第18話 半端

 ウィンザーとミカエルが魔獣の対応に奔走している頃、残された三人は特筆すべき出来事も無く順調に目的地点へと進んでいた。


「アレ……なんかちょっと揺れました……?」


 ヘレンが何気無く呟いた一言。不安げに辺りを見回すが何も無く、他二人からの返答も無い。


「き、気のせいかな……あはは……」


 先行して前を進むトゥエンティは元より一切の会話を行わず、リスティアは初日の出来事からヘレンに対して何とも言えない気まずさを感じ、黙々と足を動かしている。


 そして、ヘレンは時折こうした二人との会話を試みていた。その理由は二人との仲を深めたいという単純なもの。


 だが、ヘレンのコミュニケーション能力は決して高いとは言えず、黙して進む二人から相槌以上のものを引き出せない。


「……」


「……」


「……」


 結果、微妙な空気感の中で三者は歩き続けていた。


「あっ、あの、トゥエンティさんが魔力の感知? が出来て本当に助かりましたよね」


 ウィンザーが言い残した異質な魔力の感知。三人の中でそれが唯一可能だったのがトゥエンティであり、定位置になっていた一行の最後尾ではなく先頭を歩いているのはこの為である。


「今の所は順調に進んでるんですよね」


「……」


「あ、その、疑ってるとかそういう訳じゃなくて……」


「順調だ」


 独特なトゥエンティの声で会話は終わり、またもや一行が森の中を進む小さな音だけが辺りに響く。


トゥエンティあの人ってなんなんだろう。一度も顔を見せようとしないし、ウィンザーさんとかミカエルさんとは明らかに違う……元から私達と話そうとも関わろうともしてないよね。おっきいし声も変だから怖いんだよね……。というか、良く分からないあの人はともかくリスティアさんにも避けられてるような……私、何かしちゃったのかな?)


 当然、ウィンザーに記憶を消されたヘレンにリスティアとの一件の記憶は無く、それもまたこの空気感を生み出している要因でもあった。


(──いや、それも私から話しかけていかないと分からないよね。この人達は王城あそこに居た人達とは違う、一緒に旅をする仲間なんだから!)


 しかし、ヘレンは二人に話しかける事を止める気は無かった。


(私に成長してほしいと、ウィンザーさんは言ってくれた。この人達と仲良くなろうとする事だってそれに繋がる、筈)


