第5話 本性

「はああああ……疲れた……」


 ヘレンはくたびれた表情で自室のベッドに倒れ込んだ。既に日は落ちきり、室内はランプによる淡い光に照らされている。


 ――商人に偽装した男によって引き起こされた魔獣騒動の解決後、ヘレン達一行は町の復興作業に尽力した。


 怪我人の治療や清掃、破壊された建物の応急処置などが一通り終わった頃には既に日は沈み始めており、一行はこの宿場町での滞在を決定した。


「お料理……美味しかったな……」


 町長は一行の身分を人々へ正式に明かし、無事だった建物を使い町を救った勇者一行を褒め称えるパーティーが始まった。


 様々な料理、興行に来ていた音楽隊による演奏、吟遊詩人による歌。直前の災難を吹き飛ばす盛り上がりだった。


「あんなにお礼言われたの……初めてだな……」


 身分が明かされ萎縮しながらも率直な感謝を伝えて来る人々を思い出し、ヘレンは頬を緩めた。


「ウィンザーさん達とは……全然お話出来なかったけど……」


 改めての自己紹介や今後の旅程は後日に済ませる事に決まり、姿の見えない黒づくめ以外の各々はそれぞれパーティーを楽しんだ。


 リスティアは酒と共に騎士の誇りを語り、ミカエルは男女入り混じった輪に絶えず囲まれ、ウィンザーは様々な人々と談笑していた。


「えへへ……」


 夢見心地のままヘレンは目を閉じる。そのまま眠気に誘われようとした時。


『私は彼らに強制されたのです!母と娘を人質に取られ、返してほしくばこの町に魔獣を放てと!』


 自らの無実を主張するあの男の声が頭に響いた。


「……」


 パーティーの終わり際、ウィンザーは町長に連れられヘレン達が宿泊する宿とは別の場所へと向かっていた。


(嘘を言ってるかもしれないっていうのは分かるけど、悪い事をする人には見えなかった。……ウィンザーさんがちゃんと話を聞くんだよね。少しでも罪が軽くなったら良いけど)


 ヘレンは男の言い分が真実であり、それが聞き入れられることを願っていた。


(ウィンザーさん、凄かったな。魔術の力もそうだったけど、指示と判断が的確で――)


 ヘレンは思い返し、頬を赤らめた。騒動前の取り決めから始まった容赦の無い言葉と態度。


 指示され、失敗を指摘され、褒められる。若干の冷たさが混じったウィンザーのそれらに心地好さを感じていた。


 そして、悪いようにはしないという彼の言葉を信頼すると同時に。


「……うん。私も、話を聞きに行ってみよう」


 その際に見せたあの笑顔が、どことなくヘレンの頭に引っかかっていた。





 ☆




「お願いします。私もあの人の話を聞きたいんです」


 パーティーも終わり、町内全体に夜の静けさが広がり始めた頃。ヘレンは地下にあるという牢獄への入口に辿り着いていた。


「はあ……しかし、先にお通しした方に自分が出てくるまでと言われておりまして……」


「……それでもです。お願いします」


 そこで警備をしていた男に事情を説明し、ヘレンは頭を下げる。目の前の女の身分を知らされていた男にとっては胃の痛い光景だった。


 そうして、ウィンザーによる誰も入れるなという指示と王族の懇願を天秤にかけた結果、男は後者を選択してしまった。


 通された先にある地下へと続く階段を不安げな顔でヘレンは進む。


(ウィンザーさん……自分以外に誰も入れるなって、どういう意味なんだろう……)


 自分以外の誰かが来ることを予想し、その上で拒む指示。ヘレンは自分の思考を読まれているような薄気味悪い感覚を味わっていた。


(穏便に話すんですよね……)


 やがてヘレンは一枚の扉の前に辿り着いた。鍵がかかっていないのを確認し、そのまま音を立てないよう恐る恐るに開く。


 その先の空間は奥へと真っすぐに広がっていた。所々に設置された小さな松明が薄く内部を照らしている。


 入口の脇には看守が常駐する為の部屋があり、その先の側面には所々錆びた鉄格子がズラリと並んでいた。


「……っ」


 罪人用に作られたその場所の何とも言えない雰囲気にヘレンは息を呑む。


「――ううううう!」


(!)


