ。耳を防いでも意味は無い。恐らくこれは普通の音とは違い周囲の魔力を震わせる事で音を伝えている。やってる事自体は〈
「まだか……そろそろ来ても良いだろうが……!」
俺はヤツとの戦いが始まってからずっと、俺達の拠点がある方向から逆の方向へと逃げ続けている。
理由は単純であの辺にはヘレンを寝かせている家屋もあり、竜を連れて逃げれば気絶したヘレンを巻き込む事になる。道中の破砕音や咆哮で起きるにしても、即座に竜が出現したという現実を受け入れて行動するなんてのはアイツには不可能だろう。
俺が待っているのはトゥエンティ、ミカエル、リスティアだ。あの家屋から拠点までは距離がある。眠っているだろうミカエルとリスティアは起きないと考えた方が良いが、見張りをしているトゥエンティが異変に気づいて二人を起こし、異変の方向へ向かう可能性は十分に高い。
このまま距離を取って攻撃をいなしつつまずは援軍を待つ! なのに!
残骸の破砕音が向こうまで届かないのはまだ頷ける。だがこのクソデカい咆哮! これは届いていてもおかしくない! なのに来ない!
「何故だ……気づいてはいるが合流を図ろうとはしてな──あ」
至ってしまった可能性。それはコイツの咆哮の性質だ。
魔力を震わせて音を伝える。だがここは魔枯石に塗れた通り道。ここら一帯は魔獣が明確に避けるほどに
そしてここからヘレンの居る家屋や俺達の拠点までの間には大量の魔枯石が使われた家屋の残骸がある。それがこの音の伝達を普通以上に阻んでいてもおかしくない。
ならば援軍は望めない。ヘレンは距離的にまだ近く音が届いて起きる可能性はあるが、今日一日の疲れが溜まった状態で気絶したアイツが起きるかは五分だろう。戦力としてはあまり望めないが囮として使える可能性はあったのにも関わらずだ。
つまり俺は──簡潔に言えばたった一人で、今からこの竜を何とかしなければならない。
「は、はは」
今日は……厄日だ。ミカエルの暴走。居ない筈の凶悪な魔獣との遭遇。コソ泥共の愚かな選択。極めつけに何の脈絡も無い竜の出現。
しかもその全てがタイヨウの仔とは何の関係も無い出来事。元凶である
「上等だ」
風が顔に届く。
最初に吹き飛ばされた時のような荒ぶりは収まっている。だが、俺を殺すべき敵として見る視線と怒りの形相は相変わらずだ。
「テメェが何にキレてんのか知らねえが、俺もキレてんだぞ。一日に面倒事をドカドカ重ねやがって。……そうだ、そうだな。これは肩慣らしだ。魔王討伐を完璧にこなす。その準備運動だ。地雷女だろうが、クソネズミだろうが、コソ泥だろうが羽付きトカゲだろうが、
俺は札を握り締め目の前のデカブツを睨み返し、自らに喝を入れるように呟いた。
「ブチ殺してやる……!」
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