第16話 初めての無関心

「どれだけ動かせる気なんだッ!」


 隠れて進んでトラップ踏んで隠れて進んでトラップ踏んで……こうなるのが分かってたから空中からのストンプに合わせるプランを取りたかったんだよ! 


 お前も、避けるのが遅れて踏み潰される危険性が若干ありはするがそっちの方が楽だろうが! 


「終わったら報連相の徹底だな! というか基本だなそれが! 俺も悪いな! うん!」


 もさもさした草の中をイライラしながら進む。もういい加減森の中も飽きたんだよ! しばらく緑は見たくねえ! 


 そうして見えた何度目かの魔獣の背中。俺の位置はヤツの右斜め後方。道中でトラップは踏んでいない。魔獣は俺から意識を外している。おまけに正面に集中してトゲを放とうとしている。魔術の射程範囲。


 よおし、やっと要件成立だ。後はもう一度、最大火力の〈刺岩〉を──。


「〈刺岩〉!!!」


 目の当たりにした状況。ごちゃごちゃした思考をすっ飛ばし、既に魔力を最大に溜めていた二枚目の〈刺岩〉を行使する。再度ヤツの腹の下からトゲが出現、一度目よりも大きな悲鳴が響く。


 それを聞きながら俺はヤツの横を走り抜けていた。そこから発される青い光はまだ消えていない。俺は呆然とした表情で地面に倒れ込んだアイツ──ミカエルの前に身体を滑り込ませ、走り抜けた際に懐から取り出していた札を、最低限の魔力を込めたそれを行使する。


「〈堅絶〉!!」


 さっきのと比べれば驚くほどに頼りなく小さい岩の壁が出現し、ヤツの死に際に放たれた何本ものトゲがそれを打ち壊す。俺は咄嗟に盾にした両手によって視界が塞がれた中、それを音と痛みで知覚していた。






 ☆





「クッ、ソ」


 壁の残骸に手を置き身体を支える。魔獣が今度こそ死体になっているのを確認し、握っていた追撃用の札から力を抜く。


「やっちまった……!」


 残骸を背に座り改めて自分の現状を確認する。腹部中央と右足の大腿部に突き刺さったトゲ。壁じゃ勢いを殺せなかった二本が深々と俺の身体を貫いている。


 クソ痛え。特に腹がヤバイ……! この距離でも貫通しなかったのは不幸中の幸いだが、さっさと対処しないと普通に死ぬレベルの感触だ。


「おい、何ボサッとしてんだ……!」


 俺の重傷を見て即動き出す……なんて事は無く、ミカエルはその場にへたり込んで汗の浮かんだ呆けたツラをしていた。


「おい……!」


「……貴方は」


 何故私を助けるんですか。状況を理解したらしいヤツはそう呟く。


 ──それ今答える必要あるかなあ!? シャレになんねえ怪我だと思うんだけどなあコレなあ! 


 だから嫌だったんだよ! 俺自身が重度の怪我を負うというこの状況自体が! 


 さっきのミカエル肉壁作戦で囮役をコイツに押し付けたのはこういう状況を発生させたくなかったからだ! 重度の怪我を負えば俺の生死を決めるのは文字通りコイツ次第になる! 


 コイツが仮になんか気が変わったので治しません、なんて言ったら俺はただ死ぬだけ! つまりそういう状況になればコイツに絶対的な主導権を握られてるに等しい! あと重傷の治療後に気絶するってのも最悪だ! 


 だからコイツの存在はあくまで! こんな状況はなるべく発生させない方が望ましいんだ! 現に治療そっちのけで良く分からん問答されてるしな! 


 どうする……! んなもん聞く前にさっさと治せって催促するか? いや、いたずらに機嫌を損ねるような返しは無しだ。なんか真剣な表情してるしな。催促するにしてもこれに答えてからだ。


「お前を、助ける理由? それは──」


 痛みを堪えながら思考する。何が正解なのか。


 そして答える。





 ☆




「お前の回復術能力が必要だからだ」


 いつの間にか漏れ出ていた問い。彼は苦痛に顔を歪ませながらも、私の瞳をしっかりと見つめてそう答えた。


「今回の魔獣戦で確信した。多少問題はあるが、お前は旅の終わりまで間違っても失いたくない人材だとな」


 腹のトゲを引き抜かれ、少し虚ろな目で彼は言葉を続ける。


「それだけの話だ。さっきお前を起こさなかったのには心配もあったが、単純なリスクの警戒の面が大きい。今こうしてお前の盾になったのも、があったからだ。流石の回復術も、頭を潰されたらどうにもならないだろう」


 その視線は、私を見ているようで私を見ていない。


「地面に倒れたお前が呆けてるのを見てその可能性を想起し、咄嗟に出した壁の耐久性に難がある事も含めて、ここは頭を確実に守れる俺が盾になった方が良いと判断した。それだけの、話……」


 太腿の治療が終わった辺りで、彼は術の副作用で気を失った。力無く前へ倒れるその身体を私は受け止める。


 能力が必要だから。何度も言われた言葉の一つ。私が持ち合わせた回復術の才能は協会全体で見ても水準が高く、必要とする声は多い。その声に従って何度も救い、治してきた。


 でも、そこには媚びがある。誰もがそこに次期会長ミカエル・アンフィスを透かしている。治療を受けた者も、傍らで見守る親族も、助手である協会員も。


 いつだって純粋な能力だけを評価された感覚など無く、美辞麗句を口にする者達の視線は、いつだって私を見ているようで私を見ていない。


「同じ、筈なんですけどね」


 彼は秘密を知った。屈折した本来のに次期会長としての価値は無く、偽りのが築いた価値すらも復讐を求め破壊しようとしている事を。


 その上で、彼は


『そりゃ重かったに決まってるだろ。気絶した人間一人だぞ』


 ローブの下に隠れた女としての身体も、苦悩に対しても。下心も同情も気遣いも無く、全ての私を知った上でただ回復術能力だけを求めている。それ以外の要素に一切価値を感じていないかのように。


 合理的で、まるで情など何処にも持ち合わせていないのではないかとも思う、冷ややかな求め。


『──頼んだぞ! ミカエル!』


 同じ筈なのに。多くの人々が私を見ていない事と、彼が私を見ていないのは。なのに何故か。


 彼のその、私に対する清々しいまでの無関心さが、少しだけ心地好い。


「死ねない理由が……増えたかもしれません」


 この感情が何なのかは分からない。自分が彼をどう感じ、どう見ているのか。落ち着いて考える必要がある。


 私の内の復讐の炎は未だ絶えていない。本懐を果たしたいという思いは変わらない。


 でも確かなのは、今はその冷ややかな求めにが応えてみたいと感じている事。そして。


「──初めて秘密を明かしたのが、貴方で良かった」


 そう感じている事だ。


 胸に寄り掛かった彼の頭に、何となく触れてみた。

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