第7話 あの人にしましょう

「まず前提として、昨日の騒動の原因は太陽の仔……つまり俺達が討伐を目指す魔王と関係している」


「──あっ!」


 今思い出した、というような表情でヘレンが声を上げる。お前の相手は後でな。


 続いて疑問の声を上げようとしたリスティアを手で制し、俺は話を続けた。


 俺とヘレン、それとトゥエンティが騒動の犯人を捕まえた際、その犯人の身体に太陽の仔のシンボルが刻まれていた事。騒動を引き起こしたのは自分の意思ではなく、人質を取られ太陽の仔の命令で仕方なくやったと男は主張した事。


 他の二人は特段目立つ反応が無いのに比べ、ヘレンは思いつめたような表情で話を聞いていた。


「以上の事から俺はあの男を貴重な情報源として捉え、昨日の内に聞き取りを済ませておいた。その中で確度が高いと思われる情報の一つが男はメルクーアからここに来たという事だ」


「メルクーア……ここから北西にある都市か」


「ひとまずはそこに向かいたい」


「魔獣を用意し、ここに放つようにとあの男に命令した者がそこに居ると?」


「そうだ、メルクーアには既に太陽の仔の信者が入り込んでいると見ている。……一つ聞くが、お前達は魔王討伐という目標をどう解釈しているんだ?」


「……?」


 ああ、リスティアお前には聞かなかった方が良かったな。案の定何を聞かれているかをまず分かってない。


「えーっと……」


 ヘレンも同じく答えに詰まっている。が、最後の一人は俺の意図を理解しているようだ。


「いかようにも取れる表現ではありますね。太陽の仔のを魔王とするのか、太陽の仔というを魔王とするのか……そういう事でしょう?」


 ミカエルはそう言って不敵な笑みを浮かべる。こいつはやっぱ普通に頭が回る側の人間だな。何を考えてるのかイマイチ分からんのもそうだが、不気味な男だ。


「ああ。俺は後者が正しい解釈だと考えている。知ってるヤツも居るだろうが、太陽の仔という名前を掲げる組織が表沙汰になったのは歴史的にだ。過去に一度問題になった際には魔王指定まではいかなかったらしいが」


「今回は違う。成程、堪忍袋の緒が切れたのですね。つまり私達は求められていると。王国内から太陽の仔を掃討するのを」


 そうミカエルが締めくくるのと同時に俺は席から立ち上がり、両手を机に付け宣言した。


「太陽の仔に関する詳細な情報収集、そして手始めにメルクーア自体から太陽の仔を一掃する。この二つを短期目標としてメルクーアへ向かう」





 ☆




 その後、幾らか問答はあったが結果的に俺が提案した方針で旅を進める事になった。


 メルクーアはそれほど遠方という訳ではなく本来なら馬車も使えるが、で俺達は徒歩かつ捻くれたルートを取る事になった。


 出発は明日の早朝、日の出と共に町を出る予定だ。全体の食糧や持ち物の補給は今日中に済ませておく。


 だがその前に、俺にはやるべき事があった。宿屋の二階……ヘレンの部屋の前に向かい、扉を叩く。


「ヘレン、俺だ」


「……ウィンザーさん?」


「話がある。入っても良いか?」


「はい、どうぞ」


 了承を得て扉を開ける。ヘレンはベッドに腰かけ、剣の手入れをしているようだった。俺は部屋の中の小さな椅子に座る。


「その……」


「あの男の件だろう。お前が気にしているのは」


「……」


 昨日の夜の記憶が丸ごと抜けたコイツの心中には未だ、あの男への心残りと俺に対する疑念が残っている。それを処理しなくてはならない。


「さっきも言った通りあの男への聞き取りは済ませておいた」


「あの人は……」


「朝一番に王都に輸送されたらしい。もうここには居ない」


「……そう、ですか」


 アイツの行方に関して町長やらに詮索でもされたら面倒だからな。王都に送られたと言われれば納得するしかないだろ。


「俺が聞きとった分には正直、分からん。昨日の言い分が嘘でもおかしくないし本当でもおかしくない」


「……」


「その上でもう一度言うが、アイツがここに魔獣を放ってしまったのは事実なんだ。身体に太陽の仔のシンボルが刻まれてるのもな。それらを踏まえてどう判断するのか、どう処罰するのかは俺達の領分じゃない。王国の仕事だ」


「それは……分かっています」


「なら何故、割り切れない?」


 何が原因で他者救済にこだわるのか。恐らくこれはコイツの根幹に関わる質問だ。


 ヘレンは言葉を探しているのかしばらく黙り込んだ後、ぽつぽつと語り始めた。


「……あの人は助けてと言っていました。私にはそれが嘘には聞こえなくて、聞いてしまったからには助けたい。そう思ったんだと思います」


 イマイチ要領を得ない答えだ。だが、これまでの情報からある程度の推察は出来る。


 コイツは恐らく望まれず生まれた妾の子。王族らしくない卑屈な態度と存在を公表されていない事から王城内で地位が低かったのは確定的。


 だから共感した。魔獣を放ち王国の敵となったヤツの立場は孤立無援。そこに自分を重ねたのだろう。さっき俺には魔術の才能が無いと言った時の反応もそれに近しいものと考えられる。


