第23話 儀式

「あ、あのー……ウィンザーさーん……?」


 しばらく待機していると外から腰の抜けた声が聞こえてくる。残骸の密集地から抜け、通り道の中央へ向かうとヘレンが魔枯石の淡い光を手に不安げな顔で歩いていた。


「ここだ」


「ひあっ……あっ、ウィンザーさん! 良かったぁ……!」


 今日一日の疲れが隠せていない顔付きに加え、若干涙目になりながらヘレンが駆け寄って来る。石のお陰で暗さはだいぶマシにはなってるんだがな。


「すまない、一人で来させて」


「いえ、それは良いんですけど……な、何でこんな時間にこんなところに? ウィンザーさんが席を外すって居なくなって、その後にトゥエンティさんに見張りを代わるからここに行けって言われたんですけど……」


「口で説明するより見てもらった方が早い。付いてきてくれ」


 ヘレンを連れて俺は来た道を戻る。移動の間、暗闇を一人で歩くのがよほど怖かったのか、ヘレンは俺の服の端を掴んでいた。


「す、すみません……私昔から暗いのが苦手で……」


「それで安心するなら好きにしろ」


「……あ、ありがとうございます」


 ヘレンは俯き、服を掴む力が強くなったような気がした。しかし暗闇は長くは続かない。密集地を抜け、再びヤツらの野営地へと戻る。光量が強まり、ヘレンの目の前にあの光景が現れる。


「あれ、ここってあの人達が休んでる場所って……ええっ!?」


 二人組の内、ケスタは既に目を覚ましていた。芋虫のように身じろぎをしながら姿を現した俺達を射殺すように睨んでいる。


「え、あれ、へ?」


「コイツらは盗賊だ」


「盗、賊?」


「ああ」


 俺は二人組の荷物袋の片方を取り、中身を地面にばら撒く。食糧、薬、金品がどさどさと流れ落ちるのを見て、俺はその中の一つである紙束を拾い上げる。


「これは商会が売品をまとめた目録だな。村から出た一介の旅人が持ってるようなもんじゃない。手あたり次第に盗んだ際に混じったか」


「……」


「他にも金品がこれだけある。懐が貧しい親子とは思えん。さっきの話はほとんどが嘘っぱちだろう」


 ヘレンは突然飛び込んできた情報の処理に苦慮しているのか、無言だった。


「事前にトゥエンティからの忠告があった。コイツらが怪しいと。だから俺とアイツの二人で警戒していた。事実コイツらはさっき、闇に紛れ俺達を襲い強奪を図ろうとしていた。さっき俺が離席したのはトゥエンティからその報告受けて対応していたからだ」


「……本当、なんですか」


「その女の様子を見て分からないか」


 未だ抵抗の意思を見せるケスタ。そこには先程までのような淑女然とした偽りの雰囲気は無く、飢えた獣のような鋭い意思が滾っている。


「なんで」


「ん?」


「なんで、それを私に伝えたんですか。なんで私をこの人達の前に……」


 未だ納得はしきっていない。それでも冷静になろうと努めている。そんな様子でヘレンは俺に問う。当たり前の質問。ここからが本題だ。


「こいつらはまあ、悪人と言って良いだろうな。ただ奪うだけじゃない。罪の無い人間を大勢殺して来た殺人者でもある」


 俺はコイツらから押収したホルダーに収納されたナイフをヘレンに見せる。茶色ホルダーの所々が黒──血によって変色している。


「お前、コイツらを殺せるか」


「──」


 ヘレンは絶句し、俺から逃げるように俯いた。肩が小さく震えている。これは昨日、あの部屋の中でした話の続きだ。


 大勢の人間を殺す事になるという魔王討伐の本意。それをどう受け止め、どう行動するのか。


「俺は出来る」


「っ」


 ヘレンの顎に手を当て、下に向いた顔を強制的に持ち上げる。視線が合う。ヘレンの表情は酷く歪み、弱々しい目の光を発していた。


「なぜなら大義名分があるからだ。コイツらは俺達を襲おうとした。失敗はしたがそれは事実だ。コイツらはこれまでに大勢を殺して生きてきただろう。奪う事で間接的に死に追いやった人間も居るだろうな。逃がせばそういう人間がまた増えるし、こんな場所じゃ権力による裁きを与えるのも無理がある。王都にまでコイツらを生かして連行する余裕が俺達にあるか?」


 ゆっくりと、俺は理を語る。殺しという選択肢を肯定させるに足る理由。仕方が無いと妥協させる為の材料。


「俺にだって葛藤が無い訳じゃない。その選択が正しいのか、本当にすべき相手なのか、そう選択した自分を最後まで肯定出来るのか。悩んだ末に出した結論を絶対的な正解だと言うつもりも無い。それでも俺はやれる。その選択に責任を持って決断する」


 さっき見せたナイフをホルダーから抜き、ヘレンに手に納めるように移動させる。が、掴もうとしない。仕方なく俺はその冷たく震える手を外側から掴み、握らせる。


「お前はどうだ、ヘレン」


「……っ」


「どう決断する。やるか、やらないか」


「……はっ……はっ……」


 ヘレンは揺れている。まだ自分にとっての正義、行動の指針が定まっていない。そしてそれを自覚し、何とかしなければならないとも感じている。


 そこにこの状況。無理矢理に二択を提示され選択する事を迫られた今、コイツにはそれ以外が見えていない。こいつらを殺すか殺さないか、その二択から思考を外せない。


 自責──俺が、そしてコイツ自身が自分に負わせた成長しなければならないという責任が、思考を単純化させ視野を塞ぐ。


 ここだ。俺はナイフを握らせた状態から強く、ヘレンの手を外側から掴んだ。


「まだ、自分一人じゃ決められないか。なら──俺と二人でるか」


 共犯。それは責任の分散と罪や呵責かしゃくの共有だ。


「っぁ、あ」


 ヘレンが力の無い縋るような目で俺を見る。決断に自信の持てない人間にとってこれは甘い誘いだ。


「俺がお前の選択を保証しよう。責任を半分受け持とう。口だけじゃない、こうして一緒に手を汚してやる。ほら、前に」


 ゆっくりと前に進む。気味の悪いモノを見たかのような視線を飛ばすケスタではなく、俺達が向かうのは未だ気絶した状態のディスマの方だ。


「やり方は簡単だ。首の裏にナイフを差し込んで、捻る。これだけで良い」


 何も言わずに息を荒げるヘレンと共にしゃがみ込む。地面に埋め込まれた魔枯石がディスマを照らし、その首筋がはっきりと視認出来る。


「さあ」


 ゆっくりと、しかし着実にそこへと高度を下げていく俺とヘレンの手。その手が途中で──止まる。


「でき、ませんっ……!」


 ヘレンはその言葉と共に俺の誘導を拒絶していた。俺はそこから手を離す。同時にからん、とナイフが地に落ちる。


「悪い人だったとしても、物を盗んだ人だったとしても、人を殺した人だったとしてもっ、同じ人間じゃないですか……! なのに、なのに……殺すなんて」


「……そうか」


「ごめんなさい……ウィンザーさんは私の事を考えてくれてるのに、私はまだ──ぁ?」


 俯くヘレン。俺はその無防備な首筋に手を伸ばし魔術を行使する。結果、言葉は途切れヘレンは記憶を消された副作用で気を失い地に伏せる。


「そういう感じか」

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