 思い出すのは昨日のウインザーとの会話の一端。


『何も分からない私でも、胸を張って生きられるようになれますか』


『ああ。この旅の中できっと。だからそれまでは』


 その中でウィンザーが自分へと向けた、期待と真摯な瞳が頭の中に蘇る。それこそが仲間へと積極的に話していこうと志した理由であり、胸に秘めた決意の源だった。


「……えへ。あんな事言われたの初めてだったな」


「どうした」


 漏れた独り言に反応したのはトゥエンティだった。慌てるヘレンの頬は羞恥から薄く赤らんでいる。


「あっ、その、なんでもないです」


「そうか」


「……あのっ、トゥエンティさん!」


「なんだ」


「聞きたい事が! 魔力の感知ってどう──」


「待て」


 切り出した新たな会話は即座に中断される。後方の二人を手で制したトゥエンティによって場の雰囲気は一変し、それを間近で感じていたヘレンは固唾を呑む。


 同時にリスティアが荷物を地面に降ろし静かに剣を抜き終わった頃、三人の正面の茂みからそれは現れた。


「魔獣だな」


 特に何の感慨も無くリスティアは呟く。それは子犬だった。頭部には一本の小さなツノが生え、体表の一部の毛が固まり鱗のようになっていた。


「というより、成りかけか」


「成り、かけ?」


「多量の魔力を吸収した動植物が魔獣に成る……筈だ。コイツはその一歩手前だろう。何度か見た事がある」


 ヘレンの疑問にリスティアが答える最中、その成りかけの魔獣は必至の形相で吠え始めた。尖り切っていない未熟な威容。しかし、その様子にヘレンは思わずたじろぐ。


「完全な魔獣ならまだしも、成りかけでこうも気性が荒いのか。逃げ出しそうなものだが」


「恐らくそれは守っている」


「守っている? 何をだ」


「死体。奥から死臭」


「……そういう事か。まあ良い、私がやる」


 トゥエンティと話しつつ剣を構え、魔獣へと接近していくリスティアをヘレンは呆然と眺めていた。魔獣の威嚇の勢いが更に強くなる。


「あ、ちょっと待っ──」


 その声に何かを感じたヘレンが呼び止めようとした頃にはもう、剣は振るわれていた。一閃で魔獣の頭と胴体は二分され、静かな森に不釣り合いだった鳴き声が止む。


「……本当だな。これは母親の死体、か?」


「恐らく」


「こっちは普通だ。残された子供だけが魔獣に成ったようだな」


 死体を乗り越え少し先へ進んだ二人の会話。それを聞いたヘレンは理解せざるを得なかった。


 この魔獣は母親の死体を守る為に自分たちの前に姿を現したのだと。そしてそれを知った瞬間、ヘレンは子犬とはいえ凶悪な形相で威嚇していた筈の魔獣の頭が別のモノに見えたように感じていた。


「ヤツの言う通り小粒な魔獣はこの近辺にも居るようだ。警戒して進むぞ」


「ああ」


「──あのっ」


 引き続き先に進み始めた二人を呼び止める声。振り向いた二つの視線を受け、ヘレンは魔獣の死体を指差した。


「こ、殺しちゃう必要ってあったんですかね」


「……どういう事だ」


「いや、死体を避けて進めば襲ってこなかったんじゃないかと……」


 尻すぼみに声量が落ちる。そうしてヘレンの訴えからしばし無言が続いた後、リスティアがヘレンの前へと歩き寄る。


 対面する二人。リスティアの背はヘレンよりも高く、どことなく威圧感が浮かんだ表情で見下ろしていた。


「あ、の」


「魔獣を見過ごす理由が無い。アレは人間私達の、ひいては王国の敵だ」


「……」


「今、人を襲うか襲わないか。考えるべきはそこじゃない。殺せるのであれば殺し、出来る限り駆除する。幼い子供であろうと弱った母親であろうと、魔獣であれば。それが騎士の考えだ」


 ヘレンは何も言えなかった。可哀想だから、あの魔獣はこの場において明確な弱者だったから。自分の中に出来た飲み込めない感覚を口には出来る。ただ、それを正しいと、そして突き付けられた考えは間違っていると、説得出来るだけのがヘレンには無かった。


「……ウィンザーさんも」


「ん?」


「ウィンザーさんも、そう判断するんですかね」


「……何故そこでヤツの名前が出て来たのか分からんが、恐らくそうだろうな」


 迷えば頼れと語って来た男がこの場に居ればどう判断するか。恐らくリスティアと同じ判断をするだろう。


(だったら、これが正しいんだよね……)


 ヘレンは自分の中の飲み込めない何かが収まっていくように感じていた。それと同時に、目の前のリスティアはどこか苦々し気な表情で呟きながら振り返り、再び前に進み始めた。


「ヤツは……冷徹で得体の知れん、油断の出来ない男だ。そんな人間がいたずらに魔獣を見逃すとは思えん」


 慌ててそれに付いて行きながらも、その呟きの内容にヘレンは表情を歪めていた。


(そんな事ない)


 ウィンザーとリスティアの関係性があまり良くないのはヘレンから見ても理解出来た。しかし、その人物評には納得が出来ない。


 少しばかりぶっきらぼうで冷たくはあるが、未熟な自分を信じ、労わり、導こうとしてくれる人。それが少なくとも現時点でヘレンから見たウィンザーの姿だった。


(……リスティアこの人とは、仲良く出来ないのかも)


 胸に湧いた小さな怒りを抑え、最後にもうピクリとも動かない魔獣の死体を一目見る。


「……ごめんなさい」


 そう呟き、振り切るように視界から外しヘレンは先に進む二人の後を歩き始めた。

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