 一方、誰かの助けに答えたいというのは他者に必要とされたいという欲求があるように見える。誰かに認められる事によって自分自身を認めたい、といったところか。


 ならば、俺がかけてやるべき言葉は。


「お前のその感情は尊重したい。だがこの先、あの男のような曖昧な立場の人間はきっと大勢居る」


「……」


「明確に罪を犯し悪だと言い切れるようなヤツも居るだろうな。そんな相手にまで、助けを求められたら応えるつもりか」


「……それは」


「そもそもの話だが、俺達が主に相手をしなくちゃならんのは人間だ。──魔獣ならともかく、お前は人間相手に手を汚せるのか?」


「っ」


 その事実から目を背けていたのだろう。突き付けられた現実にヘレンは顔を歪ませる。


「明確な弱者、被害者は好きに救えば良い。ただ助けるよりも殺す数の方がずっと多い。それがこの旅で、魔王討伐の本質だ。お前はそれに付いて行けるのか」


「……分かり、ません」


 まあそりゃそうだろうな。コイツは明らかに未熟で歪んだ成長の仕方をしている。自己肯定云々の話はともかく、いきなり人間を殺すのが主目的だと突き付けられても分からないと言うしかないだろう。


 ここだ。


「今は分からなくても良い」


「え」


 席を立ち、頭を下げ落ち込んでいたヘレンの肩を掴む。顔に浮かべるように心がけるのは理解を示す表情。


「誰だって人間を殺す事には抵抗があるさ。俺も取り繕っているが、内心ではそこまで割り切れていない」


「あっ……そ、そうですよね」


 嘘だが。こういうヤツにはが効く。案の定ヘレンはほっとしたような表情を浮かべる。


「それでも、この旅を成功させる為に必要な合理的判断を心がけているつもりだ。だからヘレン」


 今は俺に任せろ。

 目線をしっかりと合わせ、目に力を込めてそう伝える。


「誰を助けられるか、助けられないか、殺すべきなのか。迷ったのであれば俺を頼り、迷う事すらも心苦しいというのなら俺の指示を聞け」


「で、でも」


な。お前がこの旅の中で成長して、確固たる信念や判断基準を自分の中に持つまでは……この旅の舵取りを俺に任せてくれないか?」


 言葉にも力を込める。気迫が伝わったのか、ヘレンは若干の不安の色を残しつつも決心を固めたような顔で頷いた。


「何も分からない私でも、胸を張って生きられるようになれますか」


「ああ。この旅の中できっと。だからそれまでは」


「はい。それまではウィンザーさんを……その……た、頼りたいと思います」


「それで良い。改めて、よろしくな」


「っ、はい!」


 ヘレンは嬉しそうな表情で俺が差し出した手を握った。さっきまでの曇ったような雰囲気は無くなっている。


「さて、話も終わった事だし次は買い出しだ」


「へっ、私達もですか。明日以降の準備はミカエルさんが担当してましたよね」


「お前の装備を整えるんだよ。ここなら質の良いモノもある。剣はまだしもそれは普通の服だろう。リスティアのように防具を着けるにしても、危険を想定するなら服は重要。俺のこの服も耐久性に優れ自動修復機能まで付いた特別製だ」


「あの、そういう服って高いんじゃ……」


「金の心配はするな。その程度じゃ痛手にもならないくらいには資金を貰っている。さあ行くぞ」


「は、はい!」


 部屋を出ようとする俺の後をヘレンは慌てて付いて来る。未だ緊張の抜けない喋りではあるが、やはりどこか嬉しそうだ。


 ──そう、それで良い。お前には俺に対して好感を抱いて貰わなければならない。優秀であり、信頼に足り、支えられても良いと思わせる。


 今は任せろ、なんてのはもちろん本心じゃない。むしろ逆でコイツにはこれから先ずっと、何をするにしても俺の判断を仰ぎ、頼らずにはいられないようになってもらうのが望ましい。


 コイツの性質は俺の真逆。必要な犠牲を受け入れられない甘えた理想主義者に近しいだろう。このまま行けば魔王討伐という目的そのものに反発しかねない。


 普通ならそんな不穏分子は速攻で消しておきたいんだが、コイツは腐っても王族で俺達の勇者中心だ。殺すわけにはいかない。


 だから傀儡にする。少しずつ洗脳し犠牲を容認させる。俺にとって都合良く、合理的に、最短でこの旅を終わらせる為に。





 ☆





「本当にありがとうございました……! 貴方様が居なければ私はどうなっていた事か……」


「いえいえ。苦しみに喘ぐ人々を救うのが医療協会わたしたちの使命ですから」


「おお……なんと高貴な……」


 町の復興が未だ行われる中、早くも商売を再開し始めた商人達が集まる市場。その一角でミカエルは一人の商人と向き合っていた。


「食糧を含めた旅に必要な物資一式。私めが責任をもって御用意させていただきます。もちろんお代は頂きません。ですので、そちらでしばしお待ちを……」


「ええ、であれば有難く」


 純粋な感謝の気持ちの中に混ぜ込んだ媚び。ミカエルは商人のそれを感じつつも笑顔で受け流し、自らが請け負った旅の準備の一部を完遂させる事にした。


「……」


「おい、あれって」


「ああ、昨日の騒動を収めた勇者一行の御一人、それも現医療協会会長の御子息だって話だ」


 商人に勧められた椅子に座る事もなくミカエルは立ち続ける。勇者一行、前日の騒動での献身的な救護、立場、そしてその整った中性的な顔立ちはこの町において否応無しに目立つ。そんな周囲の視線に対し、ミカエルはにこやかな微笑みを崩す事なく手を振り、会釈で対応する。


「……うん、そうしましょう」


 その呟きを聞く者は居ない。立ち尽くす中でうごめく、微笑みの裏に隠れた歪んだ思考も。


ウィンザーあの人にしましょう」

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