第6話 自己紹介

「ん……あれ、私……」


 小鳥のさえずりと日光。朝の報せを浴びてヘレンは目を覚ました。


「う、んん……寝ちゃったんだ……」


 頭に浮かぶパーティーの情景。部屋に戻りそのまま寝てしまったのだと納得すると同時に、昨晩の楽しさが蘇る。


「へへ、楽しかったな……あれ、そう言えば私、何か忘れてるような……」


 寝起きの頭に引っかかる疑問。数秒のぼやけた思考の後、ヘレンは答えに辿り着いた。


「――あっ!朝から集まる予定なんだった!」




 ☆




「寝不足だな……」


 頭の中に泥が混じったような感覚。完全に睡眠時間が足りていない。


 ――昨日は控えめに言って最悪な日だった。予定外が重なりすぎだ。


「まさか一日に二回、同じ人間に記憶消去魔術あの魔術を使うハメになるとは」


 魔獣騒動はまだ良い。問題はその後だ。

 恐らく俺の言葉か態度に不信感を抱いたのだろう。ヘレンが|に来てしまった。


 当然そのまま返す筈も無く記憶を消して対処。色々と処理をした後、丁重に部屋へと運んだ。本人はパーティー後に部屋へ戻りそのまま寝落ちしたとでも思うだろう。


 ……簡単に言ってるがこれが中々大変だった。特に入口を見張ってたアイツ。誰も通すなと言ったよな?なんで普通に通してんだ?王族だから断りにくいのは分かる。分かるけどまずは許可する前に俺に報告しにこいや。


 倒れたヘレン抱えて部屋に戻す時もアイツが入口に居るもんだから適当に誤魔化す必要も出来たんだが?


「……まあ、睡眠時間の代わりに得られた情報モノは大きいか」


 あの男から引き出したのは主にタイヨウの仔に関する情報だ。この魔王討伐は情報収集が最重要になる。


 王が求めるのは。どうすればそれが出来るのか、どこまでやれば良いのか。そこまで考えるのも俺達の仕事だ。


 後はヘレンの行動基準、精神強度の程度、俺に対する現時点での信用度合いが確認出来たのも収穫と言って良いか。


 あれでも勇者、俺達が掲げるべき旗だ。その振り方は熟知しておかねばならない。


 ああ、得た物と言えばもう一つ。町長とのがあった。


 今回の騒動は警備の不十分さ。つまりあの男が王都に送られ尋問されてしまえば必然、町長の不手際が明るみになる。ならば、無かった事にしてしまえば良い。


 そう、あの男を殺す理由はもう一つあった。町長の不手際を男の罪ごと揉み消し、魔獣の来歴は異常発生とでも説明しておけば良い。そう提案する事で恩を売る。


 だからこそ、町長はこの町に一人分の死体を埋める事を喜んで許可してくれた訳だ。


 ――俺にとって魔王討伐の完遂はゴールではない。スタートだ。今の内に作れるコネは作り、売れる恩は各方面へと売っておく。


「――全員揃ったようだな」


 廊下を抜けて広間へ入る。そこに置かれた丸机の一つには昨日と同じような光景、俺以外の勇者一行達が集まっていた。


 仏頂面のリスティア、薄笑いのミカエル、椅子には座らず隅で立つ黒ずくめ。


 そして、合流した俺を見て僅かに笑みを浮かべ卑屈に頭を下げるヘレン。


「それじゃ改めて……自己紹介を始めようか」




 ☆




「リスティア・ベルゴール。今更言うまでも無いが騎士団所属だ。対人、対魔獣、どちらも訓練を重ねている。魔王討伐に名乗りを上げたのは……んんっ、王と民を護り、その敵を駆逐する。それが騎士としての本懐だからだ」


 流石に二度同じミスを繰り返すほどのバカではなかったな。リスティアは俺にこれで良いんだろう?とでも言いたげな視線を送って来る。何度でも言うがそもそも悪いのはお前だからな。


「ミカエル・アンフィス。医療協会所属です。荒事にはあまり自信はありませんが、傷を癒す事で皆さんのお役に立てるのは昨日で証明出来たと思います。怪我をした際は遠慮なく申告してください。私が魔王討伐に立候補したのは父の奨めがあったから、というのが大きな理由でしょう。来たる代替わりに向けて、私に次期会長に足る器を備えて欲しいようです」


 医療協会。魔術学園や学院とは独立した体系を築く秘術、回復術の発展と行使を掲げる団体。聖王国内において大きな力を持つ。その次期会長がコイツだ。


 迂遠な言い回しをしてるが要は箔付けだろう。次の会長は魔王討伐を成功させた勇者一行の内の一人。


 この甘い事実は跡継ぎを危険に晒してでも得る価値がある、と現会長は考えたんだろうな。


「ヘ、ヘレンです。私はその……昨日も少し言ったように正当な王族じゃなくて……い、いわゆる妾の子です。半年くらい前からお父様に訓練を言いつけられて、それで勇者になれって言われました……。み、皆さんほどではないですが少しならは役に立てると思います。荷物持ちとかも任せてください。が、頑張ります!」


