第19話 出会い
「ははっ……大量じゃないか!」
曇天、そして雨と風。崖沿いの山道で停止している馬車。その荷台の真後ろでフードを被った女は頭上の強烈な悪天候を忘れ、笑っていた。
「食糧、薬、武器、金! わざわざこんな山道を通る無謀バカかと思いきや、とんだカモとはね!」
女はそこに詰め込まれていた物資を迅速に選り好み、大きな背負い袋へと詰めていく。本来であれば先頭で馬車を引っ張る筈の馬は矢によって射殺された状態で倒れ、乗っていた筈の御者の姿は無い。
「あっは──ちっ、雨が強くなってきたね。道が崩れでもしたらシャレにならない。おい! そっちの首尾はどうだい!?」
女の張り上げた声が向かう先にはもう一台、同じように停止した状態の馬車があった。その真後ろに立つのは女と同じようにフードを目深く被った一人の男。
「……」
男は既に半分ほど詰まっていた背負い袋を横に置き、荷台の奥に置かれていた
「ちょっと! なにボサっとしてんのさ! さっさと詰めるだけ詰めてずらかるよ!」
その様子が後ろから見えた女の叱咤の声が飛ぶ。それに背を押されるようにしてゆっくりと、男は雨水が伝う手を伸ばした。
──キュイ?
☆
休息を終えた俺とミカエルが森を横断する通り道に辿り着いたのは夕方だった。道中は魔獣と遭遇する事も無く至って順調。
面倒な事と言えばミカエルが俺の趣味嗜好や生い立ちに関して、何故か頻繁に話しかけてきた事くらいだろうか。好感度調整の為にミカエルとはあまり話したくなかったからそのほとんどは適当に流しておいたが、精神的に疲れた。
流石に先行していた三人は先に着いているだろうと判断し、目的地に着いた後で周囲の探索を行うと想定通りにヘレン、リスティア、トゥエンティらを発見し合流。ある理由から予定通りに今晩はここ、通り道で過ごす事に決定し、俺達は腰を落ち着ける場所の選定と野宿の準備に取り掛かった。
そうして日が落ち切る直前、森に挟まれた場所で焚火を囲み、俺達は各々が携行食糧や水筒を手に食事を行っていた。
「まあ、そういう訳です」
そう呟くミカエルの声音はこれまでの中性的なそれではない。ここに来るまでにくくり直していた後ろ髪は開放し、ローブも脱ぎ去っている。
「……お、女の人だったんですか」
分かりやすくヘレンは目を丸くし、リスティアも大きなリアクションこそ無いが考え込むような所作を取っていた。
ミカエルは女である。俺はこの秘密を一行全体で共有する事に決めた。
「コイツが森の中に独断専行した理由はコレ。自分の秘密に関してどうすれば良いかの相談だな。俺と
「……そんな事しなくても、普通に二人きりの時に相談すればいいんじゃ」
「出来る限り俺以外には聞かれたくなかったんだと。その理由がコイツがこの秘密を抱えてた理由にある」
そうして語るのは医療協会について。ミカエルの立場と会長の慣習について簡潔に語る。
「という訳だ。分かるよな? コイツにとって秘密をバラすのは結構な決断だ。だが俺達はこれから長期間の旅を共にする。その過程でどれだけ気を使っても秘密がうっかり漏れてしまう可能性があるとコイツは考えた。だから事前にどうすれば良いか、口も固そうで有意義な相談が出来そうな俺一人との場を作ったんだ」
もちろん嘘だ。当初、コイツが俺を誘き寄せたのは俺を復讐に利用する為だった。ただそんなもん話す必要も無い。
ミカエルを横目に見る。視線が合い、ヤツは小さく頷く。俺を誘き寄せた理由、そして復讐という目的。それらを伏せておきたいというのはコイツの要望でもある。あと前者は単純に話すのが恥ずかしいとも。今更羞恥心見せてんじゃねえぞコラって感じだが。
「でも、結局私達にも秘密を明かす事に決めたんですよね」
「ああ。そもそも俺達がこんな回りくどいルートでメルクーアを目指してる理由は理解しているな?」
「は、はい。私達の消息を
「そうだ。わざと漏らした俺達の情報が奴らにどこまで伝わっているかは分からない。だからここを経由して無関係の旅人を装う。わざわざここで一夜を過ごすのもその偽装の一環だ」
