第20話 白々しい会話
「いやあ、それにしても本当に奇遇ですね。こんな場所で自分達以外の旅人と出会うなんて」
「ええ、まったくですわ」
ベルベット大森林。そこには森の両端を繋ぐ通り道がある。
直前に日が落ち薄い夜が広がろうとしている時間。その通り道の上で、計六人の男女が一つの焚火を囲み談笑していた。
「私達だけで心細い夜を送るとばかり思ってましたもの。ねえ、ディスマ」
「……うん」
薄い赤毛でそれなりの年齢であろう女、ケスタ。茶髪とそばかすが特徴的で大きな荷物袋を横に置いた若い男、ディスマ。彼女達は通り道の東側から森へと入った二人組の親子であり、旅人だった。
「ではこちらの自己紹介をさせてください。俺はトラッシュ。彼女は婚約者のイヴです」
「こ、こんばんは」
柔和な表情と声でトラッシュと名乗る男が自らの横を手で示し、イヴと紹介された女が挙動不審気味に頭を下げる。
「まあ、婚約者。……それで残りのお二方は?」
「こちらは傭兵のエカテリーナ。そしてこっちが──」
「トラッシュの姉のルチアと申します! 良く間違われますがルシアでもルキアでもありません! ルチアとお呼びください!」
エカテリーナと呼ばれ、腰に剣を帯びた女は憮然とした表情で後ろに立ち、トラッシュの横に座るルチアと呼ばれた女ははつらつとした声と共に頭を下げた。
「まあ、元気な方ね。あなた方は西側から?」
「いえ、東からです」
「そうなの。という事はメルクーアへ向かうおつもり?」
「はい。俺達は東のこの森に近い小さな村に住んでいるのですが……婚前旅行という事でメルクーアへ行こうという話になったんです」
旅の中で偶然にも出会った両者一行。しかしトラッシュとケスタが矢面に立った会話は朗らかな雰囲気に包まれている。
「婚前旅行にお姉さんも一緒だなんて、家族仲がよろしいのね」
「はい! まだまだ弟からは目が離せませんから! この間も──」
「ちょっと、止めてよ姉さん」
「おや、しっかりとした婿方に見えますのに、案外そうではないのですか?」
陽気に語るルチアとバツが悪そうにそれを押しとどめるトラッシュ。ケスタは二人のエピソードに微笑みを浮かべ、ディスマは一言も喋らず俯いている。
「まったく姉さんったら……それで、貴女達もメルクーアへ?」
「ええ。私達はここからかなり遠い北東のある小村に住んでいたのですが、最近そこに魔獣が押し寄せて村が滅茶苦茶にされてしまったのです」
ケスタの表情は悲哀に染まり、横に座るディスマの背に手を置いた。
「私達は運良く逃げる事が叶い、新天地としてメルクーアへと向かう事に決めました」
「それは……お気の毒な」
「良いんです。幸いにも、息子はこうして無事だったのですから」
「そうですか……それにしても良くここを通る決心をしましたね。野生動物や魔獣が蔓延る森に挟まれているというのに」
「最短で向こうへ行きたいのです。迂回して進めば浪費が増えますし、危険は承知です。私も息子もそれなりに自然の危険には慣れていますから。それに、危険なのはそちらも同じではなくて?」
「あはは、優秀な傭兵である
談笑は続く。
「通り道は比較的安全が保障されていると聞いていたけど、こんなものまであるのね」
ケスタが周囲を見回すような仕草を取る。焚火を囲む彼らの上には半分ほど朽ちた屋根があり、その背には淡い光を放つ石の壁がある。
「この道は過去、軍事目的で開通された道のようです。その際に駐屯地としても使っていたのでしょう」
彼らが腰を落ち着けているのは簡易的な家屋の内部だった。年月より風化し一部が崩れているが夜を明かすには十分である。そして、彼らが集まった場所の周囲には同じような家屋やそれの残骸が幾つも残されていた。
「この光る石は魔枯石と呼ばれていて、周囲の魔力を吸って光を発するそうなんです。この道の地面にはそれが至る所にばら撒かれ、敷き詰められている。だから魔獣は滅多に寄ってこないし、来てもすぐに逃げてしまうそうですよ」
「へえ……魔力というのは良く分からないけど、ちゃんと理由があるのね。それにしても詳しいですのね」
「村に物知りな老人が居ましてね。子供の頃に教えて貰ったんですよ」
「私の村にも居たわ、そういう人」
そうして何度目かの会話が終わった後、ケスタはディスマを促しながら立ち上がった。
「そろそろ休息するとします。ここまで歩き詰めだったもので」
「ああ、それなら来た道をしばらく戻ってみてください。残骸が特に密集している場所に、少し見つけにくいですがここと同じくらいには使える家屋が残っていますので」
「探してみますわ。ご親切、痛み入ります」
「いえいえ。助け合いでしょう。では──また明日」
「ええ、明日」
そうして二組は別れた。それまでの間、ディスマが言葉を語る事は一度も無かった。
☆
「ふう──ー……緊張しましたぁ」
隣に座るイヴ──脱力したヘレンが疲労感タップリに呟いた。お前はほぼ何も喋ってないだろうに。
「無理に喋ろうとしなかったのは賢明だった。ボロが出るくらいなら無口を装って沈黙で良い」
「そ、そうですか……?」
ヘレンは恥ずかしそうに頭に手を置いた。背後ではエカテリーナことリスティアが憮然とした表情で壁に寄り掛かっている。お前にも言ってんだぞ。
「問題はお前だミカエル。何だあれは」
「? 何か問題でも?」
俺の姉であるルチアことミカエルは邪気の無い顔で小首を傾げた。あんなハイテンションキャラで行くなんて打ち合わせはしてなかったんだが。
「……まあ、無口ばかりじゃバランスが悪いからな。あれくらい喋るヤツが居ても良いだろう」
「ハッキリとした演じ方の要望があるのならばそれに従いますが。ところで、なぜ私が婚約者ではなく姉なのですか?」
「特に意図は無い。強いて言うなら役とお前の容貌が合っているからだ。何か問題があるか?」
「それならヘレンさんを妹にしてもいいでしょう」
「それで何が変わるんだ」
「いえ、特に何も」
「……現時点での偽り方を徹底する気は特に無い。この先、二手に分かれて行動する時もあれば単独の場合もあるだろう。その都度、どう振舞うかは各々で判断してもらう。基本的には勇者一行である事と本名を明かさなければそれで良い」
良く分からん抗議は無視するとしてミカエルは流石だった。人生のあらゆる場面で偽ってきただけの事はある。
「これから何回も、さっきみたいな嘘をつかないといけないんですね」
気落ちしたような声音でヘレンが呟く。
「必要な事だ。魔王討伐を達成する為だけじゃない、俺達の身を守る為でもある」
「……さっきの人達と一緒にメルクーアに向かう予定なんですよね」
「予定ではな」
俺達以外の旅人との出会いは僥倖だった。あの二人と同行してメルクーアへと向かえば道中の偽装は盤石なモノになる。男女比率どころか全体の人数が大きくブレるんだ。俺が懸念しているリスクは限り無く薄まる。
「凄く良い人達だったのに、ずっと嘘をつかなきゃいけないのは苦しいです」
縋るような目でヘレンは俺を見た。そこに反抗の意思は無く、事の必要性も理解している。
自らの良心が痛む──恐らく、罪悪感が籠った表情だった。
「良い人達か」
俺の対面。家屋が半壊し、剥き出しになった側からぼんやりとした光の絶えない通り道と夜の森がある。俺は二人が去って行った方向を見た。
さて、どうだろうな。
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