第17話 相互不理解

 トゲネズミの件が片付いた後、次に考えるべきは棚上げしていたミカエルの記憶。俺に秘密を暴露したという記憶の処遇についてだ。


 消せば俺に危機が迫る可能性が一時的に無くなるが、結局は俺を利用して復讐を遂げるという考えがヤツの根底にある限り、今後もトラブルは起こり続ける。


 消さなければ当然記憶を保持したまま。不安の種をヤツに握らせた状態で旅を続ける事になる。


 俺がこの選択を棚上げしていたのはトゲネズミが片付いた後に決めても何の問題も無かったからだ。つまり、後者の選択をする場合は


 始めからこの森にトゲネズミなど存在せず、戦いもせず、何も無かった事にする。記憶の始点はテントから始め、ヤツが女であるという秘密に触れる事無くさっさと目的地にまで行ってしまう。


 テントでの一件からトゲネズミ討伐まで多く見積もっても一時間はかからない。だからこの選択も有り得る。そう思ってたんだが……。


「どれくらい経った、ですか? ああ、ですね。私もそうですが貴方も疲労が溜まっていたのか、気絶というより眠っていたようですから……ふふ、無理に起こさない方が良いかと思って」


 回復術の副作用。それによって気絶し小川近くの木陰で目を覚ました後、隣に座っていたミカエルがしたり顔でそう語った瞬間、俺の見積もりは崩壊した。


 ミカエル肉壁作戦で実演した通り、合間の記憶を消し続けて記憶の始点の固定は出来る。が、その間にも始点を含めた過去の記憶は当然本人の頭には保持され、記憶を消去出来るタイムリミットはふつーに減っていく。


 つまりだ。結局のところ全部終わってから暴露の記憶も含めて全てを消すプランを取る場合、俺は一時間以内にトゲネズミを抹殺しなければならなかったというのは変わらない。


 ここで計算してみよう。テントでの暴露からコイツが最初に不意打ちでトゲを受けるまでが大体十分、そこからミカエル肉壁作戦で費やした時間が三十分、そこから仕留め損ねてグダグダ追い駆けっこして討伐するまでが十分くらい。つまり計五十分程度。そこにこのお節介女の厚意で突如として発生した空白の十分を足せば……? 


 そう一時間! 記憶消去の猶予期間はまあ過ぎてるな! やってくれたぜコイツマジでな! さっさと叩き起こしてくれりゃあギリ全消しルートもあったのによ! 


 ……まあ、別に良い。本来あった筈の選択肢を削られたのは気分的にクソだが、どのみちそのルートは取らん。


 記憶は消さない。秘密の暴露もトゲネズミとの戦いもそのまま。これで行く。


「もし、痛みや治しきれていない感覚があったら伝えてください。すぐに対処します」


 というのもだ。要は魔王討伐が終わった後、コイツが思う存分復讐を果たし結界として女である事が公然の事実になってしまえば、俺が密告される危険性も無くなる。なら、俺がその後押しをすれば良い。


 後押しと言っても積極的な協力、ましてやコイツの誘いに乗る訳じゃない。旅の中で事あるごとにちょいちょいと復讐を肯定してやる程度だ。


 恐らくコイツの根っこ、人格のど真ん中は破滅主義というよりはそれなりに真面目なタイプだ。育った環境のせいでその一部に歪みが生じて何を起こすか分からんイレギュラーな面もあるが、基本的には初志貫徹に拘るだろう。俺はそれをブレないように適宜確認してやれば良いだけ。深入りはしない。


 ……正直言ってミカエルの俺に対する好感度はそこまで上げたくない。コイツが復讐を果たせば王国の一部は間違い無く荒れる。下手に好感度を稼ぐとそこに巻き込まれる可能性が高くなる。というかもう若干巻き込まれてるんだが、それ以上は防ぎたい。


 だからさっきの問答で。


『お前の回復術能力が必要だからだ』


 わざわざこう答えた。コイツにとっちゃ俺は数少ない秘密を知った人間。それを踏まえてお前に自由に生きて欲しいだの、お前の境遇に同情しただの、コイツに親身に寄り添うような耳触りの良い事を言っておけば好感度を稼げたかもしれない。


 だが既にトゲネズミ戦でそれは十分に稼いだ。気絶してるお前を労ったんだアピールのアレとか、それこそついさっき身を挺してトゲから守った事とか。そう、十分だった。


 だからわざわざ反感を買うようにした。テメェの事なんか秘密も含めて大して興味ねえけど回復術だけは有用、と。あの答えで本性が完璧に見抜かれるまではいかないだろうが、それでも俺が思ったより情に厚い人間じゃないってのは薄々伝わっただろうし、好感度も良い感じに下がっただろ。


 最低限、それこそ傷を負ったらノータイムで回復術を行使してくれる程度の信頼関係は必要だ。だがそれ以上は必要ない。


 あくまで仲間の範疇、出来るだけフラットな関係を築き、復讐は勝手にやってもらう。それが理想。そういう意味では今回の魔獣戦は適度に好感度を稼ぐにはもってこいだった。


 ──もし仮に、魔王討伐の終わり際にそれまでの出来事から考えが変わったから復讐は止める、なんて決断をコイツがして、それが覆せないのであれば。


 そん時は上手いこと殺せば良い話だしな。


「……もうしばらく、休んでいきませんか? 丁度川も近くにある事ですし。日が落ちるのもまだ先です」


 寝起きの頭で川を眺めながらそんな事を考えていると、隣でミカエルがそう提案してきた。休憩は賛成だしそれは良いんだが……。


 向けられる視線の回数が多い気がする。俺達が背にしてる木は太いんだから離れりゃ良いものの妙に距離が近い気がする。何が落ち着かないのかもぞもぞしている気がする。


「ふふ……」


 今までに見た事の無い、緩い表情をしている、気がする。


 ……これちゃんと好感度下がってんのか?

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