 そして、それと同時に僅かに聞こえてきた声。


(今のって)


 くぐもった声ではあったが聞き覚えがあった。声の出所は最奥の牢獄。


 鼓動が増していく感覚と共にヘレンは無言で先へ進み、壁を背にして僅かに鉄格子へと顔を覗かせる。


 そして、その光景を見た。





 ☆




「おーい、パスカルさん?話す気になったか?こういうのは慣れてなくてな。専用の道具でやってる訳でもない。加減を誤る前にさっさと話してくれないか。…………そうか。ここまでやってそれならもう有益な情報は持ってなさそうだな。じゃ終わりにするか。…………あん?もしかして治療してもらえるとか思ってんのか?なわけねえだろ。お前はここで埋まるんだよ、町長にも許可取ってるしな。…………ま、説明しといてやるか」


 その光景を詳細に形容する言葉も余裕も、ヘレンには無かった。


「俺らの目的は魔王の討伐。つまりはタイヨウの仔を壊滅させるのが目的な訳だが、今の王は相当ご立腹だ。タイヨウの仔の中心人物だけじゃなく、そこに群がる信者達も最早国民じゃないし法も適用しないから積極的に殺してこいってお達しを貰ってる。まあ、討伐のニュアンスが過激な訳だな。……分かるか?お前みたいに身体に分かりやすくタイヨウの仔の印が入ってるようなヤツは分かりやすくその対象なんだよ。だからお前が望んで奴らに従ってるか、従わされてるのか、被害者なのか加害者なのか、人質は本当に存在するのかなんてのは正直どうでも良い話なんだ」


 鉄格子。縛られた男。息遣い。そして――赤。


「…………なんでって、このままお前が王都に輸送されて正式な取り調べを受けるだろ?そしたら勇者一行俺達魔王の部下お前のが王の耳に届くが出て来るだろうが。お前の訴えはまず間違いなく通らない。どう足掻いても聖王国の領土に魔獣を放った魔王の部下としか処理されねえ。んで、お前が俺達勇者に捕まったなんて供述してみろ。そんなヤツの命乞いを早速真に受けて日和った、なんて思われたら俺らにマイナスイメージが付くだろ。だから今は殺すついでに情報聞き出してんだよ。一、実情はどうあれお前はもう聖王国の敵。二、万が一にでもそんなヤツを見逃したと思われると困る。三、だからここで殺す。分かったか?分かったらもう良いだろ」


 そして、ウィンザーはその光景を前にして先程までと何も変わらない声音で話していた。

 男の未来と自らの思考を語りかけ、頬に僅かに付着した赤を布で拭いながら。


(う、そ……なんで……これ、拷――)


「今ので心境の変化でも起きたか?他に話す事があるならさっさとしろ。……ああその前に――悪い鼠が入り込んだな」


「ひっ……!」


 覗かせていた視線がウィンザーのそれと重なった。見開かれた両目の異様な迫力。ヘレンは息を呑み、足をもつれさせながら訳も分からずその場から逃げ出した。


(逃げないと逃げないと逃げないとっ!!!)


「〈繁茂〉」


「あっ!」


 しかし、そのまま進めた距離は極僅かだった。ウィンザーの呟きと共に地面から生えたつるが足に絡みつき、バランスを崩したヘレンは不格好に倒れ込んだ。


「勘違いしてもらっては困るんだがな。俺だって望んではやってないさ。だがコイツを見逃せば俺達に不利益が降りかかる可能性がある。そしてその可能性は今なら簡単に潰せてしまう上に、潰した事で生じるデメリットもない。ならやるしかない。これはそのついでだ。どうせ殺すならより多くの情報を吐かせた方が得だろう」


 背後から迫る声と足音。ヘレンは動く事も喋る事も出来ず、這いつくばった状態でただ震えていた。


「殺さずに済むならそれで良いが、アイツは俺達が勇者一行だってのを知ってしまっている。そう、知ってしまってるんだ。本来であれば恐らく知らなかった筈なのに、口を滑らしたせいでな。だから疑われる。コイツを見逃せば俺達の火種になるんじゃないか、と。そう考えると……身の程に合わない余計な真実を知ること自体が罪だと思わないか?」


 そして、その首元に手が伸びる。


「なあ」


 自らの心臓が破裂しそうな程に鼓動を刻み、不規則で荒い呼吸と共に思考が曖昧になる感覚。それすらも途切れ、ヘレンの意識は闇へと沈み込んでいった。

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