 おい、もう若干引いてるぞ俺も含めて。昨日はなんやかんやで自己紹介が中断されてた訳だが、その続きがここまで暗澹あんたんとしてるとは。


 望まれなかった子、王族、勇者、魔王討伐、権威……。王がコイツを勇者として押し立てた意図が俺の予想通りなら事を考えたもんだが。


「アンタは?」


「……」


 次は広間の隅に立つ黒づくめだが、相変わらず喋る気がないらしい。


「無口なのは良いが呼び名くらいは決めてくれ」


「……トゥエンティ」


「トゥエンティだな。分かった」


 抑揚が無く性別的な特徴も無い妙な声。恐らく声に魔力を乗せる技術の高度な応用か。


 ここまでする徹底的な個人情報の秘匿。あの身のこなしと戦闘能力。コイツの正体は恐らく国の暗部だろう。


 本来なら他国の諜報や後ろ暗い事に使われる駒だ。現時点で与えられた任務として考えられるのは俺達の監視と報告か。


 本当に魔王を討伐したと認められる程の結果を出したのか、俺達が帰還した時にコイツがその判断材料を提出する筈だ。


 ……報告書に関しては俺の方でも作っておくべきかもな。そっちの方が心証は良いだろう。


「じゃあ、最後に俺だ。ウィンザー・ブレスコット。魔術学園第五十二期首席卒業生。といってもまだ学生みたいなもんだが、有用な魔術は一通り扱える。だが些細な事には使うつもりはない。火起こしや水浴びのような雑事にはアテにしないでくれ」


「何故だ?魔術を扱える者はそういった用途にも使っている筈だが」


 訝しんだ顔のリスティアから疑問。まあ、手を隠しすぎても不自然か。


「普通の使用者ならそうするだろうな。周囲に漂う魔力を体内に取り入れ、頭の中で式を描き、思うままに魔術を行使する。だが、生憎と俺は普通じゃない」


「あっ」


 懐から取り出した幾つかの札を見てヘレンが反応した。お前は昨日見てるよな。


「俺は魔札まふ、と呼んでいる。魔術を使う際には式を頭の中で描くと言ったな。これは特殊な加工を施した紙にその式を刻んだモノだ。つまりこれがあれば――」


「式を描く工程を省略して魔術を扱える、という訳ですね。見せて貰っても?」


「いや、これはかなりデリケートな代物だ。俺以外は触れない方が良い」


「そうですか……」


 別にデリケートでも何でもないがこれは俺の命綱、企業秘密というヤツだ。ミカエルこいつの扱う回復術は名前が異なるだけでやってる事は魔術と似通っている。下手に触れさせたくない。


「……ん?何故わざわざそのような手段を取る?頭の中で描けば良いのだろう。余計な手間じゃないのか」


「言っただろう、普通じゃないと。俺は頭の中で式を描くという行為がんだよ。あれは生まれ持ったセンスの有無が出来るか出来ないかを決める技術だ。俺はそれが無かった、だから自由に魔術を使う手段としてこれを作った」


「え。そ、それってウィンザーさんが作ったんですか?」


「ああ。といっても物に式を刻む事自体は別に珍しくない。魔道具とかな。俺はそれを携帯しやすく、大量に持ち運び出来るようにしただけだ。学園じゃあまり良い顔をされなかったが」


「……私、ウィンザーさんは凄い才能を持った人なんだと思ってました」


「それは勘違いだな。純粋な魔術の才能という点で見れば俺は底辺の部類だ」


 だから苦労したんだ。首席という評価を得る為にとしたのが記憶に新しい。


「努力を、したんですね」


 何かが琴線に触れたのかヘレンは俯き、何とも言えない表情で呟いた。自己評価の低いコイツの事だ。才能が無いという点に共感でも覚えたか?


 ……だとすれば、使か。


「話を戻す。これを使用する際は使用者が手に持って魔力を込め、あらかじめ決めておいた特定のワードを口に出す必要がある。その際の魔力量によって行使する魔術の強弱が決まる訳だが……材質の都合上、一定の使用量を超えると札自体が燃え尽きる」


「使い捨てか」


「まあな。代わりに大量かつ様々な種類を持ち運べるのが利点だが、それでも数に限りはある。だから些細な事には使わないって話だ」


「……不便だな」


「欠点が多いのは認めるがこれはこれで優れた点も多い。足は引っ張らないさ」


 リスティアがあからさまにコイツ大丈夫か?みたいな顔してるのがイラっとくるが、まあ良い。能力の証明はこの先で十分に出来る。


「魔王討伐に名乗りを上げたのも魔札これが理由の一つだ。これを使って討伐を達成出来れば有用性を派手に証明出来る。俺が生み出した魔術の可能性の一つを認めさせたいんだ」


 あくまでだけどな。ストレートに出世目的とか言うよりかはこっちの方が心証良いだろ。


 ――さあ、流れで話の進行を握る事も出来た。ここからが本題だ。


「これで自己紹介は終わりだ。次に、現時点での目標と今後の旅程について話し合いたい」

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