通り道での宿泊は森の中で起きた一連のトラブルで時間を浪費した結果ではない。元々、トラブルが無くともそのつもりで動いていた。
「コイツの秘密はそれにうってつけだと思ってな。相手に情報を……現時点で分かりやすく名前、各々の背格好、男女比率を把握されているとしよう。名前は簡単に誤魔化せるが後者は少し難しい。だが」
「背格好と男女比率……あ」
「コイツなら容易だ。無理な変装も振る舞いもする必要は無い。なんせ元が女なんだからな。俺達が今後、集団で動けば今言ったような情報が伝わっていた場合は相手にとって有効に働く状況もあるだろう。その際、手軽に情報のかく乱を狙えると踏んだ。それがこの秘密を共有した理由の一つだ」
焚火に拾い集めていた枝を放り投げる。火が活性化し、パチパチと音が鳴った。正面に座るヘレンが俺をじっと見つめている。
「ウィンザーさんは……本当に色んな事を考えているんですね」
「まあ、今の理由が無くともこれに関してはさっさと共有するつもりだったが。隠しきれない秘密は、それが不意に明らかになった際に余計な混乱を生む。隠しきれないならさっさと明かせって事だ」
報告、連絡、相談。今後は徹底していこうとついさっき実感したばかりだからな。
「……私としては、これは貴方との秘密にしておきたかったのですがね」
隣でミカエルが俺にギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でそう呟いた。
そういや一行に事実を明かすのにコイツは幾分か渋っていたな。父親に狙われる可能性のある人間を増やしたくないのかと思ったが、そもそもコイツが復讐を遂げればそんな心配は無くなる。復讐を止めるにしてもコイツ自身が父親に密告しなければ良い話だろうし、良く分からん。
「……そう、か」
リスティアが対面に座るミカエルに視線を移し、呟く。今まで会話に参加せず何事かを考え込んでいたようだが。
「何か?」
「得心がいった。
「……違和感? 以前から私の偽装を見破っていたとでも?」
「表情や雰囲気もそうだが、一番は
頭の片隅に残っていた問題が解けたような、気が晴れたような表情でリスティアはそう告げる。
「そ、そうですか」
「むしろ偽装は完璧に近いものだったという訳だ。小さな違和感ですら気づける者はそう居ないだろう。安心して良いぞ」
気分が良いのかリスティアは珍しく笑っていたが、ミカエルは割と引き気味だった。俺もだ。ニオイってなんだよ、理解出来ん。
薄々察してはいたがコイツはバリバリの感覚派らしい。改めて俺が苦手なタイプだと実感する。
「……あ、はは」
同時に、その隣に座るヘレンの愛想笑いが目に映った。両者が腰を下ろしているスペースの隙間は広く、ヘレンの方は意識的に隣から目を逸らしているようにも見える。
こいつらと合流してからここまでの間、
とはいっても両者の仲が決裂するほどの出来事ではないだろう。こいつらの道中は至って順調だったみたいだしな。ヘレンの方が挙動不審なのを見るにコイツが一方的にリスティアにマイナスイメージを抱くような出来事があったのかもしれない。
それ自体は喜ばしい事だ。交友関係は精神的成長を生む。だがヘレンにそれは不要。初日の出来事もあるしな。決定的に瓦解する程に仲が悪くなったのであればそれはそれで問題であるが、それ以外は見過ごしていい。
ま、機会があれば何があったのか、さり気無く聞くくらいはしておいた方が良いか。
「お前の秘密とそれを私達に共有する事に決めた理由については……分かった」
後者は理解してねえ、てか考え込んでて聞いてねえだろコイツ。
「だが、
「ああそれは──」
「報告だ」
割り込む声。気づけば、俺達から離れた場所で待機していたらしいトゥエンティが側に居た。
「旅人がここへ近づいている」
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