第24話 ディスマの告白

 僕は。


『そいつを飼うって……何バカ言ってんだ。んな事してる暇がアンタにあると思ってるのかい』


『……』


『どっかしらの適当な闇市に売っぱらって終いさ。なんなら、ここで捨てるべきだよ。どれだけの金になるかも分からない上に移動中は袋を圧迫して不慣れな世話までしなくちゃならない。抱えてもなんの意味も無いんだよ、それは』


 ずっと盗んで生きてきた。町の汚い片隅でいつの間にか独りになって、途方に暮れている時にあの人に拾われてから。


 そう生きるしかないと何度も言い聞かされてきた。僕自身もそれが正しいと思っていたし、そうしなければ生きていけないとも思っていた。


 盗む事も殺す事も苦痛じゃなかった。あの人に言われた通りに動いて、頭の真ん中をぼんやりとさせて刃を突き立てれば、何かを考える暇なんて無しに相手は死んだ。


 奪って、食べて、生きる。そこに何かが挟まる事なんて、無かった。あの雨の日までは。


 ──キュイ? 


 ソイツは見た事の無い小さな生き物だった。頑丈な檻の中に閉じ込められて、宝石みたいな目でこっちを見て、鳥に似た不思議な聞こえ方のする鳴き声を出した。僕はその生き物から目が離せなかった。


『……ちっ、好きにしな。その代わり全部アンタが世話するんだよ』


 初めて僕が抵抗して、主張したのを見てあの人は諦めた。それから僕はその生き物を一緒に生き始めた。


 その生き物は変だった。モノを食べる素振りが無くて、排泄もしない。森の中とか大きな湖が近くにあると喜んだように見えた。


 その生き物が入った檻は鍵が溶接されてて開かなかった。隙間から指を入れてみると噛まれた。けど痛くはなかった。


 光るモノが好きなようで、奪った宝石や僕がいつも使っている柄に少し装飾の入ったナイフを見せると喜んだように見えた。


 一日に二回、檻を荷物袋から出して太陽の光を浴びさせた。そうすると機嫌が良いのかいつもより鳴く回数が増えて、僕がその声を真似してみるとまた、それまでより少し高い声で鳴いた。


 楽しかった。指先でしか触れられなくて、檻越しからでしか見られない。それなのになんでか楽しかった。


 同時に、胸の奥が締まるような感覚があった。奇麗な丸い緑の眼。それが僕を覗く度に何かを責められてるような気がした。


 殺して奪う。その生き物と一緒に歩き出してからもやる事は変わらない。むしろ僕のワガママに気を悪くしたのかあの人はその機会を増やした。


 ある時、子供連れの親子を襲った。命乞いをする親を殺して、僕よりも二回りぐらい下の子供も殺した。


 何かが間違っているような気がした。親子が持っていた荷物の少なさに悪態をつくあの人を無性に否定したくなって、少ししてから自分もあの人と変わらない事に気づいた。


 その日、僕は檻の中に指を入れられなかった。それを不思議に思ったのか、高く鳴くその生き物の声を聞いて。


 僕はもう取り返しがつかないんだと悟った。





 ☆




 正直言ってヘレンがこの状況で殺しを拒み切るとは思っていなかった。アイツは未熟で、常に揺れている。


 だからこそ非日常で異常な状況に放り込み、視野を塞ぎ、自責を意識させれば思考を放棄し、共犯という形で俺に判断を委ねると考えたからだ。


「洗脳は諦めた方が良いだろうな」


「っ……ぁっ……!?」


 ヘレンを上手くコントロールするのは俺にとってかなり優先度の高い案件だ。アイツをこのまま放っておけば魔王討伐に支障をきたす可能性が高く、面倒な成長をしてしまう前に俺の手中に置いておきたい訳だが……コントロールと言っても大きく分けて二つの形がある。


 まず一つが芽を潰す形。成長を待つと口では言いながらアイツの成長の機会を徹底的に阻害し成長させない。魔王討伐が終わるまで一行の置物、役立たずになってもらう。


 そしてもう一つが洗脳。成長をそこそこに阻害しつつ歪んだ形で判断基準を刷り込み、物事に対するブレーキを破壊し、俺にとって都合の良い人間に造り上げる。こっちの場合は単純に手駒としてアイツを活用出来る。


 今回のシチュエーションは後者を試すにはもってこいだった。仮にあの状況でヘレンが状況に流されていた場合はアイツにとって今夜の記憶は忘れがたいものになり、それをネタにまた洗脳を進められただろう。


 ただ、思ったよりもアイツにはがあった。現時点でもアレを拒否するぐらいには精神力がある。


「まあ、洗脳プランはやるべき事と懸念すべき事が増える。それが無くなった分プラスと捉えよう」


「……」


 俺はナイフを目の前の首筋から引き抜く。刃にまとわりついた血を目の前の死体の服で拭き取り、とりあえずの切れ味を確保する。


死体これは……森に捨てれば良いだろう。荷物もどこかに──」


「──はっ……! はっ……!」


 この後の処理について考えていると前方から荒れた息の音がし始めた。今殺した盗賊の片割れ、ディスマは相変わらず地に伏せていたが、口を縛っていた布が外れていた。良く見れば鋭利に尖った石がヤツの口付近の地面に落ちていた。


「石を使って無理矢理外したか。口周りが血塗れだな」


「……!」


「で、どうする? 手足が縛られた状態で抵抗してみるか? それとも大声でも出してみるか? 俺はどちらも推奨しない。お前のお仲間はこの通り死んだ。大声を出そうともここは森の中、誰にも届かない」


 記憶消去後に気絶したヘレンは、既にここから少し離れた俺達の拠点側の家屋に移動させて寝かせている。いくら声を出そうとアイツを起こすまではいかないだろう。


「抵抗しなけりゃ一瞬で死ねるよう殺してやる。長引いたらその分苦しむのはお前だぞ」


 淡々と俺は真実を語る。始めは身体を何とか動かそうとし、頭だけを向け意思の籠った目で俺を見ていたが、状況の詰み具合を悟ったのか次第にそういった雰囲気は霧散していった。


「……分かっ、た」


「賢明な判断だ。仰向けになって首の裏を見せろ。目をつぶって力を抜け。何かに祈りたいのなら、少しは待ってやる」


「なら、話を聞いてくれ」


「内容次第だ」


「僕の荷物袋に、生き物が閉じ込められた檻がある。檻を壊してその生き物を外に出してやってほしい。出来ればここじゃない、もっと静かで安全な森の中で」


「中身を見てからじゃなきゃ何とも言えないな。だがまあ、考えといてやる」


「……そうか」


 それで満足したのかディスマは指示通りの恰好で首を晒した。俺はそこに歩み寄り。


「ありがとう」


 一息にナイフを突き立てた。




 ☆




 どうか、檻から出て大きく育って欲しい。僕のようにどうしようもない生き方をしないで欲しい。誰にも縛られずに、自分の生き方で、自分が納得出来るような生き方をしてほしい。


 ──その翼で真っ青な空を飛ぶ君を、見てみたかった。

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